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金庫にしまうもの

 つぶらやさんは、毎日お手入れしているもの、あります? 自分の身体以外で。

 僕はプラモデルとか、部屋に飾ってあるもの全般ですね。暇さえあれば磨き布を使って、優しくキュッキュッです。なんというか、ちょっとでもほこりがついたりしていると、気になっちゃって。

 ケースにでも入れたらどうか? ご意見はもっともなんですけれど、僕は気が向いた時に、ひょいっと触りたくなるんです。その時にケースに入っていたりすると、いちいち取り出さないといけないじゃないですか。あの手間がもったいないと思うんです。

 でも、時々いますよねえ。金庫とかに厳重に保管しておきながら、頻繁に取り出して中身を確認する人。あれって、金庫を信用していないんでしょうか。はためには心配性に見えたり、嫌みに思えたり、印象は様々です。

 そんな金庫にしまうものの一例に関して、こんなうわさを聞いたことがあります。


 僕の友達のお兄さんのことです。ちょっと年が離れていて、友達が中学生の時には、すでに大学を卒業していて、働きに出ていたと聞きます。お兄さんはスキルを身につけることに力を入れていて、同じ職場にいるのは数年程度。三十代の半ば辺りに今の職場に腰を落ち着けたらしいですね。

 お兄さんは中途入社。即戦力として起用されたそうです。とはいえ、最初の一年間は覚えることが多く、周りの目も合って、支店の一つで、平社員と同じ仕事を任されていたそうですけどね。

 元々、要領のよい方だったので、通常業務にもわけなくなじみ、一緒に働く人たちを観察するようになりました。管理職になった時に、その人の得意分野を存分に使えるようにする、布石だと言っていたみたいですよ。

 ところが、この支店は妙なことがありました。


 月一回、社長が直々に支店にやってくるのです。それだけでしたら、あまり不思議はないのですが、二十以上もあるすべての支店に対して、毎月同じように訪問を繰り返しているとの話でした。

 多忙の間を縫って、どうしてそこまでやるのか。お兄さんは疑問に思っていたそうです。社長は毎回、一緒に来られるお客様と、奥の一室で話をしているようでした。非常に端正な顔立ちだったことを覚えているそうです。

 お客様は、いつも銀色の大きいアタッシュケースを持ち歩いています。何が入っているかは分からないですが、先輩社員たちは金目のものではないか、とあたりをつけていました。なぜなら応接に使われている奥の一室には、小型の金庫が設置されているのです。

 以前、社長あての急な電話があって、新人社員が慌てて部屋のドアを開けた時、席を立っていたお客様の後ろで、社長がちょうど金庫を開けて、中身を入れようとしていたとの話です。その社員は、あとでこっぴどく怒られたとのこと。

 しかし、その日以来、新人社員は金庫の中身が気になって仕方なかったようです。それこそ、過ちを犯してしまいそうなくらいの執着心で、掃除の時も毎回、応接室の担当を申し出るし、トイレの帰りでも物欲しそうな顔で、応接室をのぞいていたとの話です。


 このままだと、彼が前科者になりかねない。そう判断した先輩社員とお兄さんは、次に社長が支店に来られた時に、新人社員も含めて、直談判をしたそうです。新人社員が気にする、金庫の中身について。

 社長は最初、難色を示したそうですが、「自分が立ち会うのであれば」ということで許しを出したとか。そして、新人社員に更にきつく念を押すと、彼らの前で金庫に手をかけて中のものを取り出したみたいです。


 それは手のひらに収まりそうなくらいに小さな、金色のインゴットでした。ブランディングの類は一切ない、純粋な金の延べ棒だったのです。

 三人は思わず見とれてしまいます。やがて、新人社員がさっと手を伸ばしました。それはお兄さんや支店長が止めに入れないほど、素早い動作だったそうです。

 インゴットをくすねるかと思ったその動きは、しかしインゴットに触れた瞬間に止まってしまいました。同時に、先ほどまでウキウキ気分が溢れていた彼の表情は、インゴットに触れたとたん、氷のように冷めてしまったようです。


「大変失礼しました。わがままを聞いていただき、ありがとうございます。これよりは仕事に集中いたします」


 どこかぎこちない動きで、応接室を去っていく新人社員。その様子に首を傾げたお兄さんと支店長ですが、社長は「もう、大丈夫かい」と二人に尋ねてきたそうです。二人の、遠慮するという旨の返答を聞くと、社長はどこかもったいぶるように、ゆっくりとインゴットを金庫の中に戻したのだとか。


 それからほどなく、新人社員は試用期間が終わった後に、退社してしまいました。それから数か月後に、彼はテレビで報道されることになります。連続窃盗犯の容疑者として。

 お兄さんと支店長が、古参の社員に話を聞いたところ、退社した人の一部は、彼のように犯罪に手を染めるケースもあったとか。

 お兄さんが退社するまでの数年の間、社長は変わらずに、例のお客様と応接室で毎月、話をしていたとのこと。そして、聞いたところによると、二十を超える全ての支店で社長とやりとりしていたのは、同じお客様だったとのことです。


 今でも、お兄さんは疑問に思うんだそうです。

 あの時、社長は明らかに金庫の番号が見えるような手つきで、インゴットを取り出していた。まるでお兄さんたちがいつでも触れるように。

 本当は、あのブランディングのないインゴットを、多くの人に触らせたくて、支店を回っているのではなかったのか、と。



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