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レンタが町にやってくる

 ん、つぶらやくんかい。日が暮れてから会えるなんて珍しいね。

 ああ、ビデオを借りていたのか。いかにも連休の開始、といった感じだね。一日中、テレビにくぎ付けというのも、またオツだと思うよ。

 しかし、レンタルビデオ屋さんというのも、普及して久しい。今となってはつぶらやくんみたいに、店に足を運んで借りる人は少なくなってきていると言えるだろう。

 ビデオ・オン・デマンド、だっけ? インターネットなどを使って、家に居ながらコンテンツを見られる仕組みも整っている。効率優先の人なら、そちらの方がいいだろうね。店員と顔を合わせるのすら、億劫に思う人もいるだろうし。

 僕? 僕はレンタルビデオ屋というより、正直、お店全体が苦手なんだよ。ちょっと昔の経験が原因でね。

 あれ、聞きたい? ビデオよりも僕の話に関心があるあたり、改めて君も個性的な人だと思うよ。悪い意味じゃなくてね。


 僕の住んでいた地元は、電車は通っているものの、二十年前あたりまではさほど都市開発が進んでいなかった。昔ながらの田園風景でね、視界を遮るものがなかったから、家のベランダからでも、遠くに連なる山々の影をはっきり見ることができた。

 今ではマンションを始め、多くの背が高い建物に囲まれて、もはやカゴの中の鳥……この目を自然に向けるより、あの目が自分に向けられることに、関心が湧いてくる昨今だよ。

 そして、僕がとっても気になったのは、小学生くらいの頃、住んでいるところの近くにレンタルビデオ屋さんができたことなんだよ。


 そのレンタルビデオ屋さんは、個人経営だった。5000本のビデオテープが置いてあるという話だったけれど、実際の店の中にはそれよりも、ずっとたくさんのビデオが置いてあった気がする。

 万引きを防止するためだろう。店の入り口はカウンターが圧迫するために、人ひとりがようやく通れるか、というくらいの狭さ。その限られた空間に、赤と黒のストライプと「いらっしゃいませ」の言葉と、正面を向いてちょこんと座った子犬の絵柄が入ったマットが敷いてあって、歓迎してくれる。

 僕の家の界隈でレンタルビデオ屋さんといったら、そのお店しかなくてね。大抵の人は利用しているから印象は強いと思うよ。

 かくいう僕も、何度か利用した。いや、それどころかかなりの常連だったと自負している。不思議な疑惑を抱くまでわね。


 レンタルビデオ屋ができて、半年近い時間が過ぎた。

 僕は普段、ミステリーものの映画をよく見ている。当時はインターネットとかがまだ普及していなかったからね。古い映画はこのビデオ屋さんで探すのが常だった。

 けれど、その日は、学校でちょっと腹に据えかねることがあってね。ミステリーを見る気になれなかった。とにかく気分がスッキリする、痛快なアクション映画を観たいと切に思っていたんだ。

 ビデオ屋さんに足を踏み入れた僕は、乱暴にマットを踏み鳴らし、ジャンル別に分けられたビデオ棚の中から、アクションものを探そうと目を走らせる。店に入ってから5秒も経っていなかったはずだ。

 僕は店員さんに声をかけられた。振り返ってみると、店員さんの手には1本のビデオテープが。


「今日のおすすめだよ」


 店員さんはにこやかに、差し出してくる。ラベルには何も書いていない。いかにも怪しい感じがしたけれど、「明日返してくれたら、レンタル料はタダでいいよ」という言葉に、つい食指が動いちゃった。レンタル料は微々たるものとはいえ、小学生の財布にはちときつい。タダという言葉は、いっそう魅力的に聞こえたよ。

 期待に添わなかったら、すぐに返せばいいか、と軽い気持ちでビデオを借り、家でさっそく観始めた、僕。


 およそ一時間の映画だったけれど、一から十まで、主人公最強ものだった。難しい哲学など一切ない。出てくる悪役は五分足らずの悪事を働き、主人公にこてんこてんにやられる。少しずつ悪事の規模を広げて、この流れが三回繰り返される。

 主人公に、危なげは全くない。伏線なしで、次々と状況にあった新技が繰り出されて、一方的に悪役を叩きのめしていく。悪役の落ち度が、直前の五分間に凝縮されているから、ボロボロにされても、全く心が痛まない。何より、僕のうっぷんを晴らしてくれるヒーローっぷりが、とてつもなく爽快だった。

