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キャパシティ・アッパー

 おお、これは話以上だ! メニュー以上に盛ってくるお店とか、なかなか出会えるものじゃないよ。さっそく写メって、みんなに飯テロしよーっと! そりゃー、超連写だー!

 いや〜、つくづくすごいなあ。肉や野菜を崩しても、ぜんぜんご飯が出てこないよ。若いころなら毎日いけたろうけど、もう月一くらいが限界だ。

 少し前に胃を切ったんだよね。潰瘍でさあ。おかげで以前より、めいっぱいご飯を食べられなくなった気がするよ。

 身体にとっては、過食が少なくなって、負担がかからないから助かっているのかな? あ、でも胃を切っているんだから、その時点でもうアウトなのかな? 僕の脳みそだと結論が出せないねえ。

 つぶらやくんは、めいっぱい食べる派? それとも腹八分目派? 付き合いで食べないといけない時もあるけど、自分のキャパシティには要注意だよ。

 やけに口うるさいって? ごめんごめん、昔、こんな体験をしたことがあってさ。


 携帯電話が世に出始めてしばらく経ち、色々なアプリケーションが搭載されるようになってきた。方向音痴な僕は、スマホの地図機能にいたく感心したよ。これまでのケータイじゃ、細かい路地まで表示できなかったりしたからね。

 あとはゲームアプリかな。前々からゲームってコミュニケーションツールでもあったでしょ。誰かの家とかに集まってさ、あるいは机を囲んだり、あるいはテレビの前に勢揃いしたり、色々な形で体験を共有した。これが、連帯感とか仲間意識を強める要因の一つだったことは、間違ってないと思う。

 それが今では、携帯電話という小さい世界に、体験が詰まっている。特定の時、特定の場所で行っていた共有の儀式は、いまや個々人に自主的な準備を要求するんだ。あるゲームが流行っていたら、それに乗らないと仲間外れにされることもあった。

 そりゃ、迎合しない強靭な精神の人もいたけれど、僕は残念ながら「寄らば大樹の影」な軟弱者だから、ゲームなんざしたことがないのに、置いていかれたくないばっかりに、そのゲームアプリをダウンロードしていたね。

 下手くそな上に、不具合が出る可能性がある機種だったから、強制終了せざるを得ないこともあった。ごく一部の機種のせいか、サポートが行き届いていない。

 カメのような歩みの僕は、結局、みんなからハブられる立場。せめて、処理落ちがなければって、ものすごく嘆いたよ。


 そんなある日。一人暮らしをしている、いとこから連絡をもらった。ある実験に付き合ってもらえないか、との話だった。

 いとこはアプリ研究をしているんだが、近々、海外に出ることが決まったらしいんだ。一年程度らしいけど、その間、一台の実験用携帯電話を預かってほしいとのことだった。

 いとこは海外であるアプリを開発する予定。詳しく説明してくれたけど、門外漢の僕には、そのアプリをインストールして使うと、携帯電話の容量がアップして、処理が非常に速くなるらしい、ということしか分からなかった。まずは日本で扱っている携帯機種で試したいとのこと。

 クリーナーアプリの一種かな、と僕は思い、協力することにしたよ。なぜアプリで容量が増えるのか、という疑問はあったけどね。


 いとこからのメールは、最初の一週間でアプリが送られてきて、その後、ほぼ一週間ごとにアップデートの手順が送られてきた。インターネット上にいとこがおいたドライブから、ダウンロードして欲しい。そして、僕は度重なるアップロードによる、処理速度について計測して、報告メールをしてほしいとのことだった。

 何度か実験を行ううちに、確かに携帯電話の処理速度は上がっていた。画面の反応。他のアプリの動作。どれも秒単位で早くなっている。ただ、プロパティを確認しても、表示される携帯電話の容量に変化はない。容量がアップするとは、知識ゼロの僕に説明するための方便だったのだろう。

 実験を続けていた僕は、ふと「この携帯電話、僕が使っている携帯電話と同じだな」と思った。例のゲームアプリも使えるだろうと。

 強制終了の不具合があっても、この処理速度なら今までよりも先に進めるはず。変わらず、みんなに水をあけられていた僕は、つい、アプリを入れた自分のSDカードを、実験用携帯電話に押し込んでしまったよ。

