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超3D映画

 先輩、先輩、先週封切した映画、見に行きました?

 やっぱりですか〜! さすが先輩、研究に余念がありませんね!

 シナリオはありきたりでしたけど、演出技術に関しては、ここ最近の映画じゃトップクラスじゃないですか、あれ? いやはや、まさかCGを多用せずに、あんな作品が作れるなんて、まだまだ捨てたもんじゃないですよ。

 そういえば、あの映画、3Dでも公開されてましたね。先輩、どちらで見ましたか?

 2Dの方ですか。僕も2Dですよ。

 最近、パソコンと向き合う時間が長いせいか、目が疲れちゃって。娯楽くらい、だらーんと目をリラックスさせたいですね。まあ、暗い劇場で明るい画面を見るから、本当にリラックス効果があるかは微妙ですけど。

 他にも、昔に聞いた話が原因で、3Dを見るのが少し怖いんですよね、僕。

 どんな話だったかって? いいですよ、話しましょうか。


 立体映画の研究は、20世紀半ばで黄金時代を迎えたそうです。21世紀ではデジタルによる立体映画が公開されるようになって、知名度も上がっています。すでに各家庭にテレビがある時代。映画も映画で自分たちの縄張りを確保しようと、必死なんでしょうね。

 そして立体映画と言えば、つきものなのが偏光板のメガネ。俗に言う「3Dメガネ」です。雑誌の付録とかにもついてきませんでしたか? 左と右で違う色をしたメガネ。

 僕なんか、相当ビビりなんで、3Dメガネで見る映画で、こちらに向かって、何かが迫って来るようなシーンに出くわすと、思わずメガネを外しちゃうんですけどね。

 そんな迫りくる映像を存分に味わった、おばさんの話です。


 何回目かになる、日本の3D映画ブームが訪れた時、おばさんは大学生でした。アルバイトでお金を稼ぎ、友達と遊んだり、映画を見たりと、割と好きなことをして生きていたようですね。

 しかし、少々遊び過ぎて、複数の科目で、単位を取るための追試を受けることになります。ちょうどその時期は、新作3D映画が、次々に公開される時期で、真っ先に映画に飛びつけなかったことが、残念だったと話していました。

 追試から解放される頃には、すでに映画の話で持ちきりです。いつもならネタバレを恐れて、評判には耳を貸さずに映画館に飛び込むのですが、今月は急な出費もあって、財布は思ったより軽い状態。地雷作品に当たったら、目も当てられません。

 コスパを優先したおばさんは、友達にネタバレしない範囲でおすすめの映画を尋ねることにしました。

 情報を集める中で、おばさんの耳に一つの映画のウワサが飛び込んできます。


 それは怪獣をメインにした、特撮3D映画でした。「超3D、誕生」とでかでかと広告がうってあります。

 宣伝によるストーリーラインは、宇宙から侵略してきた大怪獣軍団を相手に、窮地に立たされた地球防衛軍が、過去に封印した、地球最大の怪獣を自らの手で解放し、カウンターとして立ち向かわせる怪獣大決戦。「どちらが勝っても、地球は滅亡!?」がキャッチコピーです。

 映画を観た友達の話によると、シナリオのクライマックスで、地球防衛軍の一員が、3Dメガネをつけるように促す、メタセリフを言うらしいのです。それに従うと「超3D」のゆえんが分かるのだとか。

