海辺のやんちゃ坊主たち
こーらくん、ゴミは集まったかな? おお、結構拾ってくれたね。じゃあ、この袋に入れてくれ。
この海岸、ウチの学校だけじゃなく、他の学校やボランティアの人たちにも掃除を手伝ってもらって、定期的にきれいにしているんだ。ここの海って、監視員がいない期間でも、泳ぎに出る人が結構いるんだよ。一カ月も放っておいたら、ゴミの山になっているだろう。
海に来たからって、海に入らなくてはならないわけじゃない。浜辺でだべって、酒を飲み、愛する人と追いかけっこする――ん、最後の一つは現実味に欠けるって? もし、そうだとしても、文章の中だったら書きたい放題じゃないのかい。
掃除もひと段落したところだ。少し休憩にしよう。こーらくんも相変わらずネタ集めをしているんだろ。僕からも一つ、こんなエピソードをお届けだ。
海浜は、古来より船を出す時の儀式に始まって、様々なイベントの、代表的な舞台となる。人が集まれば、ゴミが増えるのも当たり前。それでも昔なら、放っておいても土に還っていくものが多かったから、あまり問題にならなかった。
しかし、プラスチックを始め、そのままの状態ではいつまでも残るものが出てきた。放置しておくと、汚い上に、はだしで踏んだりしてけがをする――だったら、まだいい方なんだ。
僕のお父さんが、前に話してくれたことなんだけどね。
当時高校生だったお父さんは、今でいう、はっちゃけた若者の一人だったそうだ。大人のいないところで、やんちゃもよくしたらしい。
夏の夜には、海浜で花火をする。たいてい友達と一緒なんだけど、打ち上げ花火を手に持って、「バズーカ砲〜」とか叫びながら、連射して友達を追いかけまわすのが常だったらしいよ。いや〜、いつの時代も男が考えることは似通っているもんだ。
けど、花火の厄介な点は後始末。食べ物みたいに胃におさまるわけじゃないから、大量に買ってきたら、その分を手で持って帰らないといけない。
その面倒を考えるとね、「おみやげ」として残しておきたくなるんだよねえ。
その夜も、花火をひとしきり楽しんだお父さんたち。火の始末も終えて、持ち寄った缶ビールで乾杯する。さすがに酔った状態で火を扱うような無茶は自重したみたい。
潮と火薬の臭いを嗅ぎながら、のどを突き抜ける苦みを堪能する。「大人ってこんなうまいもんをがめてるのか。ずるいぜ」とお父さんは思ったらしい。今も昔も、飲んだくれに変わりないってわけだね。
ところが、お酒を片手に、花火みやげを砂でラッピングし始めた時、
「こらー! ゴミを捨てるんじゃない!」
やべっ、と思って顔を上げると、はるか向こうの波打ち際に沿って、人影が駆けてくる。
夜とか辺りが暗い時にさ、輪郭だけぼんやり見える影が、自分に向かって走ってくると、反射的に逃げたくならない?
お父さんたちもご多分に漏れず、そうだった。加えて、人影が「やんちゃ」した相手の関係者だったりすると面倒だ。ラッピング包装もそこそこに、逃走開始。思わず飲みかけのビールたちもポイポイ投げちゃったらしい。
それからも日を改めて、海で花火をするお父さんたち。だけど、そのたびに例の人影がつきまとってきたみたい。お父さんたちも意固地になって、場所を移しつつも、海で花火をし続けたんだって。
お父さんたちにとっては、花火をすることよりもむしろ、その後の潮と花火の臭いと共に、夜の海を眺めながら酒を飲むことにハマっていたから、海以外の場所では花火をする気になれなかったって言っていたよ。
どうにかして人影を出し抜いて、ビールを飲み干すことまで完遂したいお父さん。気味悪がった仲間たちは徐々に参加人数を減らし、ついに友達一人との二人きりになる。
夏ももうすぐ終わり。今回はいつもの波打ち際ではなく、歩道に近い部分に陣取った。今までの経験上、人影が浜を越えて追ってきたことはない。多少危険だけど、あわよくば、しつこい人影の正体を暴いてやるという目論見もあったんだって。
お父さんと友達は、護身用の道具を隠し持ちながら、準備を進める。
花火、着火、鑑賞、水、そしてプルトップ。
もはや洗練された、無駄のない一連の動き。しかも今回のメインは花火でもビールでも夜の海でもない。
そして、主賓がやってくる。
「こらー! ゴミを捨てるんじゃない!」
そうら、おいでなすったぞ、と人影を確認しながら、ささっと後片付けを済ませるおじさんたち。花火のラッピングもしない。あえて待ち受ける姿勢だ。
人影が近づいてくる。お父さんたちは人相がバレないように、フルフェイスのヘルメットをしていたけれど、視界が悪くてもっと近づいてくれないと分からない。相変わらずの怒鳴り声をじっと耐えていたけれど、やがて妙なことに気がついた。
近づいてこない。確かに駆けている動きなのに、影が大きくならない。その場で足踏みしているみたいだ。なのに、相変わらず「ゴミを捨てるんじゃない!」と叫んでいる。
さすがに気味が悪い。おじさんたちが人影から目を離さずに、ゆっくり後ずさりしていくと
「なあ、ゴミ置いてけや」
ぽん、とお父さんと友達の肩に、手が置かれる。服越しだというのに、氷のように冷たい手だった。
予想外の攻撃に、お父さんたちの警戒は限界を振り切った。文字通りわき目もふらずに、人影からも、手の主からも逃げ出すべく、夢中で家まで走ったんだって。道具も放り出して。
それからお父さんたちは、海に行く気がすっかりなくなってしまったみたい。
夜はもちろんのこと、昼間だったとしても、あの「後ろからの、ぽん」をやられたら、冗談抜きで寿命が縮む。
でも、びびりながらお父さんも分析した。人影は「ゴミを捨てるな」と言い、手の主は「ゴミ置いてけ」と言っている。もしかして、あいつらは対立しているのか、と。
その答えらしきものは、翌年に出ることになる。
再びやってきた海開きシーズン。
海水浴に来る客たちのために、仮設タイプの海の家がオープンしたけど、営業初日に爆発事故が起きた。
現場が調べられたところ、火元からは花火のパッケージがたくさん出てきたんだってさ。
誰が仕掛けたのか、どうして準備の段階で気づかなかったのかなどは分からずじまいだったけれど、あの時、お父さんたちが捨てていった花火は、水に漬けたと言っても、数分程度。酸化剤が生きていたかもしれない。
それからお父さんは人が変わったように、ボランティアに取り組み始めたらしいよ。
自分たち以上に「やんちゃ」をする存在から、他の人を守らないとって、強く感じたんだって。