真実を覆うもの
おお、つぶらやさんは、すべての指を使ってタイピングができるんですね! 文章作るのも早そうで、羨ましいなあ。
私ですか? 今も昔も、由緒正しき、一本指打法ですよ! 両手の人差し指のみを駆使して早打ちする、高度なテクニックです! ワープロで身につけたこのスキル、つぶらやさんのタイピングにもひけを取りませんよ!
エクセルとかはどうするのかって? つぶらやさん、人には聞いちゃいけないことがあるんです。放っておいてください……。
私は手書きがメタクソでして、ワープロの方が好きなんですね。手紙は手書きの方が気持ちが伝わるなんて、ありきたりな言葉に従った私がバカでした。
初恋の人へのラブレター。ロッカーに隠して、こっそり様子をうかがっていたんですが、読み始めて数秒後、ゴミ箱にダンクシュートでしたよ。後日、内容以前に、文字が読めないとボロボロにけなされ、伝わる前から試合終了です。
手書きを信用しなくなった私にとって、頼みの綱は機械だったんですが……昔、しゃれにならん目に遭いまして。
聞きたいですか?
高校にあがったばかりの時。受験が終わって晴れ晴れとした私は、ずっと我慢してきた、読書と執筆に取り掛かったんです。
中学は小学校からの持ち上がりも多く、私の駄文を熟知している人ばかり。馴れ合いのお世辞をもらうのがせいぜいです。
自分の本当の力を知りたい、なんて殊勝なことを言いつつも、その実、強がり、意地っ張り、ひとりよがりの私です。
今までだって、作品の批評をもらった時には「はあっ? この表現で分からないなんて、脳みそ腐ってんじゃないの? アホ読者!」と思ったり、読者に回った時には「自己陶酔の表現と、わけわからん展開。くだらないオチで人生を無駄にさせやがって、作者、許さねえ!」と思ったりとか、脳内限定、暴れん坊将軍でしたよ、ええ。
それでも、文学少女のイメージを崩さないように、ステレオタイプおしとやかムーブは欠かしませんでしたよ。
つぶらやさん相手じゃなきゃ、こんなこと言いません。みんなには黙っていてくださいね。
そんなこんなで、文章好きな友達をゲットした私は、自宅で印刷した作品を渡します。
当時の私の趣味が反映された、ヒロイック・ファンタジー。思い出したら、赤面しそうなセリフや詠唱がたくさんです。
たぶん、「中二病全開だな」と心の中で思っても、素直に言ってくれる人は少ないだろうと考えていました。
高校生活が始まって間もないこの時期、自分から険悪な空気を醸し出すには勇気がいります。オブラートに包んで、当たり障りのないことを言うんだろうなと、うすうす予想していましたね。
数日後。休み時間に友達の一人が私を呼び止めました。私は彼女に導かれるまま、ひと気がない廊下の端に。誰かに聞かれるのが恥ずかしかったんでしょう。
しかし、当初の予想に反して、彼女が相当読み込んでくれたのが分かりました。プロット、情景、登場人物の行動まで、こと細かに指摘してくれます。私の中でふつふつと、「ありがたい」という気持ちが湧いてきます。
ところが、クライマックスまで来て、彼女はおかしなことを言ってきました。
「今まで魔法に頼っていた主人公が、魔力を失いながらも、自分の拳で決着をつけたことが、印象的でした」
変です。私が書いた決着は、主人公とヒロインが今までの修行と恋愛で身につけた、合体魔法でトドメをさすというものでした。これまでの真摯な受け答えからして、彼女が冗談を話しているとは思えません。
それからも、色々な人たちが感想をくれたのですが、同じ作品を読んでいるはずなのに、ところどころが違うんです。
主人公が戦いを捨てて、ヒロインといちゃいちゃし続ける話。
隕石を落とす最終魔法を習得できない主人公が、ロケットを開発して宇宙に飛び出し、物理的に隕石を落とす話。
実はこの話は、主人公たちが敗北してしまった世界で、生き残った人たちにより語り継がれる、現実逃避の妄想の産物だった、という話。
しまいには、一部始終で魔法の「ま」の字すら出てこない話だったという始末。
みんなの顔を見れば、私をたばかろうという気配はまったくなく、真剣に語っているのが見て取れました。
私は家に帰り、デスクトップパソコンに入った、自分の作品データを見直します。
辞書を引き、難解な言葉を並べて作った、数々の詠唱たち。私の爆発した趣味がそこにありました。
一体、みんなには私の作品がどのように見えていたのか。
少し鳥肌が立った私は、早めに床に入ることにしました。
その晩のことです。
私は、しきりにまぶたをたたく明かりに、薄目を開けました。
先ほど、私が確認をしたパソコンの前に誰かが座っています。その人物は画面を立ち上げて、しきりに何かを打ち込んでいるようです。キーボードをすさまじい早さで叩いていました。
突然の侵入者に、思わず私は息を呑んでしまいます。その音を聞きつけたのか、何者かの動きがピタリと止まります。
ややあって、振り返る気配。私は思わずぎゅっと目をつぶりました。起きていることを悟られないように祈りながら。
足音はなく、息づかいも聞こえません。しかし、見えなくても分かります。何者かが私のそばに近づいてきているのを、ひしひしと感じたのです。
私の耳元を生暖かい風が吹き抜け、ある言葉が私の鼓膜を揺らしました。その音が何度も何度も頭の中でバウンドし、やがて私は意識を手放してしまったのです。
翌日。例の何者かがいた痕跡はありませんでした。
しかし、私は恐る恐る、パソコンを立ち上げてみます。
更新の記録を見ると、あの作品が真夜中に、新たに保存されていました。
私は震える手でマウスを握り、デスクトップのファイルをクリック。データが展開されます。
その光景は、今でも目に焼き付いていますね。
私が書いた十万文字あまりの作品。紡いだ言葉たちはすべて、ある言葉に置き換えられていました。
十万文字。延々と打ち込まれていたんです。
あの何者かが、夜中に耳元で囁いたのと、同じ言葉。
「お前たちには、まだ早い」と。