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情報漏出、少なし仁

 かー、やってられないっての!

 どうしたのかって? 体育の先生だよ、先生。

 サッカーのリフティング二十回できないと、強制的に評価下げられるんだって。

 ふざけんな。こっちは五回もできたら奇跡なのに。そんだけで技能評価を落とされるとか、やってらんねえよ。

 それも昔ながらの根性論でさ、「できないのは、練習が足りないからだ」とかほざきやがる。

 ふざけんな。クラスの連中がグースカピースカ眠っている夜中だって、秘かに特訓してんだ。練習練習言っておいて、俺の練習を学校でしか見ていないくせに。

 はっきり言えよな。結果が出ないなら、過程もまったく意味ないってよ。煮えくり返るぜ。

 ここは学校。プロチームじゃないんだぜ。伸び悩むプロ、伸び盛りの若者、同じ言葉が響くと思うなよ!


 すまねえ、ちょっと愚痴になっちまったな。

 あまりに理不尽過ぎて、吐き出さないと仕方なかったんだ。

 俺たちも先生方も、それぞれの事情がある。致命的に噛み合わないことを、予め知っておけりゃいいんだがな。

 この食い違いをなくそうとして、「ウワサ」が広がる。だが、そこには、どんな意図が潜んでいるのか?

 俺のおじさんが体験したことを話そうか。


 今でこそ、インターネットなどを媒介として、多くのウワサが広まっている。節操なく集めるなら、膨大な量になるだろう。

 情報の中にはクオリティが高すぎて、実際に見たわけじゃないのに、「その人、その事件、知っている」なんて言わせる説得力があったりする。情報を提供している奴さえ、はっきりしていないというのに、おっとろしい時代になったもんだ。

 その分、おじさんが子供の頃は、口コミがメイン。顔を付き合わせての情報提供だから、ゴシップばかりじゃ信用を失う。提供する側も真剣な奴が多かったらしい。


 おじさんが中学生だったころ。クラスに、自称「情報屋」がいた。

 先生、生徒、気になるあの子。対象は学校関係者に限られるけどな。依頼する時には名前や容姿とか、そいつが指定する情報を渡すと、後日、何倍ものリターンが返ってくる。

「情報集めのため」と称して、部活や委員会には所属していない。学校外ではあまり姿を見せず、いかにも忍者な雰囲気がしたらしいぜ。

 だが、「情報屋」だけに見返りが要求された。つまり、金だ。


 昼休み。たいてい「情報屋」の近くには人がいる。

 おじさんの学校は抜き打ちテストが、ひんぱんにあったらしい。それがダイレクトに評定に響くもんだから、毎日がびくびくだ。先生の中にはテストのたびに、顔色が良くなるもんだから、うっぷん晴らしも混じっていたのかもしれない。

 それに対するカウンターが「情報屋」だった。彼は金を支払った者に、テストのヤマを教えていたんだと。

 クオリティは値段による。ケチる奴、金を積む奴、相応の情報を彼から得た。結果は言わずとも知れるだろう。

 感謝される一方で、目の敵にする奴も多くてな。即金でしか受け付けない厳格さと、絶対に金を貸さない姿勢から、完全に守銭奴扱いだったらしい。

 おじさんは情報を買わない派。だが、「情報屋の情報」というのも、生徒たちの間で欲しがるものが多かった。

 彼がいかに情報を集めているのか。おじさんは、望まない形とはいえ、その実態に迫る時が来てしまったんだ。


 学習塾通いだったおじさんは、その日も塾で夜遅くまで勉強していた。

 個人経営の塾で、分かるまで徹底指導がウリだったようだ。必要とあれば、日付が変わろうが、勉強につきあってくれたらしい。

 どうにか疑問点を解消して、塾を後にしたのは、時々、深夜トラックが道路を駆ける以外、音が絶えた深夜のこと。

 おじさんが帰り道を急いでいると、ふと明かりの消えたコンビニの影で、何かが動いた。当時のコンビニは24時間営業をしている店の方が少なかったから、光の気配はそこにない。

 影はそのまま狭い路地へと去っていく。興味が湧いてきたおじさんは、暗闇に目を慣らしながら、そっと後を追っていった。


 影が入り込んでいった路地を、そうっと覗く、おじさん。約十メートル先の空間で、二つの影がやり取りしていた。

 目を凝らすと、片方は例の「情報屋」。もう片方はマンガに出てくるようなボロボロのマントをまとって、フードを目深にかぶった背の高い人間。

 あたりをはばかる小声のせいで、会話内容はよくわからなかったが、やがて二人は互いに大きな封筒を取り出して、交換。例の人間は路地の奥に。「情報屋」はおじさんの方に向き直った。

 おじさんはさっと頭を引っ込めると、物音を立てないよう、注意しながら立ち去ったけど、心臓はバクバクだったんだと。


 秘密の取引を、覗き見た。

 翌日から、おじさんは追及の手が、いつ自分に伸びてくるか、不安でたまらなかったらしい。一週間、一カ月、音沙汰もなく過ぎていくのが、かえって不気味だった。

 やがて、受験が終わり、クラスで企画した卒業旅行の夜。

 おじさんは、「情報屋」に引っ張り出されて、覚悟を決めた。

 ひと気のないトイレの裏で、「情報屋」はおじさんに、遠回しにあの日のことを聞いてくる。

 素直に答えて良いものか、考えあぐねたおじさんは、終始、お茶を濁したらしい。

 やがて、諦めたのか。「情報屋」はおじさんを解放したが、去り際につぶやいたんだと。


 中学校に上がる直前、日本語もたどたどしい連中に、拉致されたこと。

 そこで中学校の情報と、金銭との交換を強要されたこと。

 自分が皆に伝えた情報も、例の連中から手に入れた情報であること。

 みんなに金銭を要求したのも、例の連中に支払う金であったこと。

 そして卒業の直前、例の連中は、一方的に縁切りをしてきたこと。

 彼は「情報屋」の廃業を、おじさんに伝えたんだ。


 例の連中の正体は、分からずじまいだ。

 ただ、しばらくして、おじさんが住んでいたところを中心に、偽札を巡る事件が横行した。

 そのほとんどが、いまだ未解決のまま、残されているんだと。

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