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銀色の枝

 やっほー、つぶつぶ! こんな昼間から、ろうそくに火をつけてどうしたの?

 場所や気温による、燃焼時間の変化について? なんか、いかにも理系な実験しているわね。自由研究のテーマだったり?

 私が考えるに、たいていの場所では、箱に書いてある燃焼時間よりも長いと思うわよ。だって、三十分燃えるのがウリと書いてあるのに、実際、ニ十分くらいしか燃えなかったら、どうよ。文句むんむんじゃない? 

 それに対して、三十分燃えるのがウリと書いてあるのに、四十分燃えたらどうよ。気づいた人なら「ラッキー」と、悪い気分を抱くことはないでしょうね。大事なのは、演出と雰囲気づくりというわけよ。

 ただ、効果の見えない、初めて出会うものに関しては、十分に用心しないとね。何も知らない間に、垂れ流しになっていることも多いんだから。

 今もそうやって、不用心なつぶつぶのために、ちょこっと話をプレゼントしよっか。


 火っていうのは、燃やせるものがあって、初めて燃えることができる。それを知った時には、私、びっくりしたわね。まさか空気に含まれているものが燃えているとか、にわかに信じられなかった。

 マッチやライターとかを使えば、いつでもそばに呼び出せるのに、目立たなくも激しい運動が、そこにある。世の中、何一つ変わらず、ただそこに存在するだけなんてもの、ありはしないんでしょうね。

 でも、そのことが分かったのは、科学が発展したからこそ。もろもろの法則が闇に溶けこんでいた時代には、それが理に反しているかどうかに関わらず、便利なものなら何でも使おうとする動きがあったそうね。


 むかし、むかしのこと。

 その子は母親に頼まれて、山に薪を取りにいった。当時は薪もそれなりの値段がしたらしくって、さほど裕福ではない彼の家は、自前で調達することにしていたようね。

 彼はなるべく乾いている枝を求めて、林の中を歩いていき、日が暮れる前には背中にたっぷり薪をしょって帰っていったそうよ。その晩、彼が取ってきた薪で暖を取った一家だけど、翌日になっておかしなことに気がついた。


 灰になってしまった枝たちに埋もれて、焦げ一つついていない枝が、姿を現わしたのよ。いや、枝というには、それはあまりにもまぶしすぎた。ほのかに輝く銀の光沢が目を奪い、ほそくとがった片端では、いまだに小さい炎がチロチロと燃えている。

 焼け残りだろうか。だが、姿が美しすぎる。ためしにもう一度、火であぶってみると、その全身は勢いよく燃え上がり、水をかけられるまで火が消える気配はまったくなく、その間、やはり焦げたりすることは、なかったらしいのよ。

 この不思議な枝の存在は、彼の家族で相談した結果、秘密にされることになったわ。この便利な存在を知ったら、誰もが「自分も、自分も」と押し寄せてくるおそれがあった。もし分け与えるとしても、この不思議な枝が大量に確保できてから。

 枝は彼の家に変わらぬ灯を、ともし続けてくれた。薪いらずの生活に一家は慣れていったけれども、尋常ならざるものには、尋常ならざる事態がつきまとってくるものよ。


 その日、彼のお父さんは、山菜探しが夜までかかると見越して、松明を持って行ったらしいの。とは言っても、例の火が消えない銀の枝だったらしいけどね。今までの経験上、これに火を点けていると、獣どころか、虫すらも近寄ってこない。夜間の安全を確保するのにもってこいだった。その上、今日は新月。灯り無くしては、足元もおぼつかない。

 どっさり山菜を入れた籠をかつぎ、枝の先に火を点けて、山道を下っていくお父さん。枝の先の火は一歩一歩進むたびに、ますます明るくなっていき、お父さんの周りは昼間のような明るさに包まれていた。


 ふと、お父さんは肩を誰かに叩かれたわ。振り返ってみても、誰もいない。気のせいかと思って、また何歩か進むと、再びぽんと叩かれる。辺りをぐるぐる見回しても、変わらずに後ろを取られて、肩を掴まれ続ける。

 気味が悪い。山を一気に下ろう。駆け始めるやいなや、お父さんは盛大に転んだわ。

 石とかにつまづいたんじゃない。何者かに足を引っかけられたのよ。

 お父さんは見事にとんぼを切ると、背中からでこぼこの地面に叩きつけられた。同時に枝の火も、土をひっかいたことによって、消えてしまった。

 山菜が衝撃を受け止めてくれて、気を失わずに済んだけど、かえってそれは彼にとっての不幸だったかもしれない。


 お父さんの周りを、彼と同じくらいの大きさの人影が取り囲んでいた。お父さんは何か声を出そうとしたけれど、のどが潰れてしまったようで、声を出そうとしても、かすれた音が絞り出されるばかり。それどころか、手足も胴体も縫い付けられたように動けない。

 そうやって動けないお父さん目がけて、人影はゆらゆらと揺れながら、音もなく折り重なっていく。不思議と重さは感じなかった。だけれど、ただでさえ出ない声を押し込められて、身体中の流れを、無理やりせき止められる感覚に襲われる。止められて、止められて、鼻や口から漏れ出してしまいそうな、圧迫感。

 やめろ、やめろと声にならない悲鳴をあげながら、お父さんは気を失っていったみたい。


 翌日、お父さんは山にやってきた、顔なじみの人に助けられたわ。身体の自由がきかなかったものの、事情を話せるだけの声は出せたみたい。ただ、そばに転がっていたはずの銀色の枝は、姿を消していたようね。

 家に帰ったお父さんだけど、完全に身体の自由を取り戻すことはできず、生涯、杖をついてようやく歩けるかというくらいにしか、ならなかったみたい。

 そしてお父さんが外を出歩くと、みんなは気味悪がって近寄らなかったと伝わっているわ。

 カタワなだけが、理由じゃない。たとえ遮るものがない太陽の下でも、お父さんの影法師ができることは、永遠になかったんですもの。

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