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「福」固定化計画 (ヒューマンドラマ/★★)

 お久しぶりです、つぶらやさん。お元気そうで何よりです。

 よく迷わずに来れたな? ええ、まあ地図と時刻表をよく見ましたし、最近のスマホの地図は分かりやすくて……。

 はい、ごめんなさい、ウソです。ターミナル駅からタクシーを使いました。

 知っての通り、私は地図を読めない女ですので。機械オンチで、すぐにものを壊すし。

 田舎から出てくると、都会は本当に別世界だなと思います。

 一番感じるのは、家と家の境界線ですね。

 このあたり、ブロック塀とかで区切っているじゃないですか。私の地元だと、生け垣の割合が高いですね。依然として八割以上の家が、四ツ目垣越しに並んでいます。

 結構、垣根越しのご挨拶をしていますし、噂話も飛びかいますよ。

 あ、つぶらやさん、物欲しそうな顔をしちゃって。犬よりも分かりやすいですよ。

 せっかくお招きいただいたんですもの。これはお土産代わり、ということでいかがです?


 先ほど、垣根の話をしましたね。

 垣根は、目隠し、風よけ、人や動物の侵入防止などの機能を持っています。生け垣は頑丈さこそブロック塀には及ばないかもしれませんが、地震があった時の被害は少なくて済みます。

 水気の多い植物だから、想像以上に火に強く、防音の力も勝ります。ただ定期的なお手入れが必要ではありますがね。

 しかし、私の地元では生け垣を使い続ける、大きな理由があるんです。

 それは、隙間の存在。

 きっちりと積み重ねられるブロックに比べると、生け垣というのは、空間だらけです。しかし、隣に対して部分的とはいえ、開かれているのは確か。

「浮世の苦楽は、壁一重」という言葉、ご存知ですよね。

 苦しいことと楽しいことは、壁一重という近さを持っている。別々のものとは考えるなということです。

 生け垣の理念も、似たようなもの。もろもろの隙間を通じて、楽しいこと、苦しいことを周囲に分かち合う。それが物事の調和を保つのに、大切だということが伝わっていたのです。

 そして、隙間なき壁は、外からの障壁であると同時に、中からも頑強な檻として機能するということ。

 これは、私が生まれる前に起こった、事件です。


 その老人は、先祖代々伝わる大きな屋敷に住んでいました。

 彼はその恵まれた己の境遇におごることなく、若い時から、武道に、文筆に、労働に明け暮れて、時には私財を投げうって、道路の整備や堤防の補修などに大いに貢献したとのこと。

 心残りといえば、子供に恵まれなかったこと。彼が望んだのは、愛する女性との間に生まれた我が子を育てることでした。

 しかし、長年の宿願は実ることなく、彼は伴侶に先立たれてしまったのです。

 妻を失った彼は、自分がどれだけ老いてしまったかを、改めて知ることになりました。

 杖なくしては、動くことのままならないこの体。妻がどれだけ支えてくれていたのか、その有難みをひしひしと、今更ながらに感じるようになったのです。

 彼は今まで、周囲の皆のために頑張ってきました。恩に着る必要はない、あなたの助けになるのなら、と無償の愛を注いでいたのです。

 それが、今となっては、老人の献身をじかに知る者が、ほとんどいなくなっていました。

 周りに住んでいる連中は、広々とした老人の住まいに嫉妬し、生け垣の一部を壊すなど、心無い仕打ちをする者ばかりだったのです。

 老いさらばえ、伴侶を失い、体の自由が利かなくなった老人。その心もまた、若い頃の寛大さを失い、排他的な感情に蝕まれ始めていたのです。


 節分の夜。老人の家の敷地内に、多くの大工たちが入りました。

 今までの生け垣から、板塀に垣根を変えるためです。大工たちが工事に取り掛かる中、老人は杖をつきながら、敷地の四隅を巡ります。


「鬼はァ、そとォ。福はァ、うちィ」


 老人の声が響きます。どこの家でも行われている風景。何もおかしいことはありませんでした。老人は豆を撒いて、まわります。

 ですが、それで終わりではありません。

 老人の豆まきは、毎日毎日続いたのです。しかも、じょじょに回数を増し、とうとう一日で十回を超えるまでになりました。


「鬼はァ、そとォ。福はァ、うちィ」


 大工仕事の音に混じって、老人の声が響きます。心なしか、力がこもっており、今まで老人をからかっていた者たちも、気味悪がって近寄らなくなりました。

 一日中、願いの声が風に乗って届きます。まるで言葉の通り、外敵を追いやり、幸運のみを内側に取り込もうとするような、憑かれた空気が辺りを包んでいた、と当時の人は話していたそうです。


 やがて、板塀が出来上がりました。それは周りの家屋への威圧を感じさせる、二階建てにも匹敵する高い壁でもあります。

 正面のかぶき門だけが、中の様子をうかがえる隙間でありましたが、屋敷の玄関までの距離は数歩と空いておりません。

 見ているだけで息苦しさを感じる、このせっぱつまった設計は、そのまま老人の心を表していたのかもしれないですね。

 その日以来、老人の姿を日中に見かける者はいなくなりました。彼自身が屋敷の中から出てこなくなってしまったのです。

 屋敷にこっそり侵入しようとする者も、いるにはいましたが、老人はどこからか見張っているらしく、石が飛んできたとのこと。

 更に、時折、刃物を研ぐ音がする。ほどなく、何かを削る音が、屋敷の二階にある開いた窓から聞こえてきたそうです。


 危険極まりない住まいとなってしまった、老人宅。

 終わりは、大地震と共に訪れました。

 長年、補修を怠っていた老人の屋敷は、見るも無残に崩れ去ってしまったのです。

 一夜にして、がれきの山と化してしまった家の中から、老人の遺体が見つかりました。しかし、彼は地震の来る数日前にはすでに死んでいたことが明らかになったのです。

 胃袋から出てきたのは、大量の木片。

 家の壁という壁からは、木を無理やり削り出したと思しき痕跡が、いくつも見つかりました。

 かろうじて原型を留めていた柱の一本に


「福の神よ、我そのものに宿り給え」


 と、刃物で切り付けたような文字が刻まれていたとのことです。



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