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歌くずし

 つぶらやは、学校の校歌って覚えているか?

 俺の場合は、小中学校のものは覚えていて、高校、大学の校歌は覚えていないな。俺の学校がマイノリティーだったのかもしれないが、めったに校歌を歌わなくてな。歌詞もメロディもあやふやなまま、卒業しちまった。

 だが、それはそれで幸せかもしれん。なまじ覚えていたりすると、ふとした拍子に口ずさんだり、鼻歌を歌ったりする可能性がある。

 昔に何かあったのか? あったから話してるんですよ、つぶらやさん。

 歌に関する注意事項だ。知っておいて損はないと思うぜ。

 

 ハッキリ言おう。俺は音痴だ。

 合唱コンクールの練習なんか、一人で音程を外すなんてしょっちゅうだった。みんなに「真面目にやれ」と言われる常連。

 でも、俺は心のどこかで、嬉しいと感じていた。容姿、成績、運動神経。どれもパッとしない俺にとって、みんなに構ってもらえる、数少ないチャンスだったからだ。

 音程を外して注意をされる。マイナス方向とはいえ、俺に関心を持ってくれたことに変わりはないだろう。

 大したかまってちゃんだな? おいおい、さみしがり屋と言ってくれよ。

 だが、自分の事ばかりを考えていたら、やばいことになるんだと、俺は身を持って思い知ったね。


 その日は、晴れにも関わらず、雨が降っていた。

 天気雨。またの名を、キツネの嫁入り。

 雨が体育館の屋根を叩く中、朝礼が進み、最後の校歌斉唱にさしかかった。

 つぶらやが言うように、その頃の俺は、かまってちゃんだという認識が、校内に広がっていたんだと思う。ちょっとやそっとのことじゃ、流されてしまっていた。

 だから俺は校歌を、盛大に外して歌ってやったんだ。とはいえ、全校生徒の声がある。どうせ、打ち消されて終わりだろうと、最初は思っていたんだ。


 ところが一発目で、いきなり俺のそばの先生が頭をはたいてきた。注意、警告もなしで、いきなりだぜ。元の音程で歌うように諭されたんだが、歌うのを中断されたうえに、普段から目立とうとヘンテコな歌い方をしていた俺は、本来の音程で歌うことができなくなっていた。

 直そうとしても、調子っぱずれの声ばかり出して、とうとう先生に体育館の隅に連行される始末。構って欲しいが、目立ちたくないという難儀な性格の俺にとっては、拷問のようなひとときだったよ。


 それから俺は教室で授業を受け始めたんだが、一コマ目の終わりごろに、違和感に気づいた。

 いつもより授業が終わるのが、五分早い。つぶらやも、学生時代は授業が何時何分に終わるか、予め調べていなかったか? その規定の時間より五分ばかし早かったんだ。

 最初はラッキーだと思っていたんだが、二コマ目、三コマ目も五分早く終わる。当然、授業時間は短くなり、五分ずれが十分、十五分のずれとなる。

 休み時間も、掃除の時間も、すべてが五分押し。気づいたら、いつもより一時間も早く、下校することになっちまった。しかも、それを咎めようとする者が、生徒からも先生からも、誰一人出てこなかったんだ。

 何が起こっているのか。俺はわけがわからないまま、平然としている友達に質問できる雰囲気ではなく、帰宅した。


 家に帰って、何気なくテレビ欄を見た俺は、愕然とする。

 いつも午後七時に見ていたアニメが、午後五時になっていた。

 それだけじゃない。他の番組も二時間ずつ前にずれていた。今朝見た時のテレビ欄は、確かに通常の時間だったのに。

 夕飯も午後四時には食べる。給食が早かったおかげで何とか食べれたが、いつも六時に食べているから変な感じだ。「外が明るいのに、晩御飯とはこれいかに」って、謎かけができそうだったぜ。

