ランチ交流会
んっふっふ、お待ちかねの時間の到来ね。
じゃ〜ん、今日は手作り弁当を持って来たのでした! 久しぶりのお出かけなんだし、今日は張り切っちゃった。
どうして外に出るのか。そこにお弁当があるからなのよ! ささ、遠慮しないでどうぞどうぞ。
どう、つぶらやくん、おいしい? それは良かったわ。あらら、卵焼きが人気ねえ。私の分も残しといてよね。
このほんのり甘い感じが、いい味出してる? ありがと。今回はフライパンからこだわって、だしまき風にまとめてみたの。気に入ってもらえて何よりね。
でも見た目はまだまだって感じがするわ。昔、見たお弁当を思い出すたび、あれは芸術品だったと、今でも思っているわ。
どんなものだったか? そうね、思い出話にちょうどいいかしら。お弁当をめぐる、私の体験よ。
家庭事情にもよるんでしょうけど、お弁当って様々な色が出るわよね。
栄養バランスを考えたもの。見た目のきれいさを重視したもの。性格がそのまま表れたもの。これらが両立できているなら、素晴らしいもの。日の丸弁当、のり弁当というのも、潔くてなかなか男らしいわね。
作ってみて初めて、お弁当ならではの苦労に気づくことも多いわ。汁の出るおかずを一緒に入れたせいで、だしが無差別絨毯爆撃する。夏場、おにぎりを作る時、ごはんをよく冷まさなかったために、ラップに包んだまま、昼時には傷ませてしまうなどなど……。私にも恥ずかしい経験が何度か。
今回は私の印象に強く残っているものを話しましょうか。
まだ小学生くらいの時の話。私の学校は校外学習と称して、地域にある自然公園とかに行くことが多かったわ。朝から出発して、午後三時くらいには解散になる。その日は学校給食ではなくて、みんながお弁当を持ち寄ったわね。
それぞれの家の特徴が、生き生きと表される、食の集合。互いに持ち寄ったそれを見せ合って、時には交換したりして多くの味を楽しむ。
他の見どころとしては、お弁当を忘れてしまった時、どれだけ恵んでもらって、豪華なお弁当を作れるかで、その人の人脈が分かったりね。
あなただったら、どうかしらね? ふふふ。
そんな豪華なお弁当を作ることができた、男の子がいた。
その子はクラスでも一際、背が低かったことを覚えている。生まれつきの体質だとかで、しゃべる時にどもるというか、舌が回らないことがあって、多少言葉が聞き取りづらいけれど、それ以外はごく普通の男の子だったわ。
初めて校外学習に出た時、彼はわけあって、自分のお弁当を用意できなかったらしく、私を含むみんなから少しずつオカズを分けてもらっていたわ。剥かれたラップたちをもらって、丁寧に丁寧に広げながら、もらったオカズをその上に並べていく。
「ありがとう。ありがとう。分けてくれて、本当にありがとう」
何度も私たちに頭を下げながら、彼は出来上がったお弁当の前で手を合わせながら、天を仰いでいたわ。そんなにかしこまらなくても、と私たちはかえって申し訳ない気持ちになってしまうくらい。
彼は分けてもらった割り箸で、一つ一つのおかずをつまんでは空に向かって掲げると、ゆっくり口に運んでいった。噛みしめる、という表現が、これ以上にしっくりくる場面を、今まで私は見たことがなかったわ。
私たちの学校は、その自然公園をしばしば利用したわ。お気に入りだったのかもしれないし、管理する側と何かしらの取り決めがあったのかもしれない。結局、理由はよくわからなかった。
毎年、微妙に設備が変わると言っても、ほとんどが大差ない景色。もはや飽きさえ出てくる時間の中で、お弁当は私たちにとって貴重な、変わりゆくものだった。今度の自分のお弁当の中身はどんなものか。誰がどんなお弁当を持ってくるのか。私はそれが楽しみで仕方なかったの。
例の彼も、お弁当を用意してきた。そして、私たちのオカズとの交換を申し出てきたわ。
彼のお弁当は多彩な色と、それをより印象付ける芸術的な詰め方をほこっていたけれど、心なしか見覚えのあるものだった。私の違和感は、彼からもらった卵焼きを口に入れた時、確かなものへと変わる。
