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ドールマスター・ファッションショー

 わ〜、このお店、初代リカちゃん人形を売っているわよ。おままごとでリカちゃん人形はよく使ったけれど、初代の実物は初めて見るわ。

 つぶらやくんの周りに、人形遊びをする子はいなかったの? はは〜ん、おままごとなんて付き合っていられるかの風潮が蔓延していたのね。あの頃から、何かと男女間で線を引きたがる人がいる気がするわ。

 小さい時なら微笑ましく見守ってもらえることも多いけど、今やったら、セクハラ、性差別で訴えられる。ホント、年はとりたくないものね。

 だけど線引きしないならしないで、これもセクハラの対象になりかねない。三次元で受け入れてもらえない趣味だから、匿名で二次元に飛び込む人の気持ちも、分かる気がするわ。

 どんな趣味だって、命がこもっている。人形も並々ならぬ想いの受け皿として、存在してきたもの。丁重に扱わないでヤケドした話、つぶらやくんもよく知っているんじゃない?

 珍しいものを見られて、私は気分がいいし、少し話をしましょうかね。


 人形に衣服を着せる遊びは、日本だと江戸時代初期に、もう原型があったらしいわ。ひな人形、五月人形など、人形を必要とする行事が多くて、人形の格好を整える技については、成熟している時期だったと見られている。

 明治時代に入ると、人形と着物一式がセットになった商品の販売もあったりして、人気を誇ったそうよ。

 庶民の手に取られて、数百年の時間を経た代物。そして、他人と一線を画す存在でありたいという欲求。

 この二つが交われば、アマチュアアーティストが増えるのも、無理からぬことでしょう。


 私のおばさんが学生だった頃、例のリカちゃん人形が、着せ替え人形の帝王に君臨していたらしいの。小さい子たちはこぞって買ったし、大人たちも趣味から研究まで、幅広い用途で購入をしたみたいね。

 おばさんの友達の一人も、大量にリカちゃん人形を買ったそうよ。その子は手芸部の所属で、実家も被服関係の仕事に就いていたみたい。人形サイズの衣装というものを勉強したかったと話していたんですって。いつの間にか手芸部の活動も、人形衣装研究が中心になっていたと聞くわ。

 友達は手先が器用らしくてね。一カ月が経つ頃には、十二単を身にまとったリカちゃん人形を自作していたわ。


 そこまで来ると、ブームに乗ってね。文化祭の手芸部の出し物は、リカちゃん人形の衣装発表になったわ。

 正攻法なものから、搦め手まで。多種多様の服を着させられるリカちゃん人形。人気投票が行われたりして、人形好きな人たちの興味がむんむん湧くほどのクオリティだったらしいの。

 そして、各投票のうち、インパクトがあったのは「ロボットスーツ」リカちゃん。

 宇宙飛行士みたいな服なんだけど、胸部や両腕の袖に、ランプやパソコンのキーボードをあしらったようなデザイン。映画からインスピレーションを得たと話していたそうよ。

 多数の要望を受けて、とうとう手芸部は人形の枠を超えて、人間大のロボットスーツの開発に着手したそうよ。当然、コスチュームとしてね。


 手芸部の先生がコスプレ好きという背景も手伝って、ロボットスーツの作成は順調。希望者に向けて、何着も用意されたみたい。

 幸いにも、文化祭での人気で、付近住民のつかみはばっちり。おばさんのいた界隈では、その年、ロボットスーツを身につける人の姿がチラホラ見られたみたい。

 中には胸部や両袖につけたキーボードを、ポチポチ押してみる人もいた。ほじって台無しにしてしまうこともあったけれど、手芸部に申し出れば、修理をしてくれたらしいわ。

 数ヶ月経つと、人気も落ち着いてきて、元通りリカちゃん人形で遊び始める人が増えたみたいだけど。


 その日、おばさんはふと一人になりたくて、屋上でお弁当を食べていたらしいわ。今までの経験上、昼休みに一人でいられる場所って、屋上かトイレの二択しかなくて、便所飯を避けた結果がこれらしいわね。

 空は雲一つないくらいの快晴。久しぶりの昼寝日和に、おばさんが一つ大あくびをした時。

 背後にある、屋上と四階をつなぐ階段から、足音。それも大勢。

 数人程度なら、すれ違って屋上を脱出しようと考えていたおばさんだけど、異様な気配を感じて、身を隠さないと、と思ったらしいわ。選ばれたのはいくつかある貯水槽の影。


 足音たちが屋上に到達した気配。おばさんがそうっと覗いてみると、ロボットスーツに身を包んだ集団がいた。それだけでなく、頭部もフルフェイスのヘルメットで隠されていたんだって。まるっきり、宇宙飛行士みたいだったとおばさんは話していたわ。

 彼らは一斉に、腕時計を見るような動作で、右腕の袖につけているキーボードをいじり始めたわ。彼らが指を動かすたびに、本来、ハリボテのはずのキーボードから、機械音が鳴ったみたい。


「定時連絡、終了」


 全員がきっと空を見上げた。おばさんも釣られて見てみたけれど、先ほどと同じ、飛行機雲すらない青空が広がっているばかり。


「たいしたカモフラージュだな。これを作ってくれたものたちに感謝しなくては」


 そうつぶやいて、彼らは階段を降りていく。その間、おばさんは心臓が破裂しそうなくらいバクバクいっていたらしいわ。

 少し時間を空けて下の階に降りたけど、みんなは変わらず休み時間を過ごしていた。

 あの格好の連中を見て、誰も何とも思わなかったのか。そもそも、あいつらはどこに消えたのか。

 謎を残したまま、授業は終わった。ただその晩、時期外れの流星群が、一時間近くかけて観測された、という話よ。

 



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