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反逆したいお年頃 (ヒューマンドラマ/★★★)

 よう、つぶらやじゃないか。どうした、そんな荷物を抱えて。里帰りか?

 全国取材旅行に行ってきた? お前もよくやるなあ。それで面白い小説を書けるんだったらいいけどよ。

 そういえば、つぶらやって目的地を決めたら、まっすぐにそこに向かう派か? それともブラブラ寄り道を楽しむ派か?

 気分によるが、たいていは前者? ふむ、少し安心したかな。

 どうしてか? まあ、ちょっと長くなる。そこらのファミレスに入ろうぜ。


 すまん、待たせたな。サラダバーの後ろにアイスビュッフェがあるって、相当景気がいいんだな、ここ。

 ん? どうして他のアイスオンリーの客みたいにビュッフェに直行せず、サラダバーの列に律儀に並んだか?

 ああ、ちょっと昔に経験があってな。俺、列や順を乱すことに抵抗があるのよ。

 決められたコースの逆走とかは、その最たる例だな。さっきのお前への質問も、それが関係している。

 まず、お前の今回の旅行先を聞いておこうか。


 ふんふん、なるほど。大丈夫そうだな。

 ああ、お前が全国をまたにかけた「逆打ち」をしていないか、確認しただけだ。四国の「お遍路さん」が有名だが、本当は全国規模であるんだぜ。廃れちまっているけどよ。

 知っていると思うが、四国の八十八箇所の霊場寺院に参ることを「打つ」という。順番通りに回れば「順打ち」。逆に回れば「逆打ち」だ。

 昔、逆打ちは順打ちに比べて道に迷いやすくて、その分、ご利益が多いと言われている。最近は標識やカーナビのおかげで苦労が減ったが、実際に得られるご利益はどうなっているのかねえ。

 で、これらの「逆打ち」ってのは、創作のモチーフになりやすいのは、つぶらやなら分かるだろう。お前が好きそうな、運命への反逆って奴だ。


 しかし、運命に逆らうのは力がいる。全国規模の逆打ちが廃れたのも、そのせいだ。本能というか、遺伝子レベルというか、体と魂が拒否反応を示すんだよ。

 つぶらやもないか? 当初の計画通りに旅行しようとしたら、天気を初めとしたさまざまなアクシデントに遭ったり、不意に疲れがどっと出たりして、予定を変更したこと。

 それ、古来からの逆打ちに対して、命が反応してんだ。多大な苦労を、未然に避けようとしてな。

 すごいものだと、無意識のうちにそこを避ける。頭の中に選択肢すら浮かばせない。

 そして、逆打ちは何も、スケールが大きいものとは限らねえ。

 おせっかいかもしれんが、俺の体験談を話しとこうか。


 俺の地元に移動動物園が来た時の話だ。

 当時、小学生の俺は、まだまだ幼稚ながきんちょで、あまのじゃくだった。エスカレーターをわざと逆走したりとか、ささいで迷惑極まりないことばかりしていたんだ。みんなと違うことをやりたくてな。

 目立ちたいっていう欲望があったのも、否定しないぜ。

 運動でも勉強でも、俺が注目されることはなかった。誰かに認められたきゃ、バカをすることくらいしか、その時は考えられなかったんだ。

 そして、俺はまたやった。

 移動動物園に行った時、決められた順路を、一人だけ逆走したのさ。おふくろが無類の動物好きで、何度も連れて来るから、ついつい逆らいたくなっちまってな。

 途中で園長と思しき人が何度か注意してくれたが、聞く耳持たなかった。

 今、考えたら、移動動物園に順路があるなんて、おかしいよな。それに気づけねえくらい、俺はバカだったんだ。


 その日の夜。俺の足は猛烈に痛み出した。でも、ケガの感じじゃない。

 もっと体の内側から響く、大切な痛みだと、なんとなく感じたんだ。

 バカをするくせに、本心ではバカにされたくない俺は、このことを親に黙っていた。

 だが、ごまかしはきかねえな。翌日の身体測定で、結果が出たのさ。

 俺の身長は、六センチ縮んでいた。繰り返すが、小学生でだぞ。

 保健の先生がいぶかしげに、俺の身長だけ何度も測り直すから、おかしいとは思った。クラスの女子たちの背が、男子を超え出して、男子間で身長差のカーストが生まれようって時にこの仕打ちだぜ。

 俺の背の順は前方に移動した。屈辱だった。


 それだけじゃない。食事時に、俺はメシが食えなくなった。

 ああ、別に一口も食えないわけじゃないんだ。ただ、食事時にいきなり腹が膨れるんだ。文字通り、吐き気を催すくらいにな。

 実際にトイレで吐いたことが何回かあった。だが、びびったぜ。

 昨日、食べたものがよ。そのまま皿の上に乗せて出されてもおかしくないくらい、整った形で口から出てくるんだ。

 まるで俺の内臓が、ボイコットの達人になっちまったかのようだった。


 それからの俺は今まで以上にズタボロさ。

 昨日、習ったばかりの算数の公式。なぜかど忘れして思い出せず、みんなの笑い者。

 体育ではあらゆる記録が、前年度以下。というより、俺自身の身体能力が衰えているとしか思えなかった。おかげで先生やみんなに「手を抜くんじゃない」と言われる始末だ。

 これでも必死にやってるんだよ! って怒ったんだが、ザコの意見など聞いてくれるはずがなかった。

 学校から帰ると、おふくろが俺を見てびっくりしたよ。体も心もボロボロだったからな、よほどひどい顔をしてたんだろう。


 おふくろも、ここ最近の俺の異変には気づいていたらしい。だが、反抗期の息子ゆえ、元気のある時に口出ししても反発されるだろうから、少し様子を見たらしい。自己解決にも期待して。

 それが、今日は予想以上に俺が疲れていたから、切り出してくれたんだ。

 手のかかる息子を、よく見ている。頭が下がるよ。

 最初は病院に行こうとしたんだが、いつからこうなんだ、という問いに、俺は素直に答えた。

 あの移動動物園に行った日から、だと。

 おふくろは夕飯の準備をしていたが、今日はおそうざいにする、と言って、すぐに出かける準備を始めた。俺と一緒に、移動動物園に向かうためだ。


 一週間近い時間が経っていたが、移動動物園はそこにあった。すでに門はしまっていたが、おふくろが声をかけると、中のテントから園長が出てきたんだ。

 園長は、待っていたとでも言いたげに、すぐ門を開けてくれた。俺に、今度は順路通りに進みなよ、と声をかけながら。 

 俺はおふくろと一緒に、順路通りに動物を見て回った。逆走した時には、動物に興味がなかったから気づかなかったが、ある特徴があったんだ。

 この動物園。動物を年の順に並べていた。順路通りにまわると、最初にひな鳥などの、子供の動物。それが進むにつれて、青年、大人、中年と来て、最後には人間の年齢にして百歳近い、カバがいたんだ。


 順路をまわり終えると、途端に腹が減り始めた。

 足もズキズキ痛み出す。あの、内側からの「大切な痛み」だ。

 帰る時に、園長は俺に言ったよ。

 いたずらに牙をむけば、相手は牙をむき返してくる。

 あべこべなことをする前に、流れを見極めないといけないよ、てな。



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