健康優良完全体
おや〜、つぶらやくん、もうバテたんですか?
特撮ヒーローじゃないんですから、律儀に三分間で力尽きないでくださいよ。まだ必殺の「ツブラヤ・スペシャル」も見ていないんですから。
必殺が使えないあなたを倒したところで、自慢にもなりませんし、今日はあなたの勝ちでいいですよ、ええ。この次に会うまでに、もう少しスタミナをつけておいてくださいね。
――ふむ、こんなところでしょうか。
たまには悪役ムーブというのも、いいものですね。日々、良い子であることを強制されていると、なおさらのこと。
つぶらやくんも、三文芝居に付き合ってくれてありがとうございます。お互いストレスが溜まりますからね〜。アホなことでガスを抜かないと。
でも、運動不足はまじで深刻ですよ。階段の昇り降りに加えて、ちょっとは動いた方が……。あ、力を入れ過ぎも、気を付けてください。あなた、健康グッズとかにハマりそうな予感がしますので。
健康なのは、いいことじゃないのか? いや、程度の問題ですよ、程度の。
ちょっと昔話になるんですけどね。
今までつぶらやくんの周りに、健康グッズにハマっている人はいませんでしたか?
私の友人にはいましたよ。大学時代にあったんですけどね、ちょうど気が合ってルームシェアする仲になったんです。
いや、それまでは普通の子だと思っていたんです。ところが一緒になったとたん、彼女が健康志向なのだということを知りました。
生活習慣が規則正しくて、まるで計ったような正確さなんです。
一日七時間睡眠。起きてからジョギング。食事は朝と夜の二食。
バイトはしていませんし、差し迫った締め切りがあろうと、午後十時にはもう眠っていましたね。さして、特別なことをしていないんですが、年中、健康体でしたよ。
対する私は、食べ放題の、夜更かしし放題でしたからね。お肌のお手入れとかにも関心ありませんでした。おかげでぶくぶく太って、皮膚はガサガサです。
友人も見かねたんでしょうね。私を朝のジョギングに誘ってくれましたよ。
軽々と前を走っていく友人の後を、私はぜえぜえ、息を切らしながら必死でついていきました。わき腹は痛みますし、膝小僧もがくがく笑っています。
そんな私を見て、友人は「若いんだから、すぐ回復するよ。頑張ろう!」と励ましてきます。私にとっては「無理やり連れ出しといて、何を言うんだ」という気持ちでしたね。断り切れない自分に原因があるんですけど。
それからジョギングを再開したんですが、何分も経たないうちに、私は根をあげました。運動不足の身体が、きしんでしょうがなかったんです。
足を止めてくれた友人に、私はぶつぶつ文句を言いました。疲れると、口がすべっちゃうんですよね。
暴言吐いている間に、私たちの横を、向かいからやってきた、同じくらいの年頃の男の子がすり抜けていきます。彼もまたジャージを着て、ジョギングしていました。
「少しだけだよ」と、友人がスポーツドリンクのペットボトルを渡してくれました。そして、私が飲んでいる間、友達は体操をしていたんです。
いえ、体操と言えないかもしれません。手旗信号の訓練みたいに、両腕を不規則に上下させるだけでしたから。
でも、彼女のスポーツドリンクには何が入っているのか。ぐびぐびと三口目くらいで、疲れがきれいに吹っ飛びました。
「――もう、走れるよね?」
彼女がニコリと笑い、私も立ち上がります。だけど走り出して、ふと思いました。
先ほどまで聞こえていた、あの男の子の足音がしなくなったな、と。
ちらりと振り返った私の数メートル後ろで、男の子はわき腹をかかえて、うずくまっていました。
それからも、私たちのジョギングは続きました。
じょじょに体力がついているのは実感でき、重たかった身体もスッキリし始め、やりがいを感じられるようになります。まあ、現金な私は、ジョギングよりも、彼女のスポーツドリンク目当てでしたがね。
文字通り、疲れが吹き飛んでいく感覚。あれはあなたでも、病みつきになると思います。
ただ、私が飲んでいる間、彼女は決まって、あのヘンテコな手旗信号をするんです。その上、人が近くにいないと、絶対に飲ませてくれないんですよ、そのドリンク。
そんな彼女ですが、学校で海外留学の権利を勝ち取りまして、一年間の別れを告げることになりました。一緒に部屋と荷物の整理を手伝いましたよ。
手前味噌ですが、その時の私は健康そのもの。鏡の中の私も、一時期のおデブさんと同一人物とは思えないスリムな体型で、内心ご満悦。
つい先日の健康診断の結果も、これ以上ない健康体と、太鼓判を押されるくらいで、友人に感謝していました。
そして、出発の直前。彼女は私に告げます。お土産を用意しなくてはいけない、と。
まだ準備があるなら急がないと、という私に対して、彼女は首を横に振りました。
「大丈夫。この日のために、時間をかけて準備をしてきたんだから、ばっちりよ」
頭に疑問符を浮かべる私の前で、彼女はペットボトルを取り出します。あのスポーツドリンクの入っているものでした。
「いっただきまーす」
彼女が私の前でラッパ飲みをし始めたとたん。
私は激しくえずき、胃の中のものを全部戻してしまいました。内臓が一気にボイコットし始めたようで、息がうまく吸えず、身体中の筋肉が引きつってしまったかのように痛みます。
のたうつ私に構わず、彼女はペットボトルの中身を飲み干していき、やがて口を離して、大きなげっぷを一つ。
「うんうん。さすが、あれだけ合成圧縮しただけあるわ。美味かな、美味かな。いいお土産になるわ。ありがとう」
いまだに苦しんでいる私を放って、彼女は満足げな表情を浮かべながら、軽やかな足取りで去っていきました。
その後、私は這いつくばるようにして、病院に飛び込み、お医者さんから驚きの診断結果を受けます。
先日、健康優良と判断されたはずの、私の内臓や血管は、大学生とは思えないほど老化が進んでおり、命に関わるレベルでした。
長いリハビリを経て、ようやく今の体調に戻したんですが、忘れられない経験でしたよ。