 返す時に、足がつかないようにすればいいだろ、なんて安易な考えでね。


 ゲームは順調に進んだ。

 心配されていた強制終了も発生しない。処理もスムーズで、本当に同じゲームかと疑いたくなるくらい、難易度が下がっていた。もはや別次元で、「これじゃ、みんながサクサク進むのも当たり前じゃん」なんて、漏らした時。

 実験用携帯電話に着信。いとこからだった。


「次のアップデートでテストは最後にする。今までで最大のものだ。めちゃくちゃ時間がかかるだろうが、よろしく頼む」


 こんな断りを入れてくるのは、初めてのことだった。僕はアプリを止めて、いつも通りアクセス。ダウンロードに入る。

 画面に表示された、予想完了時間を見て、さすがに驚いた。今まではどんなに長くても1時間以内に完了していたんだ。それが8時間オーバーだったんだよ。多少、誤差があるだろうから、もっと短い時間で済むかもしれないけど。

 しかも、僕がゲームで消耗していたせいで、バッテリーは残りわずか。とてももちそうになくて、やむなく充電器に差したよ。時間も、もう日付が変わろうとしている。

 明日も学校があるし、寝ている間にアップロードも終わるだろ、と僕は布団に入ったよ。直前まで明るい画面を見ていたせいか、なかなか寝付けなかった。


 ウトウトし始めて、どれくらい経っただろうか。

 ふっと目を開けた僕は、充電器につながったまま、ふとんのそばに置いておいた携帯電話を見て、一気に眠気が吹き飛んだ。

 どう表したらいいだろう……君は、飛び出す絵本を知っているかい? ページを開くと、絵や構造物とかが出てくる、仕掛け絵本だよ。あれの携帯電話版と言えばいいかな。

 床に置かれ、天井を向いたままの携帯電話。その画面から、猫の手のようなものがつき出していたんだ。時間が経つたびに、少しずつ少しずつ、腕の部分が覗いてくる。

 僕は瞬時に部屋を脱出。心臓がバクバクいっていたけれど、夜中だから騒ぐわけにもいかず、台所に直行。何かあれば、すぐに脱出できるように勝手口を確保した。

 空はもうほんのり明るい。夜明けが近いんだ。僕は落ち着くために、水を一杯飲む。

 自分の部屋の様子を確かめなくちゃ、これからあの部屋で寝られない。僕は台所の隅にある、柄の長いほうきを手に取り、そうっと自分の部屋へ。


 あの猫の腕は消え失せていた。肝心の携帯電話はアップロード完了の表示が出ている。

 それでも油断はできない。ほうきを持ったまま、ふとんをめくりあげた僕は、うめいた。

 僕の敷き布団は、自分のものではない毛が大量に絡まり、獣の爪でやられたように、ズタズタになっていたよ。


 やがて、海外から帰ってきたいとこに、実験用携帯電話を返す日が来た。

 僕はあの日もいつも通りの報告をしたけれど、僕の家に来たいとこは、「最後のアップデートはどうだった?」ともう一度尋ねてきた。僕の返答が不服、と言わんばかりに。

 僕は返答に困ったよ。正直にあれを話すべきかと。でも、報告した以上のことは話さなかった。日焼けしたいとこの表情からは、何が正解か読み取れなかったから、一種の賭けだったね。

 ややあって、いとこが笑ったよ。


「う〜ん、やっぱりか。あの携帯電話の本体容量だけじゃ無理だと思ったんだ。SDカードとかも併用しないと容量が足りない。仕方ないね」


 ドキリ、とした。あの日、僕は携帯電話にSDカードを挿していたんだから。あの事態は、僕にも原因がある、ということだ。

 実験用携帯電話を返して、僕もいつも通りの生活に戻ったけど、時々、ふとんを荒らされている形跡があった。気味が悪くて、親に頼み込んだ結果、一人暮らしの始まり。

 布団を荒らされることはなくなったけれど、もう一つ、気になる点がある。

 僕が今使っているSDカード。実はすでに容量をオーバーしているはずなんだ。容量はいっぱいのはずなのに、何日か経つと、画像とかのデータを追加できるようになっている。


 どうやらあの猫らしきものは、カードを伝って、また僕のもとに現れたいらしい。

 処分しようか、とも思ったけれど、あの夜中の映像を思い出して躊躇しているんだ。手放した瞬間に、あれが飛び出してくるような、そんな不安がある。

 だから、僕は写真を始め、色々なものを撮り続けているよ。あいつが出てこられるだけの空き容量を、与えないためにね。



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