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存在線に電車が参ります

 あ〜、これってあの映画のオープニングでしょ! だよね! 間違いないよね!

 すごいなあ、最近の駅の発進メロディ。どんどん個性が出ている感じ!

 私、昔の「ピロピロピロ」も好きなんだけど、流行りの曲には負けちゃうわね。そういえば、うちの大学の鉄道研究部も、前にやっていたなあ、電車接近や発進の時のメロディ研究。


 つぶらやくんは、お気に入りの発進音楽とかないの?

 え、ダウンロードして、好きなだけ聞くから、こだわりがない? 

 あちゃ〜、確かにそうかもね。使わにゃソンソン、文明の利器。私もお世話になっているわ。

 最近はまとめて落とせるから、飽きがこないものね。

 四六時中聞けるもんだから、通勤中もイヤホンしている人が増え続けている気がするなあ。音漏れしている人、多いけど。因縁つけられるの怖いから、嫌そうな顔だけ向けて、咎めないわよ、私。

 だけど、駅構内に流れているメロディは意外と重要かも。私のいとこが体験した話なんだけどね。


 さっき、鉄道研究会の話をしたけれど、いとこも鉄道研究会の一員だったのよ。おばさんが駅にお勤めしていたから、小さい頃から電車に親しんでいたのが大きいらしいわ。そして、駅の発着音楽を集めていた時期があったの。

 いとこは自分が直に触れたものを、何より大事にする性分。ケータイの着信音とかも、自分が録音した、鳥の声とかを採用していたらしいわ。だから発着音楽も直取りしたものばかり。

 ただ、昔の発着音とかは、おばさんが持っていたテープの録音を、又取りしたらしいの。音量調整が難しくて、だいぶ大きな音になっちゃったけど、サンプルとしては問題ないレベルに落ち着いた。

 研究発表の時に備えて、いとこはケータイの中に発着音を入れて、しょっちゅう聞き比べていたそうよ。


 研究発表が迫った、夜のこと。

 遅くまで残って資料を作っていたいとこは、終電間近の駅のホームで、イヤホンを付けながら、発着音を聞き比べていたわ。

 いとこの担当は、地元の発着音の歴史。古今東西の名曲から、オリジナル楽曲。そして私たちがさっき聞いたような、流行やご当地にちなんだ音楽など、盛りだくさん。

 早速、再生ボタンを押そうとした、いとこの目の前で、旗を振る駅員さん。どうやら、下がれと言いたいみたい。いとこがしぶしぶ従った時、たまたまイヤホンが外れる。

 ジリリリリンという黒電話に似た、時代遅れのベルの音が響いた。ちょうど再生ボタンに触れたタイミング。イヤホンが外れた時点で、音量がなくなる機能はついていない。

 本来の駅の音楽を消し去るほどのけたたましさで、ベルは電車を出迎えた。

 じろじろとこちらを見てくる、みんなの視線に耐えかねて、いとこはその場を足早に去る。そして、この事態を知らない人しかいない、別の車両にもぐりこんだわ。


 遅い時間のためか、外はいつも以上に暗い。

 いとこは先ほどのことがあって、電車内で発着音を聞くことはしなかったけど、ネットでもしようと、ケータイをいじり続けた。ところが、一駅過ぎ、二駅過ぎると妙なことに気づいたわ。

 電波が弱くなっている。駅を出た時には三本立っていたアンテナが、すでに一本。三駅目を過ぎるころには、圏外になっていた。今までこの路線を使っていて、こんな事態に陥ったことはない。