 自己主張なしの、100パーセントエンタメって、こんなものなんだろうな、と感心したよ。空っぽなのに、いい気持ち。こんなの、なかなか作れないだろう。

 でも、一回見れば、もう十分。飲み終わったサイダーみたいに、ポイするだけ。歴史に残るような名作じゃない。

 僕がビデオを返しに行くと、店員さんは「よかっただろう?」と尋ねて来る。僕もお礼を言って、ビデオ屋をひいきにしていたよ。


 ビデオ屋の店員さんは、それからも僕の望み通りのビデオを提供してくれた。寒気が欲しいと思った時にはホラーを。笑いたいなと思った時にはコメディを。僕が女の子に興味を持った時には、ちょっと大人向けのビデオまで。僕が口にする前に、取り出してくれたんだ。

 最初は素直に受け入れて喜んでいた僕だけど、徐々に怪しく思ってきた。なぜ、店員さんは僕の望んでいることが分かるのか。クラスメートに聞いたところ、みんなもしばしばおすすめのビデオを渡されたみたい。しかも、ビデオの内容は過去の映画ではなさそうだった。

 決定的なのは、中学校にあがって、一番むしゃくしゃしていた時期。自分の眼の前にある他人の幸せを、片っ端からぶち壊してやりたいと、人を見ては牙を剥いて、ささくれ立っていた時に借りたビデオだった。

 それは大人でも見るのをはばかるような、派手なスナッフビデオ。凶器についた血の一滴が垂れ落ちる音。断末魔の苦悶さえも脳裏に響いてきそうな、迫真の内容。

 実際に吐いちゃったよ。自分の中の殺意と一緒にね。もし、頭に思い描いていた殺し方をしていたら、こんなにむごいのかと。

 犯罪を止めてくれたのはありがたかったけど、僕の疑念と恐怖は膨らむばかり。普通、中学生に、こんなビデオを平然と渡すか?

 なんとしても問いただそうと、ビデオ屋に向かったよ。


 僕が例のスナッフビデオを返却した時、ちょうど店員さんは、これから外出するところだった。いつもつけているエプロンをとって、あわただしくカウンター裏を漁っていたよ。

 でも、店のマットの上にたたずむ僕の気配を感じると、「特別サービスだよ」と、また何も言わないうちに、ラベルに何も書かれていないビデオを渡してきた。

 僕がもろもろのことを聞こうとすると、「忙しいから、また今度ね」と店を出ていこうとする。僕も一緒に外に連れ出され、シャッターが下ろされる横で、特別サービスとやらのビデオを押し付けられた。

「それ、処分しちゃってもいいよ」と言い残して、店員さんは走り去っていく。とても追いつけなかった。仕方なく、僕はビデオを持って家に帰る。

 いきなり処分してくれと言われても、というのが正直な心境。かといって、このまま中身を知らないまま放っておくのも、気になる。僕は家のビデオデッキに、例のビデオを押し込んだよ。


 画面には、丸椅子に腰かけた人が、横一列にずらりと並んで映し出されていた。全員、姿勢は良いけれど、目をつむっている。まるで眠っているようだった。

 そして画面の端からひょっこりと現れたのが、白衣姿の小柄な人。顔はガスマスクみたいなものに覆われていて、わからない。その人は右手に鏡を、左手にメスを持っている。

 ガスマスクの人は、そのまま画面左端の人の背後に立つと、ためらいなく左手のメスをつむじに突き立てたんだ。

 だけど、悲鳴もあがらなければ、血も出ない。微動だにせぬまどろみの中で、ガスマスクは存分に頭をかき回し、鏡で中をのぞいていく。同じように、次の人も、次の人も。

 画面はスクロールしていき、僕は目が離せなくなる。もし、もし自分の想像通りだったら……。

 ややあって。椅子に座っている僕の姿が映し出された。そしてガスマスクは、僕の頭にメスを。

 

「やめろ!」

 

 つい、画面越しに叫んだ時、白衣の人物の顔からガスマスクが外れた。

 その顔を見たとたん、僕は弾かれたように立ち上がると、ビデオ屋目がけて飛び出していったよ。相変わらず、ビデオ屋はしまっていたけれど、先ほどと違うことが一点だけ。

 マットだ。いつも屋内のカウンター前に敷かれていたマット。それが店の前に出されていたんだ。赤と黒のストライプと「いらっしゃいませ」の文字。その下で。

 いつも座っていたはずの犬が、二本足で立ち上がっていたんだ。あのビデオと同じように、白衣を身につけて、メスと鏡を持ちながら。


 戸締りをしていたにも関わらず、僕が家に帰ってきた時、例のビデオテープはケースごとなくなっていたよ。その日以来、ビデオ屋さんのシャッターは開くことなく、建物も取り壊されてしまった。

 店員さんの持っていたマットとビデオテープの数々。今はどこにあるのかな。

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