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寝よ、良く良く

 ふわ〜、こーら先輩、眠いですね。

 昨日、ちょっち夜更かししちゃいまして、睡眠時間が足りないのですよ。海外の試合、いつも真夜中だからなあ。日本人も頑張ってくれているけど、寿命を削って夜更かしして、試合に負けてじゃ、不満の一つも言いたくなりますね。

 あらら、こーら先輩も大あくびですか。いっそのこと、二人でぐっと一発寝ときます?

 二十分後くらいでいいですかね? それでは、おやすみなさい。


 くう〜、眠気は少し取れましたが、身体がバキバキします。

 こーら先輩も辛そうですね。一緒に外でラジオ体操でもしませんか?

 ――ん、だいぶ調子が戻ってきましたよ! 今日の講義も残り一コマですよね。頑張りましょう!

 あれれ、先輩、まだ眠そうな顔をしちゃって。結構、疲れているんじゃないですか?

 放っておくと、こーら先輩、立ったまま眠っちゃいそうですね。それじゃ、眠りに関する面白い話をさしあげましょう。


 人間の場合ですが、新生児は非常に長い睡眠を取るようですね。

 生まれてから数年経ったとしても、お昼寝をすることがほとんど。身体がまだしっかりできていないから、体力もそこまで多くありません。後先考えず、全力で遊んだ後に、疲れ果てて、ウダウダ、ゴロゴロというのも、珍しくないようですね。

 こーら先輩は、保育園や幼稚園に入っていた時の記憶って、ありますか? 僕はありますよ。そして決まって昼ご飯を食べた後の、お昼寝の時間というものがあったんです。

 僕の入っていた幼稚園では、確か12時から2時まで。それも二週間に一回は、年齢を問わず、園児全員が寝付かなければいけないという決まりがありました。


 僕たちの幼稚園では、定期的にお絵かきの時間があります。

 こーら先輩は、幼稚園の頃、自分や家族の絵というものを描きましたか? 大抵の人が一度は経験することだ、という印象がありますね。

 僕たちの幼稚園の場合は、まず画用紙に自分や家族の似顔絵を描きます。そのあと、はさみを渡されて、絵を切り抜くんです。そのあと、割り箸をつけて、みんなで人形劇まがいのことをして遊ぶ。おままごとの一種みたいな感じでした。

 みんなが遊び終わった紙人形たちは、先生が用意した布地に貼り付けられます。向こう側が透けて、影が見えるくらいの、薄いものでした。

 布は緑色に染め抜かれて、その中に散らばって配置された人形たちは、あたかも野原ではしゃいでいる人々を連想させました。


 ですが、妙なことがひとつ。

 できたものは窓に貼り付けて、幼稚園に来たり、そばを通ったりする多くの方に見てもらっていたんですが、こういう製作物は、たいてい建物の窓の内側に貼り付けて、汚れないようにしませんか? なぜか、うちの幼稚園では外側に貼り付けていたんですよ。

 子供心に、紙人形たちがかわいそうだ、と感じました。先生たちにも抗議したんですが、はぐらかされてしまいます。

 ただ、確かなことがあり、それらの作品は二週間に一度の、全員お昼寝の時間が終わると残らずはがされてしまっている、ということです。

 

 お絵かきは月に2回。全員お昼寝の日に合わせて作られているようでした。先生にはぐらかされて、不満たらたらの僕は、全員お昼寝の時間に何が起きているのか、確かめようとしたんですね。

 僕が計画を実行にうつそうとした日は、用意されたゴムプールの中で、みんなと遊んだ日。水遊びはとても疲れるものです。全員がほどなく眠りにつき、ほぼ狸寝入りだった僕も、一時、「くっ」と眠ってしまったくらい。

