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日照り乞い

 こーらくん、そろそろ下校時間だ。暗くならないうちに早く帰りなさい。

 え? 家に帰りたくない? ははあ、家の人とけんかをしたばかりだと。う〜ん、家庭の事情もあるから、突っ込んだことは言えないけれど、案外ささいなことかも知れないよ。君にまだ話していないことがあるように、おうちの人にも、まだ君に話していないことがあるんじゃないかな。

 その部分ですれ違っているんだとしたら、決着はつかないだろう。いっそ、君の方から話を振って、腹を割って話したらどうだい? 案外、とんとん拍子で決着がつくかもよ?

 そんな気持ちになれない? 昼がずっと続けば、学校にいられるのに?

 ふ〜む、かなりダメージがあるようだね。ちょっとでも家にいる時間を減らしたいか。なら、もう少しだけ先生が話し相手になろうか。こーらくんが好きそうな話でもしながらね。


 先ほど、君は昼がずっと続けばいいと言っていたね。残念ながら、太陽の関係でそれはできない。地球はぐるぐる回転している。そうすると、太陽の当たる面と、当たらない面ができる。当たっているところが昼になり、当たらないところが夜になるわけだ。

 とはいえ、これらの理由がはっきりしたのは、長年の研究があったればこそ。それらがはっきりしないうちは、神様が毎日、太陽を乗せた馬車を駆って、天空を巡っているという話もあった。

 日本では天照大神だね。彼女が天の岩戸に閉じこもっていた期間、太陽は少しも姿を見せず、人々は辛い思いをすることになった。太陽というのは、神様が与えてくださった恵みなのだ、という考えは、人間の歴史に深く根ざしていると言えるだろう。

 そうなると陽の差し方ひとつとっても、神様の機嫌をうかがい知ろうとする試みも古くから存在するわけだ。


 むかしむかし、とある山が大噴火を起こした。

 周囲の村には、灼熱の火山弾が降り注ぎ、舞い上がった火山灰が空を覆いつくして、神の恵みたる太陽の光を遮った。身を焦がす熱の洗礼のあとには、凍えるような寒さが待っていたんだ。

 栄養を遮られた作物たちは、次々に弱って力尽きていき、人々は生きる糧を失っていった。

 どうにか、太陽を取り戻したい。そう考えた人々は、かつて天照大神が天の岩戸から出てきた時のように、明るい祭礼を日々行った。雨乞いならぬ「日照り乞い」というわけだ。


 ふらふらになりながらも、人々が虚勢混じりの祭礼を夜通しで行う中、村の易者でもある老婆と、彼女の息がかかった一部の者たちは、夜の祭りに参加せず、村の中を歩き回っては火山灰を拾い集めて小さなツボに入れていた。

 若い者がその様子について、尋ねると「祭りが上手くいってしまった時の備えじゃ」と答えたみたい。まるで「日照り乞い」が失敗することを望むような応答に、尋ねた者たちはむっとしたものの、他人を構っている余裕はない、と思い直し、祭りに戻っていたとのことだよ。


 祭りが続いてから何日かが経った。

 朝起きた時、皆は待望の太陽が差していることに、感激した。寒冷な日々が続いていただけに、感じる暖かさは今まで以上に強く感じられた。

 人々は、久しぶりの温暖な日に感謝を捧げたけれど、例の老婆は家に閉じこもっていたらしい。「この太陽を見極めなくてはいけない」と、しきりにつぶやいていたとのこと。老婆の心配をよそに、人々は昼間を謳歌していたけれど、やがて異変に気付いた。


 太陽が一向に沈まないんだ。日暮れ時だというのに、太陽が西に傾く様子はみじんもない。それどころか、じょじょに大きくなっている、と人々は騒ぎ始めた。

 朝に見た時には、豆粒ほどの大きさだった太陽が、今は握りこぶしからはみ出すほどになっている。空気も暑いを通り越して、熱さを感じるほどになってきた。

 人々は我慢できずに家の中に飛び込んだものの、うだるような熱が、まんべんなく室内を覆いつくす。蒸し風呂に入っているかのように、人々の身体からは汗がとめどなく流れ落ちていった。


 そんな、誰もが一歩も動きたくない状態の中、例の老婆が腰を上げた。

 彼女は火山灰採取の際に、手伝ってくれた者たちと共に、炎天下を村はずれにある櫓台へと駆けて行った。二つある櫓台を手分けして上り詰める。その手には、火山灰をかき集めた、例のツボが握られている。


「さあ、夜を招くのじゃ」


 老婆の掛け声とともに、火山灰のツボの蓋が、開け放たれた。

 するとどうだろう。ツボからひとりでに抜け出した灰たちが、大きくなった太陽に向かって、引き付けられるように立ち上っていく。

 ぬり絵のように、太陽の輪郭から内部までを黒く染めると、ふちからこぼれだすように、空を灰が覆っていく。その早さはものの数分で、村全体を闇のとばりで覆うほどだった。

 突如訪れた涼しさに、屋内にいた者たちも、次々に顔を出す。空を覆う灰のすき間から、太陽はわずかにその姿をのぞかせていたが、やがて少しずつ、小さくなっていった。地表から遠ざかっていったんだ。

 太陽がすっかり見えなくなってしまったあと、幕を作った灰ははがれ、少しずつ雨のように地面に降り注いだ。その雨が止んだ時、ずっと高い、空の向こうでは、以前と変わらない分厚い雲が待ち受けていた、とのことだ。

 老婆は皆に語る。


「日照り乞いの心意気は買おう。だが、人が神のごときを真似するのは畏れ多いこと。神の身で初めて招ける太陽を、どうして人が招けよう。あれは太陽を模した、招かれざるものじゃ」とね。 


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