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なぜに、それを奪ってく

 やあ、三日ぶりぐらいかな。ごめんね、忌引きで仕事に出られなくて。

 あんなに元気だったのに、突然、お別れの時が来ちゃってさ。今でもあんまり亡くなったという実感が湧かないな。不謹慎だ、と言われるかもしれないけれど、脳みそが理解してくれるのに時間がかかる人なんだろうかね、僕は。

 ねえ、つぶらや君。「天寿を全うする」という言葉があるけれども、「天寿」というのは、どこまでが天の思し召しなのだろうね。

 今回のように、苦しみなく逝くこともあれば、若くして非業の死を遂げることもあるだろうし、産声をわずかにあげるだけ、いや、それすらできずに終わることもあるだろう。

 生きている人に対しても、「人事を尽くして、天命を待つ」なんて、天の御意思を尊重する言葉がある。

 けれど実際、世の中にはどれだけ「天」の意思が含まれているのかな? 葬儀以来、僕はそう考えることが、多くなってきている気がする。

 それというのも、久しぶりに会ったおじさんの話を聞いたせいだと思うんだ。


 どこまで本当か分からないけれど、おじさんのご先祖様は、殿様にお仕えし、後ろ暗いことをしていた人がいたらしい。汚れ仕事という奴だね。

 危険が伴う仕事が多いけれど、表向きの評価は高いものじゃない。あまり名が知られてしまっては仕事がやりにくくなる。地位や身分を大切にする仲間たちには、下賤の者に近い扱いを受けたこともあったみたい。

 殿様も不満が溜まると思ったんだろうね。こっそり褒美を届けたり、労ったりと、メンタルケアをしてもらっていたんだって。頼りにしているぞ、という意思表示かな。

 ご先祖様はそれらを支えに、裏の仕事を続けていたらしいのだけど、妙ちきりんな事件に出くわすことも多かったらしいんだ。

 これから話すのは、その妙ちきりんな事件の一つだよ。


 ある合戦の後、人質交換が行われて、捕虜となっていた武将が城に帰ってきた。

 武将自身は、敵に捕らえられて生き恥を晒したことを悔いて、腹を切りかねない勢いだったけれど、殿様が思いとどまらせたんだって。

 ただ、彼は戦の傷が原因で、右手の親指を失っており、以前のような武働きは控えられ、後方支援に徹することが多くなったらしい。

 殿様の治めていた地方は、まだ群雄割拠。大掛かりな戦はさして起こっていなかったけれど、頻繁に小競り合いがあった。

 ご先祖様は裏の仕事だけに、諜報や破壊活動に関して、手の者から報告を真っ先に受ける立場。日々、色々な情報を精査していたんだって。

 それらの中の、戦の負傷者報告に、不思議なものがある。

 首を取られたとかなら、戦国の世ではおかしくない出来事。だが、武将の一人が「右足の薬指を一本紛失」と聞いた時には、やや首を傾げた。それも馬蹄などの、重さで潰されたわけではなく、根元からきれいに切断されていたとのこと。


 一体、どのような状況だったのか。疑問に思ったご先祖様が尋ねたところ、何者かに狙い撃たれたらしい、とのこと。

 更に詳しく聞いていると、陣内で見回りをしている途中、ふと首のあたりがチクリと痛んだらしい。「あっ、何かに刺されたかな」と思った時には、酔っぱらったかのように、視界がぐるぐる回り出し、足元もおぼつかなくなって、その場に倒れ込んでしまったとのこと。

 そして、目覚めた時はすでに指を失っていたみたい。味方の兵たちに尋ねたところ、さほど時間は経っておらず、かといって切断された部分に痛みや出血も見当たらなかったらしいんだ。

 その戦以降も、身体の一部分だけを失う謎の負傷者は、ちょこちょこ姿を現した。指だけでなく、目や鼻をそがれた者もいる。

 だが、始終、戦に身を投じる者から見れば、腕や足一本がまるまる無くなることも珍しくなく、むしろ指一本などで済んでいるのは、天がもたらした幸運とされた。

 それでも殿様は大事を取らせて、彼らの出陣が許されたのは、ほぼ間違いなく勝利できる戦のみ。大一番の合戦では控えさせることが多かったとか。

 ご先祖さまも本来の職務を優先するように、殿様から申し渡されて、負傷者たちの実態に関しては、一部の者に任せきりにしていたみたい。


 やがて、地方が統一されてくる。

 同盟と調略を駆使して、勝ち組の一員となっていた殿様は、奪った城を検分した。必要に応じて、改修工事をする必要があるかもしれないからだ。

 新しく登用した者の中には、旧城主の家臣もいる。普請役に加えて、殿様やご先祖様が城の構造について彼らと相談していると、妙な話を聞くことになった。

 実は各城にある地下牢には、とある武将の進言により、更に深くまで潜れる地下室への入り口が用意されている、というものだ。そこでは、世を忍んで怪しげな儀式が行われていた、と仕えている者はうわさしていたとのこと。


 隠された地下室の調査は、ご先祖様と配下の者たちに一任された。

 ご先祖様たちは、各城で地下牢の調査を始める。元は忍びの心得のある者たちで編成された調査隊。壁に偽装された隠し扉を見抜いて、中へと踏み入った。

 そこは慌てて破棄したと思しき、金属の破片が散乱した、かび臭く狭い空間だった。

 わずかに残った瓶の中には、大量の塩が入っている。そのうちの一つから、すっかり青くなった指先や、身体のもろもろの部位や臓器が出てきたという話だ。おそらく、この塩は保存用に用意されたのだろう。

「地下室の用意を進言した武将は、これらを集めて何をするつもりだったのだ」と旧家臣たちに問いただしたものの、目的に関して知っている者はいなかった。


 そもそもその武将は、出自もよく知られていない、流れ者とのこと。当初は算術に長けていて、小才子と見られ、一家臣に仕える小者に過ぎなかった。

 それが徐々に才覚を発揮し、手柄を重ねて、十数年後には武将に登りつめたとのこと。

 人当たりが良く、相手を心地よくさせる名人だが、自分のことはあまり語ろうとはしなかった。人の機嫌は取るものの、決して深い関係を持とうとしない、仕事人間の印象を受けたらしい。

 彼自身は、主家と殿様との最後の戦いの折りに姿を消していて、その行方は誰も知らない。

 だけど、戦の直前に、彼は微笑んでつぶやいたらしい。


「完璧とは言えないが、まずはよし。彼らが危険にさらされなければ、あのような時代になりはすまい」


 戦う前から、一仕事を終えたような達成感が、言葉の端々からにじんでいたんだって。


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