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やりがいのあるバイトです (ホラー/★★★)

 来たな、つぶらや。

 いや、貴重な休みがかぶるっていうからさ、のんびり宅飲みでもしようと思ったんだ。付き合ってくれて、ありがとよ。

 それにして、大学時代はアホなことをしたもんだ。

 中でも一番毒されていたのが、二人で泊まり込み執筆した時かねえ。

 タッチが似ているから合作しようなんて、よく思い切った真似をしたもんだ。でも、顔を付き合わせないと、すり合わせが面倒だしな。

 パソコンとにらみあって、キーボード打って、疲れたらネットして、業務用スーパーで食料買って、バカ食いして、アホ飲みして、酔いどれ執筆だもんなあ。それも一週間だぜ。

 今じゃ一週間の休みなんて聞いたら、新手のサギじゃないかと疑ってかかるよ。休んだ分の給料の勘定とかもしちまうし、年は取りたくねえなあ、まったく。

 金といえば、大学時代に色々バイトしたっけ。稼ぎすぎないように気をつけていたけど、妙なバイトもいくつかあったなあ。

 ん、聞きたいか、つぶらや。じゃあ、酔わねえうちに、話すとするか。


 学生時代の俺は、執筆ももちろんだが、バイトにも力を入れていた。

 知っての通り、俺の小説はリアリティ重視だからな。本を読むだけじゃ分からねえ、生の体験って何よりの材料よ。

 ドカタからチラシの折り込みまで、全部、題材とするために集中してやったぜ。

 そして、バイト生活をしていると、だいたい仕事の相場が見えてくる。俺の場合は、広告と時給を照らし合わせた時のリスクを管理することができるようになるんだ。

 条件を見ただけで、裏があったり、ヤバ気な雰囲気がするバイトを判断できるってとこか。取材のためにあえて飛び込んだこともあったがな。

 今回、話すのは、その中でも、一番ヤバいと思ったバイトについてだ。


 ゴールデンウィーク。たまたま土日が前にくっついた、五連休の前日。

 その話は、ありふれた求人情報冊子の隅っこに載っていた。

 三日間の泊まり込み。体一つで大丈夫だという触れ込みだったな。

 時給を見ると、俺の判断じゃグレーゾーンだった。高過ぎず、安過ぎず、不信感を持たせないように上手く価格調整している。

 地雷だとしても、楽しんでやるかってノリで、速攻で電話した。

 電話口に出たのは、若そうな男の声。

 名前、電話番号、住所を確認された後、明日からお願いしますって、即採用。

 ただ、指定された場所が事務所とかじゃなくて、うちの近くの電信柱だったんだ。


 翌日。指定された時間に電信柱の下に行くと、一人の若い男が立っていた。

 黒の半袖と白い長袖を重ねた、レイヤードルックにジーンズ。カジュアルな服装を見て、逆に警戒しちまいそうだったが、表に出さないようにしてあいさつした。

 向こうも俺だと分かると、自己紹介をしたあと、付いてきてほしいといって、先に歩き出したんだ。

 載っていた住所はここから遠い。近くに車でもあるのか、それとも事務所とは別の場所で仕事をするのかは分からなかったが、俺は言われた通りにした。


 だがな、どうも妙なんだよ。

 その兄ちゃん、最初の角を右に曲がったんだ。すると、次も最初の角を右折。その次も、その次も。

 そうしたらさ、普通は元の位置に戻るだろ。

 戻らなかったんだ、これが。周りの景色は似ているけど、よく見ると違う。

 何より、近くにあったはずの俺の家、跡形もなかったぜ。

 こいつは予想以上にヤベえぞ、って鳥肌がたった。でも逃げ出せなかった。

 逃げたら、戻ることすらできねえかも知れなかったからな。


 何度ぐるぐる回ったか分からない。

 気づくと俺は、周りに家がないだだっ広い空き地に案内されていた。テニスコート二、三面分くらいはあったかなあ。

 空き地の入り口以外は、俺の数倍はあろうかというブロック塀で囲まれている。

 中央に井戸とバケツ。奥まった場所にはプレハブ小屋。

 そして、空き地のところどころには、加湿器が置かれていた。

 だが、サイズが尋常じゃない。ドラム缶ばりのでかさで、何リットル水を入れるつもりだ、と頭の中で突っ込んじまったくらいだ。


 レイヤードの兄ちゃんは言った。今から六時間、この加湿器の面倒を見てほしい。量が少なくなった加湿器は、やかんのように音を出す。それを聞いたら、中央の井戸から水を汲んで注いでほしい。

 わけあって、バケツが一つしかないので、いくつも汲み置きはできないから注意してほしい。時間になったら、また来るので、次の日まで奥のプレハブ小屋で休んでもらう。

 そしてバイトが終わるまで、この空き地から出ないことを約束させられた。

 元々、逃げたところで帰れる保証はねえ。腹くくるしかなかったさ。携帯も圏外で、誰かと連絡を取ることもできなかったしな。


 一日目はさほど忙しくなかった。十分おきくらいに、順番に音がするから、一杯分の汲み置きで何とかなった。

 労働時間以外はプレハブ小屋に閉じ込められたな。外から鍵をかけられてよ。

 小屋の中は食料のほか、娯楽の道具にあふれていた。

 俺の好みの本や、映画のビデオ、ゲーム、ネットの準備までしてある。用意周到過ぎて、快適だが不気味だったよ。

 一応、位置情報の更新もしてみたが、反応しない。ネットができて、携帯が使えないのは変な感じだったが、下手な勘繰りはやめといたぜ。


 二日目も何とかなった。小屋に閉じ込められていた間に、新たにドラム缶加湿器がいくつか設置されていたが、三分おきくらいでどうにか間に合った。

 三日目は地獄だった。二日目より更にドラム缶加湿器の数が多い。

 腹を空かせたひなどりみたいに、あっちでピーチク、こっちでパーチク。全然休める暇がねえ。

 必死で井戸から水を汲んで、注いで、汲んで、注いでの繰り返しだ。

 時々、音が止んだ時もあって、やべえって思ったよ。水を切らしちまったんだ。

 もういっそサボろうかとも考えたが、ここにあんな連れ込み方をする奴らだ。機嫌を損ねたら、日常にグッバイせざるを得ないかも知れない。


 水まきマシーンになる一歩直前で、あの兄ちゃんがやって来て、バイトの終わりを告げられたよ。

 バイト代は本来もらえる額より、多少、差っ引かれてた。

 兄ちゃんは何も言わなかったけど、あのミスをどこかで見ていたんだろう。サボらんで良かった、と心底安心したぜ。

 兄ちゃんは家まで送ると言ってきて、俺もすぐに同意。

 今度は左折、左折を繰り返して、何度目か分からないぐるぐるの果てに、我が家が見えて疲れがどっと出た。兄ちゃんは最後に挨拶すると、また来た道を戻っていく。

 追う元気もなかった俺は、残りの休みを寝て過ごしたよ。


 それから、あの兄ちゃんに会うことはなかった。

 右折を繰り返した兄ちゃんの真似も、何度か試したが同じ場所に戻ってくるばかりだったよ。あの空き地がどこだったのか、もう分からねえ。

 バイト代としてもらったお金は本物だ。支払いにも両替にも使えた。気持ち悪いから、全部、雑貨に変えちまったけれど。

 そして、一カ月後に梅雨がやってきた。

 全国的に大雨が続いたけれど、この辺りは、なぜか全然雨が降らなかったよ。

 ちょうど、神様の水桶が、空っぽになっちまったみたいに、な。


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