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身体ゆだねて

 おっと、そろそろ爪切った方がいいかな。さすがに危ないだろ。つぶらやもだいぶ伸びてるぜ。気を付けろよ。

 しかしよ、爪って切るのにやたら制約があると思わないか? 夜に切ってはいけない。朝に切ってはいけない。出かけに切ってはいけない。

 律儀に守ったら、休みの日くらいしか切れねえだろ。まあ、深爪したら痛いからな。落ち着いて爪を切ろよ、という戒めかもしれん。

 そういえば、つぶらやはいつ頃まで、家の人に爪切ってもらったり、頭洗ってもらったり、耳掃除をしてもらった?

 これらを自分でできるようになるとよ、途端に作業している感じがプンプンしてこないか? 俺たちの爪ほったらかしも、遠因はそこじゃないかと思うんだ。

 何が言いたいのか? 誰かにそれらの手入れをしてもらえたら、嬉しいねえという話さ。

 自分の持っているものを、誰かが構ってくれる。嬉しかったり、腹が立ったり、感想は色々。

 俺が昔、体験したことを話そうか。


 高校にあがったばかりのころ。俺は飢えていた。

 ようやくやってきた思春期という奴だな。というのも、受験が終わったとたん、クラスの連中があっちゃこっちゃでくっつき始めたんだ。

 意外な組み合わせもいてな。「お前ら、いつの間に!」と、心の中で叫んだのは一回や二回じゃなかったぜ。

 そうやって周りがイチャコラしている雰囲気で、一人でいるとな。渇いてくるんだ、焦るんだ。

「俺も連れがほしーよ! イチャイチャしてーよ!」と、切実にな。


 新しい環境。新しい出会い。俺は早速、彼女を作ろうと思った。

 いやあ、今、振り返ると、若いっていいな。自分を中心に世界を回し、理想を目指して突撃できる。リスクと責任に囚われる大人にできない、若さゆえの特権だ。

 その行き当たりばったりの行動は、爆発できても、持続しないということ、もっと早く気づけていりゃあな。

 俺は片っ端から女の子に声をかけた。クラスメートはもちろん、すれ違った生徒なら先輩だろうとお構いなしだ。さすがに人目がない時にしたけどな。

 肝心の勝率? ふ、それは聞いちゃいけないお約束だぜ……。あっという間に節操なしのレッテルを張られた俺は、カップルとは程遠い、喪男同盟の一角におさまっちまっていたのさ。

 ちょっと前まで、共に受験を乗り越えた同士だというのに、影で実施される人種隔離政策。

 だが、喪男同盟にはまだ希望が残っていた。


 クラスで一番の美人。当時でいえば、「マドンナ」という言い方がしっくり来たかな。色白のモデル体型。休み時間に、時々錠剤を取り出して、口に含んでいたよ。どこか、身体が悪いかも、と思ったね。

 信用できる筋からの情報だと、彼女はどうやら独り身らしい。だが、「興味があっても、やめておけ」という忠告付きだった。そんなもの、肉にうずいた狼たちの前には、雑草も同然。目にも映らん。

 早速一人が突貫して……成功した。同盟卒業、追い出しコンパだ。

 だが、一週間後には破局していた。戻る場所さえ失っていたあいつは、寄る辺なきストリートスチューデントになる。まあ、それも一過性のもとで、オオカミたちは突撃、卒業、根無し草で、また同盟ができるわけなんだ。

 そして、同盟も残るは俺だけ。先駆者たちの助言も「最初は心地いいだろうが、後悔すんなよ」だった。

 知るか、と思った。俺は彼女が欲しいんだ。


 彼女と映画を見に行って、ファミレスでネタにしつつ、まったり時間を楽しんだ。

 栄養が不足しがちなのか、その日も彼女は時々ビンに入っている錠剤を取り出して、水で流し込んでいたな。

 若気の至りでな、ついつい自漫話ばかりしちまったよ。うぜエ奴だろ。

 でも、彼女はニコニコしながら聞いてくれるもんだから、調子に乗ってよ。ところどころ、おおげさに話しちまった。生涯最初の、オスアピールだったからな。興奮したさ。

 で、俺の話を聞いていたのか、いないのか。彼女は唐突に「私の家に来ない?」と誘ってきた。

 俺はテンション上がりまくりで、ほいほい二つ返事でついていったぜ。


 話を聞いた時から期待していたが、彼女に家に人はいなかった。

 妄想を滾らせてそわそわする俺は、居間に通される。そこでソファに横になるように彼女から指示される。

 寝転がって期待に胸を膨らませる俺。彼女はまた錠剤を取り出して口に放り込む。さっきとは違うものらしく、音を立てて噛んでいた。


「靴下を脱がすわね」


 俺の両足が、ぬくもりから解放される。ほどなく指先にかすかな刺激。彼女が爪を切ってくれていたんだ。

 パチン、パチンと歯切れのよい音を聞きながら、俺は居間を見回す。

 やけに薬棚がたくさんあった。中にはあの錠剤が入ったビンが、ラベルを貼られて、たくさん並んでいる。


「爪、髪の毛、その他、いろいろ。人の身体って、本当にたくましいわよね」


 パッチン、パッチン。


「自分の力で成長を続けていく。止められなければ、どこまでも」


 パチ、パチ。


「けど、一人の力じゃ限界がある。私はもっときれいに、もっと元気になりたい」


 ゴリゴリ、ゾリゾリ。


「だから、君からももらうわね」


 パリン、ポリン。

 聞き慣れない音に俺が頭を起こすと。


 彼女は爪切りから、俺の爪を取り出して、頬張っていた。さもおいしげに、満面の笑みを浮かべながら。

 しばし、理解を停止していた俺の頭だが、次に彼女が取り出したもので、一気に動き出す。

 細いメスだった。


「もう少し、もらってもいい?」


 俺は答える代わりに、ソファのクッションを投げつけて、逃げ出したよ。彼女は追ってこなかった。


 そして、狼だった俺たちは、見事負け犬同盟にクラスチェンジした。彼女は学校では相変わらずマドンナで通っている。例の錠剤をちらつかせながら、時折、俺たちの方を向いて笑っていたよ。

 そういえば、彼女が取り出す錠剤は、よく見ると形が不ぞろいのものばかり。噛んだり、飲み込んだり、と摂取の仕方も様々だ。

 どれも、俺たちの身体のどこかで見たような色、形をしていたな、と今でもしきりに思い出すよ。



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