道草語り草
つぶらやは、今、自分が住んでいるところには詳しいか?
観光スポットに限らず、裏道や抜け道についてだ。普段の生活では、目的地が決まっていて、そこに向かってまっしぐら。最初に通った道をずっと使い続けて、どこにつながるか把握していない道が、たくさんあるんじゃないか?
俺は暇がある時には、家の近くを散歩したりするぜ。地図には頼らずにな。
迷いかける時もあるが、「こことここがつながってんのか!」っていう発見。自力で探り当てた時なんか、もう興奮よ。
だが、新しく道を使おうと思ったら、用心しておけよ。慣れた道ならなおさらだ。
ちょっと説教臭いか? こんな考えに至った昔話、お望みなら話そうか。
あれは、大学に入ったばかりの頃だったか。俺は最寄り駅まで、自転車で十五分ってところの家に住んでいた。疲れて帰る時には、この距離がかったるくて仕方ないんだが、ひとえに家賃の安さに惹かれた。
俺んちの仕送りは少ないし、苦学生として出費は少しでも抑えたかったんだ。学校でも人付き合いでも金は飛ぶ。常にストックがないと、個人的に危なっかしい。
電気代も節約。夏場の暑い時期だろうと、エアコンは我慢だ。寝苦しさはあるが、背に腹は代えられない。日中も水分補給をしながら、どうにか涼しい場所を探していた。
ある日。俺はいつもに比べて、一時間ほど早くに起きた。二度寝しようとしたんだが、目も身体も完全に冴えきっていて、眠りにかかるのがつらかったくらいだ。
手早く朝食を食べ終えた俺は、荷物を持ってチャリにまたがる。日もかげって過ごしやすい気温だったせいもあるんだろう。ちょっと寄り道をしようか、なんて思った。
俺がチャリで通る道は、ここ数週間、まったく同じ。他の道に関してはさほど知らなかった。だからこの機会に、より快適に駅に向かえる道を探そうと思ったんだ。
チャリのいいところってのは、車が通れないような路地に入り込める点だろうな。俺は時間の許す限り、チャリをこぎまくって、ようやく候補を絞ったよ。
交差点から斜めに伸びる、せまいわき道。幅は二メートルあるかないかだった。
車両止めがあって、車は入ることはできない。かといって、歩行者や、俺のように自転車に乗る人も、あまり使っている姿は見られなかった。
実際にその道を使ってみると、およそ五分程度、時間が短縮できることが判明。ほぼ直角の曲がり角があったりして、見通しに難があるものの、建物も多くて涼しい。
これはいいルートを見つけた、と俺はさっそく日々の通学ルートを変更した。
五分、時間を短くできる。この油断で、今まで以上に俺は遅刻しそうになる場面が増えたが、変わらずその道を走り続けた。
だが、慣れって奴は怖いな。
その日も、俺はすっかり寝過ごして、チャリをがんがんに飛ばしていた。
猫背になって、まっすぐ走れないくらい力を入れてぐわんぐわん走っていたが、どこか油断があったんだろうな。どうせ五分間の余裕があるんだ、と。
いつものわき道に滑り込む。両脇にたたずむ建物が、照り付ける太陽を食い止めてくれたおかげで、この一帯に季節外れの冷気が漂っていた。
汗が冷える感覚に気を良くしていた俺は、ドリフトしながら90度の曲がり角に直行する。
人がいた。俺よりも背が高い、はげた頭のおっさん。
最短距離を通ろうとした俺のルート上に、ぬりかべのごとくたたずんでいたんだ。
ブレーキをかけるのがわずかでも遅れたら。利きが少しでも悪かったら。間違いなく跳ね飛ばしていた。
甲高いタイヤの悲鳴が響く。文字通り、おっさんの寸前で、俺のチャリは止まった。
だが、俺は先を急ぐ身。「すいません」と頭を下げると、わずかにずれて、ペダルをこぎ始めた。
一方のおっさんは、じっと俺を見つめるだけ。謝罪に何も反応しない。一瞬だけ見えた口元は、なぜか微笑んでいた。どうして笑うんだと、後で思い出してぞっとしたよ。
翌日。その日も俺は、遅刻寸前でチャリを飛ばしていた。
今回は、昨日以上に余裕がない。赤信号もどこ吹く風で、俺は規則破りの王者になっていた。車たちが俺の無作法を称えるクラクションを、盛大に鳴らしてくれたよ。
そして、例のわき道。使うかどうか迷ったが、遠回りしたり、もたもたしていたら確実に間に合わない。
いつも以上のスピード。いつも以上の猫背。過去最高のコンディションで、わき道に突っ込む俺。
バリッと何かが裂ける音が、すぐ耳元で聞こえた。はらはらと俺の髪の毛が散り、頭のてっぺんが熱くなる。ほどなく熱さは、焼けるような痛みに変わった。
こめかみを伝って、温かいものが流れ落ちる。汗じゃない、ぬめっている。痛みの源に手を伸ばして、俺は、自分の想像が当たっていたことを知った。
手のひらが真っ赤に染まっている。止まらないし、時間が経つにつれて、頭痛が増してくる。
俺は救急車を呼び、その日の講義は休んだ。
診察してもらったところ、頭部の肉を、浅くこそぎ取られていた。もうあと数センチ下だったら、致命傷だったらしい。
そして、俺がケガをした現場には、ピアノ線が仕掛けられていたんだってよ。
ブービートラップという奴だな。高さは、俺が自転車にまたがった時の、ちょうどのどぼとけの位置。猫背にならないで突っ込んでいたら――やばかったな。
それからの俺は、時間に余裕を持つようにしている。
また我を忘れて、がむしゃらに急ぐ時、あのおっさんが微笑むんだと、今でも信じているよ。