彼の用意した卵焼きは、あの日、私が彼にあげた卵焼きと同じ味がした。私のお母さんが作ったものと、同じだったのよ。
あのひとくちだけで、完全に料理をコピーしたというのかしら。私は彼のすごい才能に感心して、思わずほめると、彼は照れくさそうに微笑んだわ。
「まだまだ全然だよ。もっと教えてもらわなきゃ。この先のために」
彼の両親は遠いところにいて、すぐには帰ってこられないと、私たちは聞いていたわ。今までコンビニ飯だったのを、卒業しようとしている。その自炊精神にますます心打たれた私たちは、喜んで彼におかずを提供した。そのたび、彼はおかずの数々をコピーして、私たちに差し出してきた。
「もう、将来コックになったらー?」なんて声もあったけど、彼は笑って、「僕の将来はもう決まっているから」なんて話していたわ。
そして、小学校卒業直前の校外学習。彼のお弁当は重箱に入った、豪華なものだったわ。どう見ても、みんなに分けること前提だった。
「みんなと居られるのは、これが最後。この集大成、僕からの感謝の気持ちだと、受け取ってもらえたらうれしいな」
彼は卒業と同時に、転校することが決まっていた。彼の言葉に従い、私たちは箸を伸ばしたわ。まだ知らない味、よく食べたことのある味、双方がほどよく混じった、不思議なお弁当。
ふと、私はトイレに行きたくなって、席を立った。行きは急いでいたけれども、帰りは急かされるものがなくなったせいで、つい歩みがゆっくりになる。
その日、自然公園にはいつもにも増して、たくさんの人が集まっていた。みんなが長そで、長ズボン。帽子をかぶっていて、小柄な人ばかり。全員がお弁当を食べていたわ。
彼らが敷いているレジャーシートの合間を縫って、みんなのところへ戻っていく私だったけれど、ちらりとのぞいたお弁当の中身に驚いたわ。
それは彼が持って来たお弁当の一部と同じ。どれもこれも、今まで私たちが提供してきたおかずたちと、同じ形の食べ物が箱の中におさまっている。偶然で片づけるには、いささか数が多すぎた。
不意に風が吹いて、私の足元に野球帽が転がってくる。拾い上げると、パタパタと近づいてくる足音。
顔を上げて、私は心臓が飛び上がったわ。目の前に立っていた人、彼と瓜二つだったんですもの。そっくりさんは私の様子がおかしかったらしくて、首を傾げたけれど、やがて「失礼、感謝します」と彼と同じ声で、帽子を受け取り、去っていく。
私は少し呆然としたけれど、足早にみんなの下に向かったわ。彼はみんなの喜びの顔に囲まれてそこにいた。
「もしかして、兄弟とかがいるの?」
その一言だけなのに、私は切り出せなかった。もしかしたら、彼に嫌な思いをさせてしまうんじゃないか。そんな直感が、びんびん感覚に訴えていたから。
やがて、最後の校外学習と彼とのお別れは、つつがなく終わったわ。
その夜、私は自分の部屋の窓から、ぼんやり外を眺めていた。いつもなら本を読んだり、テレビを見ている時間帯だけれど、今日はそんな気持ちになれなかったの。
昼間の光景。お弁当のコピーと彼のそっくりさんとの出会い。あれが意味するものが、気になって仕方なかったから。彼の行き先について、みんなが聞いたけれど、はぐらかされてしまったのも、疑惑が膨らむのを後押ししていたわね。
どれくらい時間が経ったかしら。
窓の端に、フラッシュライトのように明るい光がうつって、思わず私は目をしばたたかせたわ。その間に光はグングン小さくなって、遠ざかっていく。同時に天の磁石に引きつけられるように舞い上がっていったわ。
夜空には月がなく、代わりに数々の星たちが瞬いていた。その仲間に入っていくかのように、光は飛び続けていく。
学びを終えた彼は、いや彼らは、あれに乗って私たちには届かないどこかに、帰っていくのかしら。
私はそんなことを考えながら、光の飛び去って行った方向を、ずっとずっと眺めていたわ。