 調子が悪いのかな、と首を傾げるいとこの耳に、降りる駅のアナウンス。荷物を持ち直して、いとこは下車の準備をし始めたわ。


 車外に一歩踏み出して、いとこは目を見張る。ここは、いつもの駅じゃない。

 いとこの知る駅は、おばさんが勤めている駅。しっかりとした壁と屋根に覆われて、自販機も休憩室も完備したホームを持つ。

 それが、わずか一日足らずで、木のベンチ二つを残し、横にだだっ広く、雨風も防げない粗末な柵に囲われたホームに、姿を変えるはずがない。

 さっと目を走らせると、やはり違う名前の駅。どこかで聞いたことがあるけれど、とっさに思い出せない。

 降り間違えた、と思った時には、すでに背後の電車は消えていた。音一つ、立てることなく。

 柵の外に見える景色。いくら目を凝らしても、建物の輪郭は浮かんでこず、遠くにたたずむ山々の影が映るのみ。

 とにかく、外に出ようとするいとこ。だけど、改札にICカードを読み取る機械がない。それどころか、駅員さんに手渡しするようになっている。

 絶対におかしい。制服に身を包んだ駅員さんが、「きっぷを早く」と言わんばかりに、手を差し出している。だけど、渡せるきっぷは持っていない。

 いとこは愛想笑いを浮かべて、ホームに逆戻り。その後ろで、駅員さんが何やら動こうとしている気配を感じたんだって。


 何で、このような事態になったのか。もう一度、いとこは駅の名前を見たわ。

 記憶の糸を辿り、どこの駅かを思い出す。

 そう、決して彼方ではない。極めて近く、けれど絶対にたどり着けないはずのどこか……。

 いとこがぱっとひらめき、怖気が走るのと、改札付近がざわつき出したのは、ほぼ同時。

 見ると、改札方面から、駅員さんがこちらに向かってくるところだった。

 ホームにいるのは、いとこただ一人。自分に用事があるのは明らか。

 しかし、駅員さんの表情は、険しさそのもの。捕まったら、ただでは済まない。そう直感したんだって。

 

 いとこは駅員さんと反対側、ホームの奥へと逃げ出した。同時に駆け出す、駅員さんたち。

 横に長いと言っても、逃げ場は限られている。たちまち柵にぶつかった。そこから先は、ただ闇が広がるだけ。さっきの山影も溶け込んでしまって見えない。

 柵を越えたらまずい、と本能的に感じたそうよ。そして、背後から足音。これに追いつかれても、ろくなことになりそうにない。

 いとこはかばんからケータイを取り出す。

 駅の名前の由来。そして、自分がこの駅にたどり着くまでに、したことを鑑みれば、これしか思いつかない。


 音量を最大にして鳴らす。流すのは、「本来」この駅に電車が到着する時に流れるはずの、オリジナル音楽。

 耳をふさぎたくなるボリューム。それを圧倒する音量の警笛を鳴らしつつ、闇に包まれた線路の向こうから、電車がホームに駆け寄ってきた。狙いすましたかのように、いとこの位置でドアが開く。

 

 飛び乗ったいとこだけど、ケータイを握った拳を、ぐっと取り押さえられた。さっきの駅員さんが追い付いてきたのよ。その後ろからも何人も追走してくる。

 ドアはもう閉まりかけていた。もし、この電車のドアが、エレベーターのように、はさまった異物に反応し、再度開くものだとしたら、彼らの侵入を許すことになる。そうなれば、今度こそ逃げられない。

 ほんのわずかな躊躇のあと、いとこはケータイを手放した。拘束が緩んだすきに、腕を引き抜いて、まんまと車内と車外を、ドアで隔てることに成功。

 走り出した電車の中には、いとこ以外、誰もいない。疲れが押し寄せたいとこは、近くの座席に座り込んで、ほどなく眠り出してしまったそうよ。


 肩が揺さぶられる。

 目を覚ますと、そこにいたのは制服に身を包んだおばさん。時刻は終電が終わった直後だったんだって。

 いとこは駅の名前を見る。いつも通りの駅名で、胸をなでおろしたみたい。

 そして、ある想像がいとこの頭をよぎり、おばさんに駅での忘れ物を預かっていないか、尋ねたんだって。

 おばさんに案内されるがまま、通された忘れ物預り所。そこに、自分のケータイがあったみたいよ。

 ほこりを盛大にかぶって、微細なヒビが入り、骨董品のごとき姿になったケータイがね。

 いとこは、あの自分の体験が、幻じゃなかったことを悟ったそうよ。

 だって、あの駅の名。今の名になる前に、この駅が呼ばれていた、昔の名だったんだもの。

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