 更に詳しく話そうとする友達を止めて、おばさんは映画館に向けて駆け出します。今日最後の公演が、もう間近に迫っていたからです。


 開演のベルに滑り込んだおばさんは、渡された3Dメガネを額に引っ掛けて、席でポップコーンを頬張ります。

 おおよそ、聞いていたストーリーの通りでした。目にする俳優さんは、ちょこちょこ有名どころが見られましたが、聞いたことのない人の方が多かったようです。

 しかし、前半部分の宇宙大怪獣の大暴れ。知恵を駆使した防衛網を、力で根こそぎする演出には、おばさんも「お約束の絶望感」が漂っていたと話していました。

 そして、防衛軍の当初の本部は壊滅。辺境へと追いやられます。かの地球大怪獣が眠っている場所へ。

 残り少ない戦力。これで迎撃しても、羽虫を潰すように殲滅されるだけ。

 ならば、と彼らははるか昔に氷漬けにされた大怪獣目がけて、ミサイルを乱射。迫りくる宇宙怪獣の前で、戒めを解かれた地球怪獣が、起こしてくれた防衛軍を蹴散らしつつ、雄たけびをあげます。

 いよいよ始まる決戦。ここで、先ほど蹴散らされた防衛軍の戦車の中から、這い出す隊員のカット。


「みんな、ここからは誰も見たことのない戦いになる。肉眼では味わいきれない次元のものなんだ。ぜひ、3Dメガネをかけて、見届けてくれ! そうすれば『超3D』の意味も分かるだろう!」


 こてこてのメタセリフ。前もって聞いていたおばさんは、3Dメガネをかけました。

 カメラ目線の地球怪獣が、ずんずんとおばさんに向かってきたかと思うと、右腕を振りかぶります。

 当たる、と感じたおばさんは、立体映像にも関わらず、反射的に身体を横にずらしてかわしました。怪獣の拳がスクリーンをでかでかと埋め尽くします。

 するとどうでしょう。あちらこちらで、驚きの悲鳴があがりました。3Dメガネ越しという悪い視界でも、隣の人が胸を抑えながら、やや前かがみになっているのが、ぼんやりとわかりました。

 隣の人はつぶやきます。


「超3Dって、こういうことかよ! ホントに殴ってきやがった!」


 おばさんは、その言葉にびっくりし、画面に向き直ります。

 今度は尻尾の一打ち。座席から滑り落ちる直前まで、上体を落とすことで、なんとかかわしました。そして、場内からはまた弾むような悲鳴。

 間違いない。怪獣たちはスクリーンという枠を超えて、観客に攻撃してきたのです。

 しかし、観客たちは映画にのめり込んでいたためか、文句を言うよりも、怪獣たちの攻撃をかわすことに夢中になる者が大半だった。かくいうおばさんも、観客の行動を引き出す映画という斬新さに、胸が躍ったと話していましたよ。


 怪獣たちの壮絶な殴り合いが続き、観客もそれを夢中でかわす。最後のシーンで怪獣二体がダブルノックアウトして、エンドロールという投げっぱなしエンド。

 なるほど、映画としてはいまいちだが、楽しいひとときだった。おばさんは、一発ももらうことがなかったので、衝撃がどれほどかわからなかったけれど、場内が暗いうちから席を立つお客さんの会話を聞くに、全ての攻撃を避けたのは自分だけらしい。

 心の中を優越感が満たし始め、メガネを取ろうとした時、


「――いいだろう。お前も合格だ。次に迎えに行くまでに、更に腕を磨くがいい」


 しゃがれた、老人の声がしました。

 ぱっとメガネを取った、目線の先。すぐ前の席の背もたれの上に、猿らしき生き物がちょこんと乗っていたとのこと。

 暗くて影しか見えないけれど、だらりと垂らした腕は、そいつの胴よりも長い、アンバランスな体型だったのは覚えていたそうです。周りの人は、その声が聞こえていないらしかった。

 おばさんが「あっ」と短く悲鳴をあげた時には、そいつは天井に向かって大きくジャンプ。二度と降りてこなかったらしいです。

 

 後で友達にそれとなく、聞いてみると、その奇妙な生き物にあったという声は聴きましたが、結局は信じない派が多数で、客寄せの噂の一部に収まっちゃったみたいですね。何かしらの圧力があったのかもしれません。

 おばさんは今でも映画好きですが、メガネをかける3D映画だけは、視聴を遠慮しているみたいですよ。


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