秘密の眼鏡鑑賞
ねえねえ、つぶらやくん、この眼鏡かけてみてよ。
あっはっは、変な顔〜。
いや、ごめんごめん、最近眼鏡をかけてない人に眼鏡をかけさせるのが流行っていてさ。普段と違う顔になってみよう作戦って奴? ――って、こら! 僕の眼鏡を取るな! さっそく仕返しかよ!
眼鏡を取ったら、ますます変な顔になった?
くそ〜、先に口を出した手前、反論できない!
マンガみたいに、ビン底眼鏡を外したら、美少年や美少女が出てくるなんて、あり得るわけないだろ! というか、マジで眼鏡返して。こけそう。
面白い話をしたら返してやる?
いやいや、物質をとって、その要求するのは、どうなのよ? 友達無くすぞ? まあ、今回は先にしかけた僕に落ち度があるけど……。
うーん、じゃあ眼鏡にちなんだ話をしようかな。
眼鏡が日本に伝わったのは、宣教師フランシスコ・ザビエルが献上したのがきっかけだと言われている。
当初は手で持つ「虫眼鏡」に似た構造で、現在、よく見られる耳かけタイプになるのは、18世紀以降の話らしいね。レンズを目の前で固定するために、フレームが研究された。
時を経るごとに、レンズもフレームも改良されて、ファッション要素も取り入れられるようになってきた。眼鏡を作ることそのものに、ある種の余裕ができたんだろうね。
その余裕にファッション以外をぶち込むと、どうなるのか。その一つの結果が、これだと言えるかも。
いとこが中学生くらいの時、友達と旅行に出かけたんだ。電車に乗って、行き先を決めずにブラブラする、二人旅だったんだって。青春18きっぷを買って、気の向くままにさまよう。学生じゃないと、なかなかこんな機会に恵まれない。
友達は眼鏡をかけていた。いつもかけているセルフレームの眼鏡ではなく、ぶっといフレームの眼鏡。そのフレームは玉虫色をしていて、角度によって模様が変わって見える、手が込んだものだったらしいよ。
しかもすごいのが、日替わりで同じ形をした、別の眼鏡をかけるということ。五日間の旅行だったから、合計五つの眼鏡を、友達は持ち歩いていたんだ。
「どうして、こんなに手間がかかることを」といとこは尋ねたけれど、「今日の旅行の思い出を、日ごとに刻み込むため」と友達は答えたらしい。ロマンチックだが、少々くさいセリフだな、といとこは思ったんだって。
旅行からしばらく経ったころ。
いとこは近所で、たまたま友達とバッタリ会った。
友達には連れ添いがいる。白杖をついた、小さい男の子だ。もしかして、前に聞いた目の悪い弟さんのことか、といとこは思ったみたい。
「こんにちは」といとこがあいさつをすると、弟さんらしき人が答えて、頭を下げた。
「その声……兄のお友達の方ですね。兄がお世話になっています」
いとこは首を傾げる。弟さんとは初対面で、声を聞く機会などなかったはず。
録音した声を聞かせたのかと思って、友達の顔を見ると、友達は話し出した。
弟は確かに普段は目が見えない。けれども、眼鏡をかけることで、そのレンズが映してきたものを、見ることができるんだ、と。
いとこは最初、まゆつばものだと思ったみたい。けれども、旅行の様子を次々に言い当てていき、極めつけに夜中にいとこが起き出して、自分用に買っていたお菓子を食べていたことまで話した時には、信じざるを得なくなった。
この時、友達は熟睡していて、眼鏡を枕元に置いていたんだ。
レンズ越しでなければ、知り得ない情報に、とうとういとこは認めざるを得なくなったんだって。
この不思議な現象は、数年前、弟が誤って階段を踏み外して、頭を怪我した時から起こり続けているらしい。弟が最初に打ち明けたのは、兄である友達で、両親にも話したけれど、冗談を言っていると思われて、笑い飛ばされたんだって。
正直、分かってもらえない悔しさがあったけれど、あまりしつこく食い下がると、頭の怪我の後遺症と思われて、また病院に行かされるかもしれない。そうして友達と弟は、二人の秘密にしていたらしい。そして、その日、いとこが事情を知る三人目となったんだ。
このことは、口外無用ということになった。下手に話せば、話した当人の頭が疑われかねないからだ。弟は兄からの眼鏡の映像を、新しい生活の糧にして、楽しんでいると話していて、友達もいとこも安心したみたい。
それ以降、友達が頻繁に眼鏡を替えるのを見て、この景色を弟さんはどんな気持ちで見ているのかな、といとこは、日々、想像に胸を膨らませていたみたい。
ところが、ある事件が起きる。
障害者学校に通っていた弟が、突然、学校を辞めたいと家族に申し出たんだ。友達一家は驚いたけれど、弟の意志は固くって、結局、別の学校に移ることになったんだってさ。
事故やいじめがあったわけじゃないらしいけど、先生方の話によると、休み時間に生徒同士で眼鏡の度の比べっこをしていて、先生の眼鏡もその中に混じったんだって。
そして、弟が先生の眼鏡をかけたとたん、悲鳴をあげて、眼鏡を投げ出し、ぶるぶる震え出したんだって。それが学校を辞めたいと申し出た日の、昼に起きた出来事だったんだ。
何が見えたのか。弟は兄である友達にも話さなかったけど、半年後のこと。
眼鏡を貸した、例の先生が警察に捕まることになる。
罪状は、強制わいせつ罪。その他の余罪もボロボロ出てきた。
きっと、筆舌に尽くしがたい光景を見たんだろうね。以来、弟は兄の眼鏡であっても、つけようとすることは、なくなっちゃったんだってさ。