あなたが認める金銭価値(ホラー/★★★)
お〜い、つぶらや。お金貸してくれよ〜。
理由を幼稚園児にもわかるように、十文字以内で説明しろ?
は・ら・が・減・っ・た・か・ら・で・す。
幼稚園児に「はら」という言い方は通用しない?
え〜、まじ? お前、遠回しに金貸したくないだけだろ。
へん、いいですよ〜。俺は水でもあおってますよ〜。どけち。
あ〜あ、給料日前はきついなあ。
今月は特に物入りだったんだぜ。普段の倍近い出費だよ。
何に費やしたかって? スーツだよスーツ。
まとめて虫にくわれやがって、そのまんまじゃ仕事になりゃしねえ。ちょっと質のいい奴を三着買ったら、財布が吹っ飛んじまったよ。
え? もっと趣味に走ったものを買ったと思った? お前がどういう目で俺を見ているかがよく分かったよ……。
そうやって俺たちをきりきり舞いさせる金、これを巡って面白い話がある。どうだ、唐揚げ一個と交換で、聞いてみないか?
現在の日本の通貨だが、硬貨と紙幣があるのは知っての通りだ。しかも紙の方が値段で見た時の価値が高いんだから、不思議な世界だよな。
つぶらやも知っての通り、日本では江戸時代までは「金」で作られた小判が、貨幣として扱われた。それが明治に入ってから、紙幣にシフトしていったんだな。
いきなり、紙が金と同じ価値がある、なんていっても誰も信用しないから、最初のうちは紙幣と同価値の金を取り換えることができたそうだぜ。それがこなれていくにつれて、金と交換できなくても、紙幣はそれ単独で力を発揮するようになった。
すべては国の保障にかかっている。何かあれば、紙くずに成り下がるんだ。だが、逆の見方をすれば、つたなく思えても、認められれば価値がある、ということだぜ。
俺が小学校にあがる少し前のことだ。
近所の公園は子供たちのたまり場で、その日もたくさんの子供がいた。
子供の数に対して、遊具の数は明らかに足りない。必然的に力の強い、でかい連中に遊び場を追われ、弱っちい奴らは隅っこで、いじいじしていなけりゃならなかった。
俺も口なら勝ち目はあるんだが、手足が出るともうだめだね。こてんこてんにやられる。
毎回、隅に追いやられる俺に、ある日、女の子が話しかけてきた。
黒髪をポニーテールにしてて、目のくりくりした子だったな。何度か見かけたことがあった。
「おままごとしよ」
女の子はそう言って、紙っぺらを取り出したんだ。
当時はヘンテコな記号が書かれた、紙だなあと思っていたんだが、今、考えてみると色々な地図記号をごちゃ混ぜにしたような、調和のとれた混沌とでもいうべき絵柄だった。
彼女が提案してきたのは、買い物ごっこ。
この記号が書かれた、へんてこな紙をお金にして、買い物をしようというわけだ。売り物は自分の手で届く限り、自由。お金に関しても、この紙っぺらと同じものを作れば、いくらでも補充ができる。
週に一回、この公園で商品を持ち寄り、お金を出して買い物をする。そんな遊びだった。
どうせ、ブランコとかを取られてしまうんだから、どんな遊びでもいいかって思ったよ。所詮はおままごとなんだから、とね。
その子との最初のやり取りは、俺がくたびれたソフトボール。その子がへこんだピンポン玉を持って来た。
取り決めの通り、俺たちはそれぞれ持ち寄ったお金で「売り買い」をして、それぞれの道具で遊んだんだ。この時、俺はおままごとなんだから、遊びが終われば道具が返ってくると考えていたよ。
ところが、帰る時になっても彼女はボールを離そうとしない。
「ぼくのボール返せよ」と詰め寄ると、女の子は不思議そうな顔をした。
「だって、君、私に売ったよね? これ、もう私のものよ」
当時の俺は、めちゃくちゃ頭に来てな。無理やりボールをぶんどって、ピンポン玉を女の子に突っ返して、家まで一目散さ。「ふざけんな、あんちくしょう」と思ったね。
だがな、寝る時も大事に抱きかかえていたソフトボール。翌日には、影も形もなかった。代わりに俺はピンポン玉を抱いていたんだ。
冷や汗をかいたぜ。俺んちは厳重な戸締りが自慢なんだ。そんじょそこらの泥棒じゃ、たちまち通報されちまうような、セキュリティ祭り。それをかいくぐって、俺のボールを盗むことなど、できやしない。
きっと何かの間違いだと、翌日、公園に向かった俺。
あの女の子が、俺のソフトボールを空に投げて、一人キャッチボールをしていた。やがて俺に気づくと、にんまり笑う。その笑みは鳥肌が立つほど、きれいだったぜ。
俺は直感的に、お金を払わなくちゃ、取り戻せないと分かった。
家で必死にノートを切り、お札を大量に刷って、女の子の下に持っていく。
女の子はニヤニヤ笑っているだけ。あたかも「それっぽっちとか、虫が良すぎない?」とでも言いたげだった。
乱暴な態度をとった、自分に落ち度がある。そう思い込んだ俺は、「どうすればいい?」と彼女に尋ねちまった。だが、すぐにそれは間違いだったと俺は気づくことになる。
彼女はお金に加えて、グローブを要求してきた。バカな俺は、グローブを渡し、ボールを返してもらう。当然、グローブがないから、友達とのソフトボールに参加できない。
約束を反故にしようとしても無駄。彼女にちゃんと返してもらうまで、俺が持って来たはずの道具は、いつも彼女のもとに返っていく。
彼女が求めるものは、どんどんエスカレートしていった。俺はそれをバカみたいな金と、それ以上の品物を用意して取り返す。質屋とか中古屋とかとは段違いの、恐ろしい何かに巻き込まれていたと、今でも思うよ。
そして、彼女から取り返すべきものが、親父のゴルフクラブになった時。
俺は小遣いをはたいてノートを買いあさり、山ほどの紙幣を用意して、彼女との会談に臨んだ。
相変わらず、彼女のにやけたツラはおさまらない。そして「そろそろいいかな」とぽつりとつぶやいて、続けたんだ。
「そのお金と、君をちょうだい」
今までの彼女とは違う、甘ったるい声だった。
恋愛に興味がなかった、当時の俺でさえドキドキしたんだ。思春期に入った男どもなら、あっというまに理性がかっとんだだろうよ。
彼女は背負っていたリュックから、例のお金の山を取り出す。俺の持ち込んだ紙幣の、ざっと倍はあった。
「これも全部あげる。だから、ねえ……」
彼女の両手が、俺の首に絡まる。心なしか、漏らす息まで色がかかっているように感じられた。
鼻をくすぐる匂いに、俺が彼女の求めに応じかけた時。
「何をしているんだ!」
俺の親父の怒鳴り声だった。反射的にびくりと肩をすくめて、振り返ったよ。
さっきまでは明るかったのに、振り返った途端、辺りは夜になっちまっていた。
彼女の姿はどこにもなく、山ほどの紙幣と、親父のゴルフクラブだけが、公園の砂利の上に横たわっていた。
それから親父にさんざんどやされて、俺は泣きまくったよ。そして、彼女がいなくなったことで、あの金も価値を失ったらしい。俺のものが消えることも、ぱったり止まった。
だが、やっぱりあの時、俺は彼女に一部を持っていかれちまったらしい。
二カ月前はケガ。一カ月前は病気。そして今月はこのスーツ。
どれも不可抗力だった。
毎月、俺の財布から現金が、彼女の下へと飛んで行ってるんじゃないかと思うんだ。