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それをやらずにいられない

 はい、こーちゃん、おすそ分けだよ。甘いものは大丈夫だったかい?

 お菓子というのも歴史が古いわよね。紀元前から、人間は甘味を作るようになったと、聞いたことがあるわ。儀式に使われるものから、庶民が口にするものまで。分類もすでに、主食のパンとは別物と考えられていた記録が残っているそうよ。

 中にはパン嫌い、お菓子嫌いの人もいるでしょうけどね。どうせ生きているのであれば、どちらか一方だけを味わって満足……なんてもったいないと思わない? 自分が好きであるものを、嫌いである人。自分が嫌いであるものを、好きである人。ケンカする前に、どちらも味わっておいた方が、対立に深みも出ると思うけど。

 そういえば、お菓子好きに関して、不思議なことがあったわねえ。こーちゃんもこの手の話は好きだろう? 味わってみないかい?


 私が中学生くらいの時だったかなあ。クラスにお菓子好きの女の子がいたのよ。親が海外で修行してきたパティシエだとかで、自宅にお菓子を作れる環境が整っていたのが大きかったらしいわ。

 彼女はしょっちゅうお菓子を作ってきては、私たちに配ってきたわ。それだけでは飽き足らず、近所で遊んでいる子供たちとかにも、クッキーやプティングを配っていた姿を覚えているわ。

 味もまた、ほっぺが落ちそうなくらいに甘くてね、思い出しただけでよだれが出てきそうだったわ。手についた残りかすまで、ついぺろぺろとなめてしまうくらいね。

 当時の私は、太っちゃうという危機感より、おいしいものがあるなら、食べないと損をする危機感の方が強かったからね。彼女のお菓子を待ち望んでいた人の一人だったわ。

 周りの人に食べ過ぎを咎められても、「糖分こそ、学生の脳みそに必要なもの!」なんて力説しながら、お菓子をほおばっていたわ。

 けれど、しばらくしてクラスのみんなの様子が、おかしくなってきたのよね。


 季節は秋。急に涼しくなったことで、体調を崩し始めた人が出始めたのか、授業中でも鼻水をすする人が多くなったわ。一人、二人ならまだしも、クラスの大半がそうだったから、先生も見かねたんでしょうね。「毎日、チリ紙を持ってくるように」なんて注意されたわ。

 だけれど、ちゃんと鼻をかむ一部の人をのぞいて、効果はさほど現れず。私を含めた多くの人は、外に出たがる鼻水たちを、無理やり喉の奥に押し込んでいたわ。無性にそうしないといけないような気がしてね。

 そんな中、数少ない健康体である彼女は放課後になると、秋の新作と称して、一口大に切ったモンブランを出してきたわ。栗嫌いな子を除いて、全員、蟻のように群がった。

 もはや給食を超える楽しみになりつつあったわね。鼻水たらしながらも、夢中になって口に放り込んでいたことを、今でも覚えているわ。

 

 ただ、次の日になって。クラスで抜き打ちの漢字テストがあったんだけど、平均点がいつもよりもはるかに下がっていた。私も足を引っ張っていた一員。問題を見ても、漢字が全然出てこなかったの。普段なら満点を取れる点数だったのに、屈辱だったわ。

 それだけでなく、体育の時間。持久走があって、軒並みタイムが下がったわ。汗だくだったんだけどね、一向に汗を拭こうとせず、ぐしょぬれのまま。口や鼻に汗が入っても構わない。

 私自身も体操着の袖を顔にこすりつけながら、こっそり汗のにじんだ生地しゃぶっていたわ。

 水も飲んだけれど、そんなんじゃ渇きが癒えない。汗じゃなくてはたまらない。まるで禁断症状だった。

 例の彼女は、変わらずにお菓子を配っていたわね。本当にいつもと変わらず、鼻をすすりも、汗をなめたりもしない健康体のまま。次々に新作を生み出しては、みんながそれを味わう姿を見ながら、ニコニコしていたわね。


 けれど、彼女のお菓子出張所も、終わりを告げる時が来た。

 今まではお菓子を黙認していたクラス担任が、事故を起こしたとかで、替わったことがきっかけだった。新しい先生は厳格で、彼女がお菓子を配っているのを見かけると、お菓子を取り上げた上で、校内でお菓子を食することを禁止にしたわ。以降、見つかったら即、生徒指導室行きだった。

 その環境が気に食わなかったのかもしれない。彼女は最低限の出席日数だけ稼ぐと、ぱたりと学校に来なくなったわ。お菓子供給が途絶えて、当初はみんなもぶちぶち文句を言っていたけれど、しばらくするとテストや体育の成績も、元に戻ってきた。同時に、鼻をすすったり、汗をなめたりすることも自然になくなっていったわね。

 ただ、彼女のお菓子を食べながら、先生の言いつけに従って、鼻をかんだり、汗をぬぐったりしていた人は、しばらく学校をお休みしてしまったわね。


 思い返してみると、彼女のお菓子は、私たちの身体から大切なものを押し出していたのかも。鼻をすすったり、汗をなめずにいられなかったのも、失ったものを取り戻そうとする防衛本能だったのかも知れない。

 彼女のお菓子、近所の子供もたくさん食べていたわ。あの子たち、あれから無事に過ごせていたらいいのだけど。



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