 そして、八時には無理やり布団に入れさせられた。さすがに全然寝付けなくて、うだうだしていた俺の頭に、恐ろしい想像がよぎった。

 一体、何時に起こされるのだろうか、と。


 俺が親に起こされた時、時間は午前二時の真夜中だった。

 まさか、と思った俺は親に抗議したけど、「学校に遅れるわよ」と親が窓越しに家の外を指さした。

 ランドセルを背負った児童。通学かばんを持った同級生。彼らが明かり一つない夜道を、黙々と歩いていた。

 あわただしく外に放り出された俺は、みんなにならって学校に向かう。学校のチャイムはいつもの聞き慣れたものではなく、機械が壊れたように調子っぱずれだった。


 真夜中の校舎に、生徒がひしめく。相変わらず、明かりをつけることなく、だ。

 人がいっぱいいれば、怖くないと思うだろ。どっこい、この闇になかなか目が慣れなくてな。自分の机に座るまでの間、俺はあっちでごちん、こっちでごちん、アリさんみたいに頭をぶつけまくったよ。

 ホームルームが進んでいく。暗くてみんなの顔も先生の顔もろくに見えない中、声だけが淡々と響いてくる。この何事もないかのような空気、とてつもなく居心地が悪かった。


 続いて音楽の授業だったんだが、音楽室に移動しない。音楽の先生が教室にやってきた。暗くて影しか見えないが、声は確かに音楽の先生のものだ。

 そして、いきなり校歌を歌うことになる。半ばやけくそになっていた俺は、昨日の体育館の時のように、思い切り調子っぱずれの声を出した。先生が、ダンと足を踏み鳴らして、歌を止める。

 ところが、俺は一切お咎めを受けず、他の生徒が注意を受けた。それ以降も、少し歌ってはダン。少し歌ってはダン。の繰り返し。そして、俺は一向に注意を受けない。まるで、俺の歌い方こそが正しいかのように。

 やがて先生が大きく舌打ちをすると、


「ラチがあかん。お前、手本として歌え」


 そう言われて、俺はみんなの前に引きずり出された。

 さっきも言ったが、俺は構ってほしくても、目立ちたくない。カチコチに緊張したね。

 もうどうでもいい。突撃だ、と思って歌おうとした時。真っ黒いみんなの顔の真ん中で、白い何かが光った。

 それは歯。抜けるように白い歯だった。本来、闇の前では、その白さなど溶け込んでしまうものなのに、爛々と輝いていたんだ。

 クラスメイトは、一人残らず笑っていた。まるで、俺の歌をあざけるように。そして、さっさと歌えよと促すように。

 このまま歌ったらまずい、と俺は思った。そして、とっさに自分にできる限りのコントロールで、本来の音階の校歌を歌い出したんだ。


 たちまち、先生のダン、が響いたが、俺は構わなかった。そのまま一番を歌いあげて、二番に入ろうかという時。

 一斉に教室中の生徒が、歯を輝かせながら俺に迫ってきた。教壇の前に立っていた俺は、たちまち押し倒されて、一人に馬乗りされる。

 分かった。こいつらは、俺にあの調子っぱずれの音を歌わせ続けたいんだ。力に訴えてでも。

 だが、それは最終的にここの先生に従うということ。闇の中で影しか見えない先生らしき存在を受け入れるということ。ならば、この状況を脱するには、逆に突っ走るしかない。

 俺は顔面に何度もパンチを入れられながら、正しい音階を目指して歌い続けたが、一発があんと殴られると、目の前が真っ暗になっちまったよ。


 気づくと、俺は明るい保健室に寝かされていた。

 そばにいた保健の先生に聞くと、俺は校歌斉唱の歌い出しと同時に倒れて意識を失い、保健室に運ばれたらしい。

 あれは夢だったのか、と思った俺の口の中に鋭い痛みが走る。

 指を突っこんでみると、血がついていた。口の内部が切れていたんだ。


 以来、俺はわざとミスして、構ってもらおうとすることはやめたよ。

 没個性と言われようが、思わぬ奴らの手本に、なりたくはないからな。



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