湿り気のある生活
ふあ〜、いい天気だな、つぶらや。こんな時こそ、二度寝、三度寝、エンドレス寝をしたいもんだねえ。
それ、永眠じゃねえの? 言葉のアヤって奴だよ。どちらかというと、休日明けの出勤中に、会社が永眠してほしいと思うわい。
実際に永眠されると、俺らの生活が困るんだけどな。なんか働いているとさ、「仕事に生きがいを感じます!」を地でいく人と、「食っていければいいっす!」のスタイルで臨む人の二通りに分かれねえか?
人間、好きな道は捨てたくねえんだけどな……。「たられば」なしの生涯とか、神様もひどいことをしやがる。休みの日くらい、好き勝手しようぜ。
どうする、つぶらや? 今日も泊っていくんだろ? もっとふとんでゴロゴロしたけりゃ構わないぜ。俺もゴロゴロする。
面白い話を聞きたい? ふーん、じゃあ俺たちが寝転がっている「ふとん」についての話をするとしようか。
つぶらやは、天気のいい日とか、ちゃんとふとんは干しているか?
寝ている時ってよ、身体はものすごく汗をかくらしいな。寝起きに体重計に乗ると、がっくり落ちている自分の体重にびっくりする。
特にそんなことはない? お前、ねしなにモノを食っただろう。胃の中に消化しきれていないもんが残っている。
社畜とはいえ、乱れた食生活はどうにかしないと、十年、二十年後が辛いぞ。
どちらにせよ、水分は身体に吸収されたり、汗になったり、小便になったりするわけだ。その影響をダイレクトに受け止めるもの。
それが「ふとん」なわけだな。
俺の友達の友達。彼は大学時代に一人暮らしをしていたらしい。
学校では講義をまじめに受ける奴で、暇さえあれば本を読んでいるような、物静かな奴だったとのこと。友達も講義に関して、色々助けてもらっているうちに、仲良くなったんだってよ。
ある日、友達は、彼の部屋に遊びに行ってもいいか? と尋ねたらしい。
彼は少し困った顔をしたけれど、どうしてもというなら、構わない、という答えだった。
見るからに乗り気ではない。今は引くべきだな、と友達は判断した。だが、他の友人の部屋には、さんざお邪魔していて、マンネリ化している。
しかも、友達は筋金入りのお節介でな。特に掃除が下手な人を見ると、手を貸してやりたくてたまらなくなるんだ。
友達を引っ張り上げたくない、というのは思った以上のゴミ屋敷なのかな、と想像する。
手ごたえのある掃除ができるかも、と友達は期待に胸を膨らませていたってよ。
そんで、友達が彼の部屋に来られたのは、半年後のことだ。彼のいう「どうしても」の強権を発動したんだよ。
部屋に着くまでの間、彼は「自分の部屋がどんな状態だとしても、勘弁して欲しい」と何度も念を押していた。
「これは、思った以上の大物か」とワクワクしていた友達。もはや世話焼き女房になりそうな勢いだった。
そして友達の部屋にやってくる。小さなアパートの一階の角部屋だ。
中に入れてもらい、部屋をのぞいたが、何ということはない。それなりに整っていて、友達は拍子抜けした。ただ、ふとんは引きっぱなしだったが。
彼が飲み物を用意してくれて、くっちゃべりだしたけれど、どこか妙なんだ。
昼間だというのに、友達は一向に雨戸を開けようとしないで、明かりをこうこうとつけている。洗濯物を部屋干ししているためか、気持ち、外に比べて、室内がべどついていた。
この時、友達はざぶとん。彼はふとんの上に座っていたらしい。彼が座り直すたびに、音を立てて、かけぶとんから水がにじんだんだってよ。まるで、皿を洗う時のスポンジのようにな。
たちまち友達は、おぞましいイメージに、顔をしかめた。恐る恐る彼に尋ねてみると、ふとんはもう干さなくなって、久しいということだった。
よくみると、ふとんのあちこちに、黒ずんだ色の何かがこびりついている。こんなものにくるまっていたら、身体を壊すのも時間の問題だ。
その日はちょうど天気も良かった。ふとんを干そう、と友達は提案したんだが、彼はあまり良い顔をしなかった。どうして、そんなに嫌がるのかを尋ねても、答えられないという彼。
だが、ふとんだけでなく、敷いた畳まで湿っている。これでは床が腐っていってしまうのは間違いない。
友達は、彼に向かって熱心に清潔の大切さを説く。陽の光に当てなければ、健康を損なうぞ、と。
彼も再三の説得にうんざりしたのか、ふとん干しを許可する。ただし、それが済んだらすぐに帰ってもらう、という条件付きで。
何をそんなに嫌がるのか、分かりかねる友達。結局、友達がふとんを干すまでの間、彼が手を貸してくることはなかった。それどころか、部屋の中をうろうろして、少しも落ち着かなった。
「帰ってくれ。今すぐに」
礼も言わず、彼は告げる。静かだが、厳しい口調だった。
不満と疑問だらけのまま、友達は部屋を追い出されてしまう。学校で会う時とは、別人のような、拒み方だった。
彼はどうして、あそこまで頑なになるのだろう。友達の疑問は、ほどなく氷解することになる。
友達はアパートの敷地内を出るやいなや、カラスの鳴き声が聞こえた。
見上げると、自分と同じくらいの大きさのカラスが、フンをするところだった。そのフンはあやまたず、干したばかりのふとんを直撃した。
ついてない、と友達は思ったが、次の瞬間、雷のような音が上空に響き渡った。
何事かと見上げた瞳の先。
青い空に、一滴落としたような黒雲が広がっていた。そして、その雲がピカピカと光った瞬間。
干してあったふとんが、火だるまになった。ベランダの手すりが焦げて嫌な臭いを出す。
だが、それを見越していたかのように、消火器を片手に窓を開ける友達。思い切りレバーを引いて、ベランダは消火剤まみれ。けれども火事は防がれた。
友達は今でも、その時の彼の顔を忘れられないらしい。
哀しみでも怒りでもない。
まるで無機物を見つめるように、まっさらな表情で、じっと友達を見下ろしていたんだとよ。