こだま返しの法 (歴史/★)
ほう、兄さん一人旅かい。
城址公園の帰りか。あそこは若い人には地味過ぎて受けないともっぱらの評判だけど、珍客だね、兄さんは。
ええと、ホテルまでだっけ。すまんねえ、この辺り脇道が少なくて、一度渋滞すると時間を食うんだ。こんなことで、余計にお金は取りたくないんだけど。
そういえば、兄さんはどこから来たんだい? へえ、そんなところから。
文筆のための取材を続けている? ほっほう、作家さんってわけか。なら、城址公園に行こうってのも、得心がいく。歴史っていうのは探れば探るほど、宝の山だろうからね。
う〜ん、じゃあこの長い車内での埋め合わせっていうことで、兄さんに話をしようか。少しでも気が紛れるといいんだが。
戦国時代の城は、松本城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城といった国宝五城を始めとして、全国にあまねく存在していた。
それこそ、今では名前しか残っていない城もたくさんある。そこの城主様というのも、地方の記録とかを紐解かない限りは、名前を探し出すのは難しいだろうね。
その分、調べ出すと面白い逸話が、ぼろぼろ出てくる。しっかりとした取材をすれば、それだけで大河ドラマを作れそうなくらいに。
戦国の世というのは、人と人のぶつかり合いの時代。多くの血が流れるのが当たり前になると、生きている実感が欲しくなる。
すると人間は、山野を神格化するとかして、生者と死者の領域を明確に分けることに躍起になるんだ。
この世界に、自分たちが生活している領域をはっきり示して、現世に意味を持たせようとしたわけだね。
ところが、それはあくまで生きている奴の勝手な取り決めに過ぎない。領域の「向こう側」に住んでいる者たちにとっては、境界線など、どこ吹く風。そして「こちら側」でも「向こう側」を利用する術というものが開発され、ひっそりと受け継がれていく。
今でいうオカルトじみたことも身近にあった時代。それもまた、戦国時代なんだ。
ある日、城主様が趣味の鷹狩りに出かけることになった。
鷹狩は何も、娯楽の範疇に収まらない。鷹を自軍、獲物を敵軍に見立てることで、効率の良い追い詰め方を学ぶことができる、大切な鍛錬の一つでもあったんだ。
武将がよく碁や将棋を打つエピソードがあるのも、これらの遊びが戦に通じる要素を多分に含んでいたからだろうね。
さて、城を留守にしている間に、敵に城を取られるわけにはいかない。間諜、今でいうスパイのあぶり出しによる防諜も、重要だった。そして、奇怪な術を使う、忍びたちの存在に対抗することも。
そこで、城主は留守居の者たちに、とある策を授けて鷹狩に出かけたんだ。
そして、昼下がり。
「開門、開門」と大手門の前でわめく者があった。
「拙者、ご家老、新田備前殿の弟君、越中殿のお薬を持参せしもの。人一人の命に関わることゆえ、即刻お通しくだされ」
その服には、確かに新田家の家紋が彫られている。
越中の薬の件については、すでに留守居たちも知っていた。しかし、殿からの言いつけに従い、使いと思しきものを、城内の道場へと案内したのさ。
ほどなくして、また門の前で「開門、開門」とわめく者。
「拙者、ご家老、新田備前殿の弟君、越中殿のお薬を持参せしもの。人一人の命に関わることゆえ、即刻お通しくだされ」
先ほどと同じ口上。まるでやまびこが響いてきたかのごとく。
これはいよいよ、殿のおっしゃる通り、と見張りたちは秘かに確認し合い、手はず通り、道場へと使者を通していく。
これを繰り返すこと、五十二回。道場に同じ背格好の五十三人の使者たちが集まった。その周りをぐるりと足軽たちが取り囲む。
厳重な見張りの中、壁となる者たちに囲まれ、道場の上座に留守居の武将が腰を下ろす。
「皆、越中のために、遠路はるばる大儀。しかし、この様相、尋常ならざることに相違なし。本来ならば一人ずつ詮議いたすところだが、まずは、拙者の言うことを、復唱していただく」
道場全体に響く大声で、武将は語った。
自分、どうしてここにいる。
背負った咎は、どこにある。
おのこを誘いし、おなごの咎か。
おなごを愛せし、おのこの咎か。
この世に彷徨う、おのれの咎か。
きさまが泣いても、どうにもならぬ。
はたけにまいても、芽さえも生えぬ。
この文句を、その場にいた全員が唱える。
するとどうだろう。たった一人の男を残し、まるで霧か霞のように残りの五十二人が消え失せたのだ。
うろたえた残りの使者は逃げ出そうとしましたが、元より袋のネズミ。あっという間に捕らえられて、身ぐるみをはがされ、間諜であることが分かってしまったのだそうだ。
鷹狩から帰ってきた殿の前に、間諜は召し出される。
間諜は問うた。なぜ、自分の「こだまの術」が破られたのか。
「こだまの術」は、戦場に散っていった魂を「こだま」として口寄せする術。
術士と同じ姿、同じ言葉を繰り返す影。囮やかく乱などに使われる、古来よりの呪術だったんだ。
それに対し、殿様はこう答えたらしいよ。
「確かにこだまは優秀な影。しかし、彼らをつなぎとめるのは、存在を求める執念。だから術士を投影し、見よう見まねでくっつき、繰り返す。だが、存在を求めるがゆえに、存在を否定されれば、おのずと消える。そして、自己と父母を貶める文句。律儀に繰り返したお主は、走狗として優秀でも、人間としては下だったようじゃな」