 でも、どうにか起きなければと、根性で身体を奮い起こします。そっと薄目を開けると、教室に先生の姿はありませんでした。

 トイレに行っているのかな、と考えた僕は、チャンスとばかりに起き上がり、寝息を立てているみんなの邪魔にならないよう、忍び足で教室を抜け出します。


 先生方に見つからないように、辺りに気を付けていたのですが、気配を感じません。

 建物内部はいつもと変わらないのに、静かになるだけで、こんなに空気が変わるのか、と園児時代の僕は肌で学びました。

 僕の体重が、床をこすり、きしませる音のみ響く中で、みんなの紙人形が貼り付けられている教室を目指します。

 最後の曲がり角手前で、ふと建物が揺れました。地震というより、強い風が吹いた感覚です。今まで何度か体験した僕は、怖さよりも、ぼろさへの不満の方が勝り、「またか」といらだちながら、足を速めました。

 そして、目標の教室に到着。僕は遠目に、入口のドアにはめ込まれているガラスを通して、中の様子をうかがいます。


 先生たちが、勢揃いで正座をしていました。僕に背中を向けている状態で、窓をしきりに見つめているようです。その窓には、いつも通り僕たちの力作を遊ばせた、布地による野原が貼り付けてありました。

 また、建物が揺れます。今日はやけに風が強いな、と思いましたが、妙なことに気づきました。

 僕の幼稚園の中心部には、大きな木が一本植わっており、どの教室からも見えます。先ほども言ったように、布地は極薄なので、影が透けて見えるのです。

 大樹の影は、葉っぱ一枚動いていません。これほどの揺れがあるということは、相当の風なのに、微動だにしない。

 建物自体が揺れているのか、と思った僕の目の先で、驚くべきことが起こりました。

 貼り付けた布地越しに、縄のような影がぬっと出てきたのです。2メートル近い幅があり、窓全体を塗りつぶさんばかりの大きなものです。

 その影は、少しずつ場所を動かしながら、何度も軽く窓にぶつかります。そのたびに教室が小さく揺れました。対照的に先生方は、その様子を、音一つ立てずに見守っていたのです。


 得体の知れないものを見てしまった。見なかったことにした方がいい。

 直感した僕は、焦っていたんだと思います。引き返そうとした時、僕の足元の床板がギイィと大きな音を立てました。それはもう、ど派手に。

 先生たちが一斉に、こちらを振り返ります。その表情、鬼気迫るものでした。でも、それ以上に恐ろしいものを、僕は目の当たりにしたのです。

 窓が先ほどとは比べ物にならない勢いで揺れました。あの影が、思い切り窓にぶつかってきたのです。わずか一撃で、窓ガラスは粉々に砕けました。

 貼り付けられた布地も、ちぎれてどこかへ飛んでいきます。ですが、先ほどまで布地越しにうつっていた、大きな縄のような影の主の姿が見えません。初めからそこにいなかった印象さえ受けますが、間違いでした。

 先生のうちの一人が、悲鳴をあげながら、窓から飛び出していきます。

 自分からではありません。強い力で、頭から外に吸い出されたのです。糸を強く引っ張られた操り人形のようでした。

 そのまま先生の身体は、空中できりもみ回転したかと思うと、応援旗のごとく何度も左右に振り回されて、地面に叩きつけられます。教室内部からでも分かるくらい、先生は血に染まっていました。


 先生は救急車で運ばれ、僕は他の先生方に、きつく口止めをされます。

 逆らったら命はない。園児だった僕が、そう感じられるほどの殺気がこもっていました。事実、その夜は思い出し泣きしたくらいの、トラウマです。

 幼稚園を卒業した後も、成人するまでずっと黙っていた僕ですが、当時、まだ生きていた祖母から聞いた話があります。

 僕の地元には、遥か昔、人間の子供を襲う大蛇がいて、英雄に退治されたそうです。しかし、成仏しない魂が未だに漂っており、子供の集まる場所に現れ、狙われることがあるんだとか。

 対策として、定期的に子供の念がこもった「ヒトガタ」を建物に貼り付け、それを食べさせることで、事なきを得ているらしいです。

 僕たちが昼寝をさせられたのも、その恐ろしい怪物に、気取られないためだったのでしょうね。



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