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時間の集い (SF/★★)

 お疲れ、つぶらや君。

 試合には負けちゃったけど、あなたのカバーのおかげで、ここまで食らいつくことができたわ。また明日から練習しましょうね。

 試合時間が限られているスポーツって、独特のスリルがあると思わない? 速攻をかけるのもよし。持久戦で機会を待つのもよし。

 限られた時空の中で繰り広げられる、数々の駆け引き。私は燃えて仕方ないわ。

 その分、純粋な勝ち負けについては、残酷で正直とでも言うべきかしら。

 野球みたいに延々と攻撃を続けて、サヨナラ勝ちするっていうドラマは起こらない。積み上げられた時間の壁を、敗者は越えることができない。

 でも、勝負を捨てない姿を、観ている人は称賛する。

 一矢を報いる。せめて一太刀。この考えも、日本人特有の判官びいきや、明日も命が続いていくという人生観が、絶妙に合わさった、現代の「武士道」なのかもしれないわね。

 

 だけど、時間って、どこからきて、どこへいくのかしら。

 私たちは手前勝手に計ったり、区切ったり、記録したりして使っているけど、何も文句を言ってこないじゃない。生きているのかしら。

 あら、目の色が変わり出したわね。スイッチ入っちゃった?

 時間による考察は、昔からいろいろ成されてきたわね。物書きのあなたならいくつも知っていると思うけど、この話はどう?


 時間を表す道具として、有名な時計。古来より日時計を始めとして、様々な時計が考案されて、時を刻んできた。

 そして、タイマー代わりとして、中世から使われ始めたのが砂時計。航海の時の、船の速力や戦闘時間の計測に役立てられたとの話よ。

 日本に伝わってきたのは江戸時代。江戸幕府初代将軍、徳川家康の覚書の中に、初めて名前が出てくるそうよ。

 その後、じょじょに好事家たちの間で流行しだして、庶民にも存在が知られるようになってきた。

 やがて、時間について研究している一人の学者が、砂時計に目をつけたの。


 彼は小さい頃から、なぜ日が昇って、暮れていくのか疑問を持っていたというわ。

 日が西から昇って、東に沈む日だって、あっていいはずだ、とも考えていたみたい。いつまでも昼間、いつまでも夜という日が、どうしてやってこないのか、とも。

 色々なことを学び、少しずつ彼は時間の概念に興味を持ち始めたわ。

 時間は目に見え、手で触れられるものではないのに、確かに存在している。逆戻りをせず、またどのような暮らしを送ったとしても、平等に容赦なく過ぎていき、誰も抱きしめることはできない。

 だが、時間を抱きしめることは、本当にできないのか。そう考えた彼は、ある実験をしてみることにしたのよ。


 つぶらや君。人間が生きていく上で、最も大切かつ、最も動きが少ない時間は、いつ? 

 そうね、睡眠時間。

 彼は睡眠時間をもったいないと思ったの。徹夜を続けても、体はどこかで眠りを欲してしまう。眠りによって失われている利益を、享受できるようにする、というのが彼の目的だった。

 そして、彼は実験を始めたわ。睡眠という無駄な時間を、蓄える実験。

 やり方は単純。実験に協力してくれる人に砂時計を配る。そして眠る直前に砂時計をひっくり返し、計測を始めてもらう。

 起きた時に砂時計の上部に砂が残っていても、いなくても、そのままの状態を保つ。砂時計をひっくり返すのは、眠る直前だけ。

 これを規定の日数の間、繰り返してもらい、砂時計を回収。全ての砂時計の砂を、一つの巨大な砂時計の中に突っこむ。

「無駄な時間」を積み重ねた砂たちは、その身に時間を貯めこんでいる。巨大な砂時計をひっくり返して、全ての砂が落ちるまでの間、起きた出来事を記録し、保存をするというのが、彼の計画だったみたい。


 時間の集合実験。その珍しさに惹かれて、多くの家庭が協力してくれたわ。

 その世帯数は万単位にも及んだけれど、彼もこの実験のために地道に貯めた財がある。それを大いに吐き出して、実験の準備に取り掛かったわ。


 彼が指定した期間は百日。これは神社などのお百度参りに、ならってのことだったみたいね。

 協力要請から、三ヶ月あまり。各家庭から、続々と使命を果たした砂時計たちが届いたわ。彼はそこにおさめられた砂たちを、特製の巨大砂時計の中に入れていく。

 場所は、人里離れた山の中が選ばれていたわ。何が起こるか分からない実験に、町の人たちを巻き込むわけにはいかないからね。

 近くには観測用の小屋が一つ。川も流れているから、水の確保も問題なし。

 そして、砂時計をひっくり返したら、彼は毎日ここに通い、観察と記録を行う。


 これは世の中にある、不思議な実験の一つとして名を残すことになる、かも知れなかったわ。

 実験はできなかった。なぜなら近くの山が噴火してしまったのだから。

 歴史に残る、浅間山の大噴火ね。

 彼を含めて多くの人が、この地から逃げ出さねばならなかった。無駄な時間を貯めこんだ、砂時計もそのままに。


 月日は流れて。

 昭和時代になってからも噴火跡の発掘作業が続けられ、新しく二つの白骨死体が見つかったわ。

 二百年近い時間の中で、ほとんど白骨化していたその遺体だけど、衣類や、頭髪、皮膚の一部がわずかばかり残っていたそうよ。

 まるでそこの部分だけ、時の流れに取り残されてしまったような形でね。



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