妹だって頑張りたい
ん、つぶらやくん、どうした? 僕に聞きたいことがあるのかい?
妹に関して? なんだ、ウチの妹に気があるのかい。僕としちゃ、もらってくれることに反対しないけど、両親が溺愛しているからねえ。一筋縄ではいかないかもよ。
え、そんなんじゃない? ははあ、お得意の執筆のための取材というやつだね。
ごめんごめん。君が色々あったばかりだから、手当たり次第に、慰めてくれる異性を求めているのかと思った。まあ、今の君は女の子より、執筆への意欲の方が上回っているようだけど。
言い方が気に障るかい? すまないね。どうも最近、友達から「ダウナー系」のレッテルを貼られてしまう。暗くはないんだが、落ち着きすぎているらしい。
みんなが盛り上がっている時に、一人だけ冷めていることが多いっていわれるんだ。自分の好みと気持ちに、素直になってきただけなんだけど……集団というのは、参るものだ。
それで、え〜と、妹に関する話だっけ。僕の家ではなくて申し訳ないけど、こんな話はいかがかな?
異性の兄妹に関して、猫かわいがりをするくらい仲が良かったりすれば、ろくに口もきかない、冷え切った関係だったりすることもあるだろう。
僕の家は至ってノーマル……何をもってノーマルとするか怪しいが、特に面白いことはないな。
変わったことといえば、妹が小さい頃は「お兄ちゃん」と呼ばれたけれど、今になっては「兄貴」と呼ばれる。そんな呼び名の違いくらいで、大きな波乱はない。でも、それだと君は満足しないだろう?
なので、この話をプレゼントしようか。
その友達も、僕と同じ、妹との二人兄妹だ。
男としての彼は、悪くない奴なんだが……前にアニメを一緒に見ていた時、ブタによく似た、ブサイクかつコミックリリーフな悪役がいたんだけど、「リアルで似ていて笑えねえ」と、険しい顔だったのを覚えてる。恵体の野球部員で、走るのが取り柄のデブサイクとか、よく自嘲していたよ。
そして四つ下の妹。初見だったら「マジで、兄妹?」と突っ込みたくなるほど、愛くるしいんだよ。つぶらやくんも初めて会ったら、びっくりすると思うよ。よくできた子だし。
それでいて、お兄ちゃん大好きっこなんだよ。僕みたいな友達の前じゃ、ちゃんと線を引いた態度だけど、二人だけになるとベタベタなんだって。
――なんだい、羨ましそうな顔をして。人狼ゲームだったら、真っ先につるし上げられそうだぞ、その表情。
時は兄が中学校にあがったばかりで、妹が小学校高学年にさしかかった頃にさかのぼる。
二人の下校時間には大きな差が出始めた。部活を始めた兄の帰宅時間が著しく遅くなったんだ。
妹とはまだ部屋が兼用だったと聞くけど、室内を横断するようにカーテンレールで仕切ってあって、隔てられた各々の空間で過ごしていたんだって。
妹は兄の服を借りることが多かった。帰ってくると、兄のダボダボシャツとかヨレヨレジーンズとかを身に着けていることが、昔からよくあったらしい。しかも、外に出かけていく始末。
兄が中学校に上がると、学ランをねだり始めて、どうしてそんなに自分の服を着たがるのか、疑問をぶつけると、こんな答えが返ってきた。
「みんなで、自分のお兄ちゃんの服を借りて、お兄ちゃん自慢をしているの!」
なりきり大会みたいなものか、と彼は理解したらしい。どうせ、汚れても洗ったりクリーニングをするのは親。軽い気持ちで貸し出したって。
それから一ヶ月の間、家の近所の公園で時々、妹が遊んでいる姿を見た。学ランを肩に引っかけて、腕を組みつつ胸を張る、番長みたいなポーズをしていたらしい。
一緒にいる友達も、妹のようにダボダボな服を着ていて、スポーツらしい動きをしていたけれど、もつれあってのレスリングや、乗馬の馬の真似をしている子もいる。両腕をバタバタせわしなく動かす、鳥が羽ばたくような仕草も見受けられた。
お兄ちゃん自慢とやらも大変だな、と遠目に見ながら、通り過ぎて行ったって。
それから何日か経って。
兄が帰ってみると、妹の姿がなかった。また遊びに出かけてるのかな、とぼんやり考えつつ、部活の疲れも手伝って、ベッドでうとうとしていた時。
ドタドタと足音がしたかと思うと、予備の学ランをまとった妹が、血相を変えて部屋に飛び込んできた。「うるさいなあ」と寝ぼけまなこな兄に、妹が詰め寄ってきたんだって。
開口一番。「お兄ちゃん、カズキ君の写真ちょうだい」と。
カズキ君は、兄妹の知り合いの中でも、一番イケメンな兄の友達。
「なんだ、お前。惚れたんか」
「そんなんじゃないし」
「何があったんよ」
「ほら、お兄ちゃん自慢したじゃん」
「うん」
「それでちょっと、お兄ちゃんのこと盛り過ぎちゃってさ」
「もしや」
「写真見せろって」
「……スマン」
「……ゴメン」
写真を渡して、偽装の兄工作を仕立てる兄妹。「今度、お菓子あげるね」と飛び出していく妹。姿見をのぞいて、大きくため息をつく兄。
この時ほど、自分の容姿を恨めしく思ったことはなかったって。
そして、翌日。
カズキ君が学校を休んだ。今まで遅刻欠席は一回もなかったのに。
それから何日も何日も休み続けたカズキ君は、とうとう転校しちゃったんだって。
兄は寂しがったけど、妹にそんな素振りはなかった。
満面の笑みを浮かべながら兄に抱きついて一言。
「お兄ちゃんを守れて、良かったよ」
それから兄たる友達は、妹がやることなすことに、鳥肌が立つようになってしまったんだとか。