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恨み節弁当

 こーらくん、学校生活は楽しいかい?

 いや、二者面談とはいえ、突然、こんな質問をしてしまって悪いね。すでに気づいているかもしれないけど、学期が変わってから、ほとんど学校に来なくなってしまっている子が、ちらほら見受けられるんだ。

 理由は人それぞれ。休むのは悪いこと、と一概には言えない。

 場合によっては、休む方が本人のためになる、という事情もあるかもしれない。かの発明王エジソンも、学校の授業になじめず、独学で知識を身に着けたという話だ。

 

 人それぞれに、適した環境があるのは、先生も否定しないよ。だけど、適した環境だと自分が考えているもの。実は、自分が存在したいだけに過ぎない環境ではないかな。

 学校はいろいろなことに取り組んでみて、自分にできることを見つけていく場所じゃないか、と先生は思う。必ずしも好きイコール得意とならないように、嫌いイコール苦手になるとは限らないだろ。得意なものこそ、将来、輝くために磨くべきものだろう。

 自分の好き嫌いなぞ、自分が一番よくわかる。だが、得意苦手は自分じゃない誰かが認めてくれて、はじめてわかるんじゃないかな。

 

 ――おっと、こーらくんが相手だから、ついつい哲学的になってしまった。ごめんよ。

 休みがちな生徒の話に戻るけど、人間、誰でも気に入らないことがあるもんだ。だが、その不満はどう解消したらいいんだろうね?

 その方法を誤らないよう、先生の昔話をしてもいいかな。


 先生が中学生くらいの頃。

 先生のいたクラスは、はちゃめちゃに元気な子が多かった。昔は今みたいに、危険だからと言って、使用を禁止される遊具はほとんどなかったんだ。おかげでみんなの身体に生傷は絶えず、時には、骨まで達するけがをすることもあった。

 そうなると、保護者の方から教員に向かって、苦情がやってくるんだね。「預けている子供がけがをするなんて、どんな教育をしているんだ」と。

 誰だって、自分の子供が可愛いんだ。だから、子供をひいきしてくれる奴は味方で、ぞんざいにする奴は敵にする。申し開きをしても、聞く耳持ってくれない。結果がすべて。

 親に誅されて、職を退く者さえ出てくる。となると、教員の皆さんの生徒への締め付けが厳しくなるんだよ。「いい子にしろ」とね。

 残念ながら、意図を察するには幼い子ばかり。あれやこれやを縛って来る大人に対して、反発するんだ。口や体で先生を無理やり負かそうとする。そして、被害は教員のみならず、その持ち物にまで及ぶ。

 車なんかが、良い例だ。


 その教員は生活指導の担当だった。当時、学生の間で行われていた、大人のフリといえば、お酒を飲んだり、タバコを吸ったりがメイン。ポスターとかに載っている、俳優さんの真似っこが原点かな。

 当然、叱責の対象。だけど子供に深いわけは悟れない。ただ、楽しみを邪魔されたのだと、それだけははっきり分かった。しかし、先生は図体も大きく、正面からは絡めない。

 だから抵抗しない、教員の持ち物――車に目をつけたんだ。


 彼らは教員の目を盗み、給食の牛乳や、家から持ち込んだ腐った卵などを先生の車にぶつけたんだ。赤い車体が白く濁るくらいだから、どれほどのものか、想像できるだろう。

 生活指導の教員は、顔色一つ変えなかった。フロントガラスとドアにへばりついた黄身だけを拭うと、平然と車を発進させる。そして翌日には、洗車したみたいにそれらがすっかりきれいになっているんだ。

 反応のなさに腹を立てる生徒たちは、牛乳や卵に加えて、石で先生の車体に傷をつけ始めた。

 ボンネットはへこみ、サイドミラーは曲がって、もうひどい有様さ。さながら、恨み節のお弁当状態。

 教員は何も言わない。変わらず、車で乗りつけて、みんなの集中砲火の的にする。「こいつ、ノータリンじゃねーの」とみんなは笑っていたけれど、先生はそうは思えなかった。

 どんなに車が汚れても、どんなに車が傷ついても、その教員が車に乗ってこなかったこと。一日たりともないのだもの。車体もしっかり直っていたしね。


 数ヶ月が経ち、先生が住んでいた地域を台風が直撃した。

 先生の家は、学区の外れでね。歩いて帰ると数十分かかる。だが、外は店の看板さえも吹き飛んでいく暴風雨。身一つで帰るのは、いささか危ない。折しも、親は県外まで出かけていて、迎えに来られるのは数時間後。

 ほとほと困っていると、先生は肩を叩かれた。例の生活指導の教員だ。先生は後ろめたいことはしていなかったけど、雰囲気だけで身体が固くなる。

 教員は提案してくれた。「よければ、車に乗っていかないか」と。

 外で雷が光る。怪談話を良く知っていた先生は、同じあの稲光に怯えるなら、何が潜むか分からない校舎より、勝手知ったる家の方がいいと判断。震えながら、申し出を受けたよ。


 教員の車は、今日も石であちらこちらに傷がついていて、右のサイドミラーは外側にねじ切れる寸前まで曲がっていた。

 その日の先生は、体育館でバスケがあって疲れていたんだ。つい車に揺られて、後部座席でうつらうつらしていたよ。

「これを使うといい」と、教員は運転しながら、アイマスクを渡してくれる。少し戸惑った先生だけど、まぶたの重さにはかなわなかった。

 視界をマスクで覆い、まどろみの世界に旅立ったよ。


 どれくらい眠っていただろう。

 先生の意識は、ふっと戻った。車の揺れを体が感じたからだ。

 車全体を乱暴に雑巾がけしているような、微細な揺れ。


「――分かった。後ろの奴は、無実だな」


 教員の淡々とした声に、ぞっとした。同時に起きているのを感づかれてはまずい、と先生は固まったね。教員は続ける。


「今日も卵は、安藤のやつか。これで二十八回目だぞ、飽きない奴。ほう、サイドミラーは井上? 半月ぶりくらいだな。この前の模試、散々だったらしいから腹いせだろう。ドアは宇喜田かよ。こいつ、牛乳をぶつけるだけじゃ飽き足らなくなったか」


 全部、先生のクラスの生徒たちだった。

 それだけじゃない。教員が挙げたのは、確かに先生のクラスで車にイタズラをしていた連中だ。先生自身が目撃したから間違いない。チクったな、と締められるのが怖くて、先生は今の今まで内緒にしていたはずなのに。


「お前たちも、もうにおいを覚えたか? なら、何よりだ。いずれ力を借りる。いずれな」


 教員の声に答えるように車体が大きく揺れた。先生は反応しないようにするのに、精一杯だったよ。

 それから教員は黙ったまま運転をし、家の近くで起こしてくれたんだ。ただ、去り際に見る教員の車はドアもミラーも、新品同然になっていたのを覚えているよ。


 十年以上たって、中学校の忘年会があったけど、欠席者が何名かいた。

 あの日、教員が口にした生徒ばかりだ。

 友達の話では、そろいもそろって、普通では考えられない「不幸な事故」に遭ったというウワサだよ。



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