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お宝クエスト

 お、こーらくん、もしかして宝探しかい? ふふ、いつの時代も子供を引きつける何かがあるよね。お宝って響きは。

 しかし、コピーした宝の地図か。近くのコンビニででもやったのかい? ううむ、先生としては風情を感じないから、あまり好きではないね。まるっきり効率優先の競技臭が、プンプンしてくるよ。

 ハンドメイドでところどころが傷んだ地図こそ、宝の歴史を感じさせてくれる。雰囲気作りから入るというのも、モチベーションにつながると思うよ。

 ただ、のめり込み過ぎないようにね。本物の地図だったりしたら、お宝の正体だって、私たちが考えるような、素晴らしいものとは限らないから。

 夢を壊すようなことを言わないで欲しい? ごめんごめん。しかし、先生も大人として、子供に警戒を呼び掛けるのは、大切なことだと思うんだ。

 注意するだけじゃ納得してくれないだろう。だから、こーらくんに関心を持ってもらえるような話もつけようかな。


 これは先生のおじさんが、小さかったころの話になる。

 おじさんの近所はいくつも公園があって、みんなの遊び場として活用されていた。当時は今みたいに車の往来もさほど激しいものではなくて、比較的安全に公園を含めた町中を、練り歩くことができたという話だ。

 おじさんは幼稚園に上がる前後から、頻繁に公園に出入りしていて、公園つながりの友達がたくさんいたらしいんだ。小学校に上がるころには、学区のほとんどの子と友達になっていたという話だよ。

 そして、ある年の開校記念日。その学校に通う者だけの休日。あくせく動き続ける世の中を尻目に、自分の時間を持てる者たち。おじさんは友達の一人に誘われて、町中を舞台にした宝さがしに参加することにしたんだって。


 公園の一つに、おじさんを含めた参加者、およそ十名前後が集合した。声をかけてくれた、主催者の友達から、ひとりひとりに地図が配られる。先ほども話したように、ハンドメイドの地図だったらしい。

 紙の端が整えられていない羊皮紙に、インクでこの町近辺の地図が書かれている。しかも見たところ、人によって地図の内容が違う。


「今回の宝さがしは、個々人で別のところに向かってもらうよ。その地図の×印のところにお宝を用意してある。中身は内緒だ。それをここに持ち帰って来て、クリアとなる。見つかるまでは、帰って来てはいけない。いいね」


 まるでギブアップすら許さない雰囲気に、おじさんはちょっと疑問を抱いたけれど、すぐに気を取り直した。元より、宝さがしをしたくて参加したのだ。途中で諦めたら、お宝は絶対に手に入らない。

 開始の合図と共に、みんなは各所に散っていく。おじさんの担当は町のはずれの公園。おそらくは一番遠出が必要になる地図だった。


 おじさんが公園にたどり着いた時には、すでに集合から一時間が経っていた。

 宝さがしは早さを競う場合もあるが、おじさんは何よりも「出会い」を大切にしている。骨を折った宝が、自分の琴線に触れるものかどうか。そこが一番の関心事だった。

 おじさんはもう一度宝の地図を確認する。この公園の中央には、「お化け杉」という通称を持つ、巨大な杉が生えている。地図によるとお化け杉に×印がついているようだった。

 この時間、公園には誰もいない。おじさんは「お化け杉」に近寄ると、まずは周りの地面を丹念に調べ始めた。

 お宝が地面の中に埋められたなら、掘り返した跡。もしくはそれをカモフラージュしようと、細工した形跡があるはずだ。おじさんはぐるぐると「お化け杉」の周りを回りながら、おかしなところがないか調べていく。

 けれども、とくにおかしなところはなくて、おじさんは首を傾げた。確かに地図では、この杉に×印がついているのだ。今までの経験から、偽物の地図を掴まされたとは考えにくい。

 頭をひねるおじさんは、やがてある可能性に気づいた。もし、この宝のありかが足下ではなく、頭上を指しているのだとしたら。

 おじさんは高くそびえる、「お化け杉」を見上げる。てっぺんまでは、およそ10メートルはあるだろう。途中で足を踏み外せば、ケガかそれ以上の事態も十分にあり得る。けれど、おじさんの挑戦心は、そんなものでくじけるものじゃなかったんだ。


