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添い寝巡り

 つぶらやくんは、赤ちゃんに添い寝した経験ってある?

 え? たいていが柵に入れられた赤ちゃんだった? ああ、多いわよねえ、そのケース。

 私が今まで出会った赤ちゃんって、誰かがそばにいないと、わんわん泣き出しちゃうような子ばかりだったわ。

 一説によると、相手の顔が見えていることで、安心感を得られるから、と聞いたことがあるわね。だあれもいない空間に一人ぼっち。そこに潜む怖さというのを、すでに学び取っているのかも知れない。

 添い寝ってね、一緒に寝る側も注意を払わないといけないの。赤ちゃんにはまだ、布団を一人で跳ねのける力はない。気づかない間に、窒息してしまうこともあるらしいの。当然、添い寝する側の体重が、思わぬところでかかっても同じこと。相手が自分と違う身体の持ち主であることを、自覚しないとね。

 不幸な事故を防ぐというのも、赤ちゃん用の柵が設けられた目的の一つらしいわ。

 そんな添い寝と柵を巡って、興味深い出来事があったらしいのよ。ひとつ、聞いてみない?


 今をさかのぼること、数百年の昔。現在に比べて、新生児の死亡率が格段に高かったころ。新しい命は家族や産婆さんの手によって、大事に大事に取り上げられたわ。

 でも、生まれたばかりの赤ん坊は、まだ「人間の子」ではない、とはつぶらや君もきいたことがあるでしょう。

 産湯、お七夜、初宮参り、お食い初め……。

 生まれてからの節目節目で、さしはさまれる行事たち。すべて、人間社会に溶け込んでいくための大切な儀式だった。

 でも、こうして続いているのは、いずれも歴史と天命が味方したもの。それらに蹴られて、消えてしまった行事たち。その中に「添い寝巡り」というものがあったわ。


「添い寝巡り」は、一部の集落の中で行われていた。

 お七夜を迎えた赤ちゃんが、一日おきに添い寝してもらう家庭を変える儀式。今でいえば、日替わりで預ける保育園を変えるようなものかしら。

 その集落の仲間意識というのは、排他的ゆえに強力なものだった。内部で隠し事などは言語道断。一致団結のためには、各家庭の事情をつまびらかにしなくてはならない。

「添い寝巡り」に関しても、表向きは集落に存在する家庭の空気を取り込むことで、一刻も早い仲間入りを、という意味合いがあったけれど、その実は人質だったみたいね。「大事なややこは手の内にある。妙な真似をするでねえぞ」ってところかしら。

 連帯責任の五人組といい、人間にルールを守らせるのは大変ね。


 ある冬の日のこと。

 長年、子供に恵まれなかった夫婦の家に、女の子の産声があがったわ。今までに二回も死産を経験しただけに、夫婦の喜びようは、たとえようもないくらいだった。

 お七夜も無事に終わり、「添い寝巡り」の時がやってきたわ。半ば人質とはいえ、命がけなのは、預かる方も同じこと。自分たちの家にいる時、赤子に何かあったとなれば、どのような責めを受けるか分からない。

 どの家でも、必ず一人は赤子のそばにいるように徹底され、一日、また一日と「添い寝巡り」は続いていったわ。


 けれども、ある一家が赤子を預かった日。

 昼間は検地のためのお役人さんがくる、ということで大人や上の兄弟たちが出かけ、末っ子の男の子が、子守を任されることになったわ。

 十分に気をつかうように言いつけられたから、もうカチンコチン。赤子の横に寝そべり、こちらにむかって手をばたつかせる幼子にひきつった笑みを浮かべながら、「早く眠れ、早く眠れ」と心の中で何度も念じていたらしいわね。

 そうしているうちに、赤子は目を閉じて、静かな寝息を立て始めた。日ごろの野良仕事と慣れない子守で疲れた彼も、ほどなく睡魔に襲われて、うとうとと、夢の世界へ入り込んでいく――。


 彼はやわらかいものが当たる感覚に、目を覚ましたわ。そうして彼は、初めて自分がうつ伏せになって眠っていることに、気がついたそうよ。その伸ばしきった左腕が、何かに乗っかっている。

 もしかして、赤子を腕の下敷きにしてしまった? 親が落とす雷を想像して、がばりと飛び起きたけれど、彼が腕を乗せていたのは、赤子ではなかった。

 馬に食べさせるための草たち。それが赤子のような大きさと形で、先ほど赤子の寝ていた場所におかれていたの。

 赤子が姿を消した。思わず立ち上がった彼は、家の狭い土間で四つんばいになって、ネズミを追いかけまわしている赤子を見つける。生まれてまだ百日にも満たない赤子ができるとは思えない、敏捷な動きだったそうよ。


 土間に置かれた縄などを蹴散らし、赤子はついにネズミを捕まえる。しっぽを掴まれて持ち上げられたネズミは、キイ、キイと叫んでいた。

 その叫びを遮るかのように、赤子はネズミを口に含む。ほっぺたが何度もネズミに蹴り上げられて、ぼこんぼこんと膨れたけれど、赤子は泣きもしなければ、吐き出しもしない。

 何も意に介さないような表情で、ひとかみ、ふたかみ。そのたびに口の端から汁が垂れ、ネズミのくぐもった悲鳴が聞こえる。その咀嚼は、まるで歯がそろっているかのように、力強いものだったそうよ。

 彼が呆然と見守る前で、ネズミの悲痛な声を、身体と一緒に飲み込んだ赤子は、ゆっくり舌なめずり。軽々と立ち上がって、ふらふら外へと出ていったそうよ。慌てて追いかけた彼が家の外に飛び出した時、もはや赤子の姿はどこにもなかった。


「添い寝巡り」が破られた。子供の両親は待望の娘が消えてしまったことを嘆き悲しみ、男の子の一家は村八分にされた。

 それからというもの、村ではネズミの姿を見ることが、今までにも増して多くなり、道具が軒並みかじられて、使い物にならなくなっていく。駆除しても駆除しても、キリがない。

 あの子はネズミの母親になったのだ。だから、自分の生まれ育った場所を見せたくて、子供たちをよこすのだ。そんなウワサがまことしやかに流れ始めた。


 それ以来、集落において添い寝は各家庭で責任を持って行い、赤子を外に出さぬこと。どうしてもそばを離れざるを得ない時は、赤子がよじ登れないくらいの高さの柵の中に閉じ込めて、外に出さないようにされたみたい。

 中から出ていくだけでなく、外から何かが入り込んでこないように、という願いも込めてね。



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