目覚めよ 手乗りドラゴン空冷機
「拝啓。つぶらやこーら様。我が家のエアコンが死にました。敬具」
て、うわー! いきなり叩かんでくださいまし!
報告、報告です! 我が家の空冷機は、今や絶滅の危機に瀕しているのであります! 文章の体裁がどうだのと、熱く議論をしている場合ではないのであります! これ以上熱したら、我々は焼肉になるより他、ないのです!
そろそろ口調を元に戻せ? はっ、氷を2,3個、口に含めば何とかなると思います。サー!
ふへへ、落ち着いた。
この唇にくっつかんばかりの、元気の良さ。暑い夏には、ありがたいものだね。
どうする、こーちゃん。エアコンが復活するまでのつなぎ、扇風機でいい?
うちわと天然の風で十分? うわ、倹約を通り越して、貧乏くさっ! ただでさえ、シャワーを、一日に四回も五回も浴びかねない身体なんだし、ちょっとはお金かけてもいいんじゃない?
あ〜、でも、買うんだったらまともなデザインの奴にしてよ。こーちゃん、センスが壊滅してそうだし。
奇抜デザインで何が悪い? いやね、過去におかしな事態に陥ったことがあったんだよ、話しよっか?
こーちゃんも知っていると思うけど、ウチのねーちゃん、旅好き人間なんだ。全国、津々浦々はもちろんのこと、海外にまで飛び出して、各地のヘンテコ土産を買ってくるんだから、趣味に関してはこーちゃんの同類かもね。
ある年、ヨーロッパの各地を巡っていたというねーちゃんは、1つのお土産を持ち帰ってきた。「手乗りドラゴン空冷機」だ。
文字通り、見た目は手に乗るサイズの、羽を広げたドラゴンの姿。尻尾の付け根には穴が設けられていて、砕いた氷を入れるらしい。そして全身を覆う鱗デザインのうち、背中の中央部にある逆鱗がスイッチ。すると、盛大に開いた口から冷風が出てくるというもの。
「現地の人の話じゃ、この手乗りドラゴン、実は生きているんだって。冷風を出しながら、復活の時を待っているの。いいじゃん。面白いじゃん。ドラゴン復活の目撃者になれるかも!?」
ねーちゃんはすごい興奮していたけど、僕としては「また妙なものをつかまされたよ」という気持ちでいっぱい。でも、出てくる風は涼しいし、コンパクトエアコンとして使えるなら上々といったところ。
暑い日には、テーブルの上に置いて、ねーちゃんと一緒に涼んでいたよ。
その年は、ここ数十年で一番の猛暑だった。毎日、熱中症で倒れる人が、ニュースで報道されたのを、覚えているよ。
暑さのためか、我が家のエアコンや大型扇風機は次々に戦線離脱。自然の風もなかなか吹かず、うちわやハンディ扇風機が酷使される。我が家の「手乗りドラゴン空冷機」も。
ここに来て、ますます威力が上がったみたいで、冷却スプレー並みの冷たさ。至近距離では凍傷になりかねないから、カーテンレールの上に乗せて、部屋全体を冷やしてもらっていた。
ねーちゃんなぞは「復活! 復活!」と空冷機の真下で、毎日、盆踊りを始める始末。空気じゃなくて、頭冷やせよ。
ねーちゃんがドラゴンの巫女になっている間、僕なりに「手乗りドラゴン空冷機」を観察してみた。もし、ねーちゃんの言っている通りだったら、この手乗りドラゴンは、内側から戒めたる金属ボディを破って、本体が出てくるものだと思っていたけれど、そんな気配はない。
元々、温度調節機能はついていないから、意図的に温度を下げるのは不可能。勝手に出力が上がるのは、故障か。それとも……。
9月に入ってからも、暑さは続き、「手乗りドラゴン空冷機」のブレスも、レールに霜がおりるくらい強力になっていた。
さすがに家族も、これ以上の威力は危険と判断。暑さが去ったら、早急にしまうことを姉に約束させた。今すぐ、とならなかったのも、空冷機の発揮した力が、家族を大いに助けていた、実績があったからだろうね。
でもその空冷機とのお別れの時がやってきた。
その日はねーちゃんが疲れ果てて、早く床に入った。それで僕が空冷機の手入れをすることになったんだ。とはいっても、尻尾の根元にある穴を軽く水洗いして、乾かすだけなんだけどね。
でも、今日は穴に氷が詰まっていた。ピンセットでどうにかつまめるかという微妙な出方で、いくら引っ張っても出てこない。仕方ないから、僕は無理やり中へと押し込んだんだ。
ずるっと、氷のかけらが潜り込むと、大きいげっぷのような音がした。そして、大きく開いた龍の口から、ドライアイスが融ける時に出るような、白いもやが漏れ出してきたんだ。
直接、触れていないにも関わらず、身震いするほどの冷たさを帯びたもやは、やがて手乗りドラゴン空冷機と、同じような姿をとると、窓の隙間からするりと抜けていってしまったんだ。
翌日から、空冷機はまったく動かなくなっちゃった。ねーちゃんはぎゃんぎゃん怒ったけれど、名誉の戦死ということ処理された。
その日を境に、気温はどんどん下がり始めてさ、体調を崩す人が増えたんだ。ねーちゃんもその一人。
一日寝て直ったんだけど、それからのねーちゃんは、何をとち狂ったのか、時々、訳の分からないことを言ったり、僕の目の前で服を脱ぎ始めたり、大変なんだ。
けど、その症状に僕は覚えがあった。たまたま保健の時間でならったんだよ。温度計を用意した僕は、ねーちゃんの温度を測って驚いたよ。
ねーちゃんの体温は32度を下回っていた。中度の低体温症。手も氷のように冷たかった。
それから病院に行って事なきを得たけれど、どうして都会で体温が下がったか、お医者さんには判断できなかった。
体調が戻った今でも、ねーちゃんの手や身体は、氷を思わせるくらい冷たいよ。
まるで死人みたいにね。