 おじさんは身軽さが身上だったらしく、素手でたいていの木はどんどん登ることができたという話だ。地上三メートルそこそこで、繁茂地帯に突入。おじさんという闖入者に対して、杉の葉っぱは身を揺らしながら、その一部をおじさんの服の中に潜り込ませてくる。

 くすぐったさに身悶えしながらも、おじさんは枝の先っちょまで、じっくりと観察した。目的のブツは見つからない。そもそも、どのような形さえも分かっていないものを、ブツと言えるだろうか。

 それでも登り始めた以上、てっぺんまで行ってみる。万が一でも億が一でも、可能性がある限り、それを信じたかったんだ。

 だが、登れば登るほど、枝は細く、頼りなくなっていく。八分目くらいまで登った時。おじさんが右手で掴んだ枝が、体重をかけたとたん、ボキリと折れた。ほとんど身体を預けていたから、止められない。身体が中空に投げ出される。

 けれど、おじさんはついていた。伸ばしていた左手が、身体が落ち始める瞬間に、別の太い枝を掴んでいたんだ。

 どうにか落下を阻止して、ため息をつくおじさん。でも、左腕一本では、いつまでも体重を支え切れない。両手で枝を掴むべく、右手に握っている折れた枝を、投げ捨てようとした時。


 お化け杉の根元に、人がやってくるのが、かすかに見えた。4,5メートルほど下の地面に、黒いタキシードを身にまとった男が二人。更に手には、おじさんが持っている地図と同じ、羊皮紙を握っているようだった。

 片方の男がつぶやく。周りに誰もいないと知ってのことだろう。大きい声だった。


「おかしいぞ。確かにここに『いる』はずじゃなかったのか」


「ある」ではなく、「いる」。その言い回しで、おじさんはピンと来た。

 タキシードの男たちも、お宝をさがしている。だが、それはおそらく、おじさんが考えているようなものではない。

 タキシードの男たちがさがしているのは、生きているモノ。それも、確かにここに「いる」と分かっているモノ。それは……。


「とりあえず、そこらをぐるりと見て回ろう。宝が見つかるまで帰るなと言われているはず。まだ近くをうろついているかもしれん」


 男たちが散開する。一瞬、おじさんの脳裏に、この隙に素早く樹を降りて、退散するプランが浮かんだけど、すぐに却下した。

 もし、男たちが他にもいて、このお化け杉を見張っていたら、すぐに察知されてしまう。足の早さには自信があったものの、それだけで撒ける連中なら、こんないかれた「宝さがし」をしているとは思えない。

 耐える。それまで身動き一つもしてはならない。枝の一本、葉の一片すら不自然に舞ったのならば、それが自分の年貢の納め時だろう。

 もう右手の枝も放ることはできない。体勢を変えることも危険だ。宙ぶらりんの体重を、先ほどから左腕一本で支えているから、すでにしびれてきているが、我慢しなくてはいけない。

 

 早くあきらめろ、あきらめろと念じながら、その時を待つおじさん。流れ落ちる汗が目に入って、しばしばした。

 ややあって、どこからか毛虫が降って来たかと思うと、おじさんの左腕の上に不時着。ほどなくしびれる痛みが走った。

 手放すのも叫ぶのもできない。おじさんは、シャツの肩口に必死でかみついて、悲鳴を押し殺す。

 どれくらい時間が過ぎただろうか、先ほどと同じような足音が迫り、眼下に男たちが集まった。


「だめです。見つかりませんでした」

「――まあ、いいだろう。獲物は十分に確保した。一匹くらい、いいだろ。撤収だ。先方をこれ以上待たせるわけにはいかん」


 再び、気配が離れていく。おじさんもすでに限界だった。

 これで見張りがいたら、もう脱帽だ。抵抗する気力を根こそぎ削り取られてしまった。おじさんは握ったままの枝を投げ捨てると、ほとんど感覚のなくなってしまった左腕から、毛虫を払い落とす。

 勢いよく木を降りていったところ、あの男たちの影はどこにもなかった。


 その日、宝さがしに参加した、おじさんをのぞくみんなは、いなくなってしまった。捜索願は出されたものの、数十年たった今でも、彼らは家族の下に戻ってきていない、とのことだよ。

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