土竜大戦
おおっと、モグラ塚発見! この辺りって、まだモグラがいるんだなあ。いや、むしろこの辺りくらいしか、モグラは住むことができないのかな。最近、害獣として退治されることが多いと聞くし。
つぶらやはモグラを実際に見たことがあるか?
目が体毛の下に隠れちまっているから、目がない生き物なんて表現されたこともあるらしいぜ。一生の大半を地中で過ごし、地上ではさほど長い時間生きることはないときく。このために、太陽の光に弱いんじゃないかと、推察されたみたいだな。実際のところ、身体を常に何かでこすっていないと、落ち着かない性質らしい。そのストレスによって命をちぢめてしまうのだとか。
おまけに大食らいで、個体によっては数時間、餌を摂らないだけで死に至るケースもある。その上、農家の皆さんには害獣と呼ばれて、お尋ね者状態だ。現代社会においては、生きづらい存在の一つだろうな。
だが、歴史が長ければ、モグラを上手く使おうとした試みがあったらしいな。
その中でも、極めて規模が大きかったものを、お前に教えようか。
ずっと昔から、現在と同じように、田畑にとってモグラは、厄介な存在の一つとみなされていた。掘り進む途中で田んぼの畔を崩してしまったり、農作物の根っこを食い漁ったりしてしまったりとかな。もっとも後者に関して、食い漁るのは、モグラが掘ったトンネルを利用した、ネズミの仕業らしいけど。
そのうえ、彼らのエサとなるミミズは土壌改良に役立つから、余計に毛嫌いされていたようだな。
そんな中、あえてモグラを放し飼いにしているお寺が、小高い山の上にあったらしい。代々の住職が、境内で何匹もモグラを飼っていたんだ。その証拠に、境内のあちらこちらには、モグラ塚が出来上がっていたようだな。
おかげでその寺は、本来の名前ではなく、「モグラ寺」として呼ばれるようになっていた。
境内の掃除の手間が増えることに、不満そうな顔をする小僧さんはいたものの、住職は「それも修行のうちじゃ」と、強引に説き伏せた。おかげで寺を去っていく者も多く、残ったのは愚直な者たちのみだったとのこと。
更に、そのお寺には、住職のみ立ち入りが許される、別棟の倉が存在していた。中に何があるのかを知っているものは住職より他におらず、住職自身も時折中に入っては、中でのこぎりを引くような音を立てていて、人々はいぶかしんだらしいんだ。
ただその倉の壁には小さい穴があけられていて、綱の一部が外に飛び出していたんだと。綱の先は地面の中に埋められ、掘り出そうとする者は、厳しい説教を受けた。
その綱が、モグラのように、ずんぐりした格好をした倉の尻尾に見えたことから、その倉も「モグラ倉」と呼ばれたそうな。
それから、何代目かの住職になった時。
寺の中のモグラ塚には、非常に巨大なものが見受けられるようになった。人間の子供くらいの高さを持つ巨大な塚は、人々にとって畏怖の対象だったらしい。一体どれほどのモグラが存在しているのかと。
同時にふもとの田畑では、不思議な事件が起き始めた。今は田んぼに稲穂が実る時期なのだが、雀たちが荒らしにやってくるのを防ぐため、カカシが何本も立っている。そのカカシたちが、軽い地鳴りの後に、背が縮んだり、時には消えたりしてしまうことがあったのだという。場所によっては、子供の姿が見えなくなってしまったという声もあがった。
実際にカカシや子供が消えてしまった現地には、カカシを引きずり込んだと思しき穴が、ぽっかりと空いていた。そしてその周りには、こんもりとして臭う、こげ茶色の山ができていたとのこと。
モグラ塚だ、と判断した現地の者たちは、勢いのままにモグラ寺へ押しかけた。巨大なモグラを飼っているだろう、寺の不始末を追及しようとしたんだな。
モグラ寺では、押し寄せる百姓たちの声に対して、当の住職は一喝した。
「じきに咎を犯せしものが、この場に現れよう。もしも、モグラの咎と分かったならば、この寺、壊すなり燃やすなり、好きにするがいい」
住職の制止から、半刻。
地面が大きく揺れ始めた。その場に押し寄せた者たちが、思わず尻をついてしまうほどの激しさで、境内への階段に足をかけていた者は次々に転げ落ちる。そんな彼らの脇を、モグラ塚が猛烈な勢いで盛り上がりながら、寺に突進してきた。
「綱を」という住職の鋭い声で、例の「モグラ倉」からはみ出ている綱の近くに待機していた小僧や僧侶たちが、土から綱を掘り出した。全員が土まみれの綱を握り、じっと次の変化を待ち受けている。
ほどなく、誰もいないはずの「モグラ倉」の中から、何者かが暴れる音が聞こえてきた。その暴れようは尋常ではなく、どしんどしんと音を立てて壁にぶつかっては、屋根の瓦がずれて、壁そのものにはひびが入っていく有様だった。
「引っぱれ」という住職の声と共に、小僧たちが力強く縄を引っぱる。およそ二間ばかり綱が引きずり出された時――「モグラ倉」は屋根の真ん中から、屋内に吸い込まれるようにして、一気に倒壊した。
もうもうと土煙が立ち上った後、がれきの下敷きとなって、事切れていたのは、人間の図体の五倍はあろうかという、巨大なミミズと、その胴体に食らいついているモグラ。
例の綱は、倉の大黒柱につながっていて、柱がきれいに二つに分かれていた。住職は倉を支えられるぎりぎりまで、大黒柱に切れ目を入れていたらしいんだ。
住職以外の者は悲鳴をあげたりして恐れおののいたが、住職は迷いなく、つかつかと二匹に歩み寄り、改めて死んでいるのを確認すると、屠殺の心得があるものを集め、解体を行わせた。その結果、ミミズの中からはカカシや人間の形をした肉が出てきたのに対し、モグラの方からは、そのミミズのしっぽと思しき部分しか出てこなかったらしい。
人々は住職に頭を下げたが、住職もまた神域での殺生を行ってしまった責任を取り、寺を後にすることにしたそうだ。
「モグラ倉」には、これまでの住職たちが、育ててきたモグラの巣への入り口が用意されていたらしい。いざという時にはここに獲物を追い詰めるように、長年、訓練をしてきたそうだ。そのモグラ寺も、今は取り壊されてしまって、残っていないとのこと。
つぶらやも開かずの倉を見かけたら、注意するといい。思わぬ事件に遭遇するかも知れないぜ。