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真夜中に踊る

 あ、先輩。わざわざ待っててくれたんですか? ありがとうございます。

 剣道の段審査が近づいてきていまして、ちょっと「形」の練習に力が入っちゃいました。

 実技も筆記も自信があるんですが、「形」にはちょっと苦手意識があるんですよ、私。

 形は剣における作法も技術も込められたもの。手を抜いているわけではないですけど、呼吸が合わないというか。

 剣に対するリスペクトが足りないからだ?

 うーん、それを言われると反論できませんね。正に、一本取られたという奴かもです。

 でも、私の中の思い出が少し邪魔している可能性が……。

 おっと、食いついてきました? ふふ、先輩ならくると思った。まったく、わかりやすいんだから。

 私がちょっと昔に体験した話です。


 剣道の段審査って、規定があることはご存知ですか。

 初段を受けるには、満13歳以上である必要があります。小学生で段持ちというのは、無理なんですね。

 その上の二段、三段に関しても、ポンポン受けられるわけじゃありません。前の段に受かってから何年間か修行を積まないと、次を受けることはできないんです。

 先輩も小説を書く時に、剣道を書く機会があったら参考にしてください。10代で六段とかにしたかったら、違うルールの世界を設けないと、誤解を受けますから。

 そして、私が初段の審査を迎える、数ヶ月前の話です。


 秋口に段審査を控えていた私は、田舎のおじいちゃんの家に招かれました。

 おじいちゃんは、家の隣に併設された剣道場で、門下生に稽古をつけています。今までも何度か行ったことがあったんですけど、私側に事情があって、いつも日帰りだったんです。

 だけど、私ももう中学生。親の手を煩わせなくても、外出できる年。いや、むしろ親の手の内がうっとおしくなってくる年でした。

 私がおじいちゃんの家に泊まりたい旨を告げると、母さんたちは少し困った顔をしましたが、おじいちゃんは喜んでくれたんです。

 私はルンルン気分で泊まり自宅を整えて、緑が残るおじいちゃんの道場に向かいました。


 私が泊まりに行った時期は、おじいちゃんの道場稽古の日が集中していました。曜日によって、子供から大人の人まで、参加する年齢層が違うんです。

 出稽古と聞くと、私は断然張り切っちゃう派で、くたくたになるまで稽古しました。おじいちゃんもスパルタで、かかり稽古フルパワー三十分、なんかやらせるもんですから、みんな汗だくでしたよ。

 道場稽古は、遅くとも午後九時に終わります。皆さんの安全や、おじいちゃんの体力を考慮した結果らしいんですが、気力ばかり盛んな私は、もっと稽古がしたいと駄々をこねました。初日、2日目と断られ、それでもめげずに、3日目も稽古をお願いする私。


 その日のおじいちゃんは、少し様子が違いました。いつも通り上座に礼をして、一度は道場を後にしたんですが、皆さんが帰っていった方角。厳密には、その向こうに連なる山々をにらみつけていたみたいです。

 その背中を不思議そうに見つめる私に、おじいちゃんは、「本当に自分で稽古をする意志はあるか」と問いただしてきました。

 気持ちがなければ、おねだりなどしません。私は迷わずうなずきました。


 私は新しい道着に着替えると、おじいちゃんの後についていきます。道場の裏手に回ると、外開きのドアがひとつ。開けると、少しかび臭いにおいと共に、下り階段が姿を現しました。長い間、閉め切っていたせいか、階段自身も気持ち湿っているようです。

 竹刀を携えた私に、鍵を渡しながら、おじいちゃんは妙なことを言いました。


「いいか。わしはこれから道場でお客さんを迎えにゃならん。だが、そいつは大の子供嫌い。お前を見かけたら、何をするか分からん。稽古がしたければ、この階段を降りた先でなら構わん。そこ以外では、剣を振るうこと、まかりならん。もし、どうしても休みたければ、そうっとここを出て、その鍵でドアを閉め、家に戻って眠りなさい。決して声や、大きな音を出してはならぬ」


 いつになく、神妙な顔で告げるおじいちゃん。私は怖さを感じたけど、同じくらいドキドキしました。中学生ゆえか、この手の言い回しに、ずっぽし、はまっちゃったんですね。

 真剣なおじいちゃんに対して、私はスキップでもしそうな勢いで、階段を降りていきました。


 やがて剣道場の真下あたり、広々とした空間まで来ます。近くの壁際にあった明かりのスイッチを入れた私は、思わずびっくりしてあとずさりしました。

 剣道の防具を身につけたカカシ。それが十、二十と集まって、空間に入り込んだ私を待ち受けていたのです。

 驚いたものの、しょせんはカカシ。確かに自分から向かっていかなければ、稽古になりません。仕方ないか、と私は軽く失望しながらも、ゆったりと竹刀を抜いて構えました。

 頭上の道場でも誰かが入ってきた気配。おじいちゃんのお客さんかな、とぼんやり考えていた時。

 私の右腕に、静電気を受けたような痛みが走りました。痛くて、しびれる刺激。思わず竹刀を取り落としそうになりました。

 何が、と考える間もなく今度は、わき腹。えずきそうになるのを、どうにかこらえます。

 小手と胴だ、と判断した私は、とっさに剣先を上げ、面を守ります。竹刀を弾かれそうになるくらい、強い衝撃でした。


 カカシたちは微動だにしませんが、私は確信します。彼らも相手を探していたのだと。

 同時におじいちゃんの言っていた言葉の意味も分かりました。意思なき者なら、とっとと逃げ出していたでしょう。

 しかし、私は稽古を望んだ身。尻尾を巻いて、引き下がるわけにはいきません。

 緊張の糸を張り直します。すると、わずかに読めてきたんです、殺気が。

 集中して竹刀を構えると感じる、むずがゆさといいましょうか。相手がどこを狙ってくるのかが、毛が逆立つような感覚で、読み取れるんですよ。

 ゆるんだら、たちまち袋叩きです。私は気をぶつけてくるカカシを感じるたび、人間と同じように、激しく打ち込みました。


 どれくらい時間が経ったでしょうか。

 ふと、カカシたちから文字通り、気が抜けたようです。今まで私を痛めつけてきた静電気は、しばらくしても襲ってきません。

 もう、私も限界でした。殺気だけ感じる相手との稽古は、疲れ具合が違います。私はカカシたちに礼をすると、私はおじいちゃんにいわれた通り、そうっと地下室を出ます。

 外はいつの間にか、朝になっていました。ドアにカギを掛けると、ちょうどおじいちゃんが道場から出てきます。私と同じように汗だくでした。


 朝ご飯を食べながら聞いたんですが、おじいちゃんの道場は先祖代々受け継がれてきたもの。名を挙げた剣士も何人かいて、盛況だったころは地上の道場は人が入りきらないほど集まったとか。

 そこで力がある者は地上で。精進が必要な者は私のいた地下で、稽古をしたそうです。

 しかし、剣の道を究めるのに、人の命は短すぎる。

 おじいちゃんは何となく分かるらしいんですが、時々、道場にかつての門下生たちが集まって来るらしいですよ。

 みんなが寝静まった、真夜中の間だけ、ね。

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