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寄りてみるに(ホラー/★★★)

 つぶらやさん、女の子に囲まれるシチュエーションって、どう思います?

 僕だって男です。そりゃ、うらやましいと思っていますよ、正直。でも、実際に囲まれた時のことを考えてみてください。

 彼女らを一斉に愛せないって、問題じゃないですか? 平等に愛せれば一夫多妻OKだなんて決まりごとがあるそうですけど、全員を愛そうとした時に、身体は一つしかありません。

 ひとりひとり、順番に同じ時間をかけて、同じ方法で愛したとしても、その日、その時は二度とやってきません。個々人でタイムラグがある上に、相手が感じる愛情に、差異が生まれます。これって平等と言えるのですか?

 どうして、こんな哲学的なことを言い始めたか?

 実は、昨日、友達と飲みに行きまして、ちょっと昔を思い出しちゃったんです。興味があったら、休み時間にお話ししますよ。


 彼とは小学生の時から、ずっと同じ学校で過ごしてきました。

 ルックスは十人並み。勉強やスポーツも目立ったところはなし、その代わり、女の子に対するイタズラならよくやっていましたよ。スカートめくったり、苦手な動物をけしかけたり。

 典型的な相手の気を引こうとして、嫌われるタイプですね。男子からは親しまれるけど、女子からは敬遠されていました。

 それなのに女子が自分から遠ざかるのを「俺を前にして恥ずかしがっている」なんて漏らすもんだから、堅物からも嫌われ者です。ピエロとして見ている分にはいいですけど。

 彼は彼で必死だったのかもしれません。やり方が間違っていただけで。ナルシストな発言も、自分を奮い立たせようとした強がりの可能性もあります。

 なんでもかんでも、口に出しちゃうから、求めるものが遠ざかっていくんですよねえ。


 そんな彼ですが、高校に入った途端、モテモテでしたよ。

 違うクラスになったんで、いつも顔を合わせるわけじゃないんですが、ちょっと遠めに見る時でも、女の子を侍らせているんです。

 本人もニコニコ。女の子たちもニコニコ。見る限りのパラダイスですね。腕なんか絡ませちゃって、桃色の空気が漂ってきそうでしたよ。

 それも日替わりどころか、移動教室のたびに相手の女の子が変わるんです。もう、トイレか授業中以外は、どこでも一緒な勢いでした。

 嫌みの一つでも言ってやろうとしたら「ま、これが俺の真の実力だし」と、ドヤ顔でほざいてきますし。その顔めがけて飛び蹴りかまそうか、真剣に考えましたよ。

 あいつにとっては人生のモテ期。「せいぜい楽しんでろ」なんて負け犬マインドも、僕の中にはありました。


 学校生活が数ヶ月経った頃。

 僕は偶然、男子トイレで彼と一緒になりました。急激なダイエットでもしたかのように、げっそりとした顔つきです。

 ハーレムを満喫しているとは思えない、老けっぷりでした。


「なあ、女につきまとわれるって疲れるな」


 彼は力なくつぶやき、個室に入っていきます。

 僕は「知るか」とばかりに無視しました。女に縁のない僕にしてみれば、一生口にすることはないであろう言葉だったからです。あきれ返って、先に男子トイレを出たところ。

 いたんですよ。いつも彼という花に、やたらと、とまりたがるチョウチョさんたちが。それも一人や二人じゃありません。包囲網という感じでしたね。

 びびりましたよ。マンガとかで見る、親衛隊もかくやです。思わず、足を止めちゃいました。

 そのうちの一人が、彼はもう出てくるか、いそいそした様子で聞いてきました。

 今でもはっきり思い出せますよ。彼女の渇きと焦りがにじんだ瞳を。半端な受け答えが許される空気ではありません。

 彼が個室にこもっていることを素直に伝えると、包囲の一部を解いて、僕を外に出してくれました。そしてすぐにまたトイレを囲みます。

 決して逃がさない、という圧力。僕は思わず、聞いてしまいました。

「彼のどこが、そんなにいいんですか」って。

 さっき尋ねてきた子が、トイレの入り口に目を向けたまま、一言。

「淑女協定」と。


 彼の包囲網を体感してから、数日が経ちました。

 下校する間際、僕は彼に呼び止められたんです。何事かと止めた足に、彼はすがりついてきました。「今日、お前の家に泊めてくれないか」と言ってきたのです。

 わけを聞いてみると、昨日の帰り、彼は家の間近まで来て、驚きました。

 いつもは学校を出れば、自分と離れて、別々に帰っていく彼女たち。その彼女たちが、自分の家の周りで、うろうろしていたそうです。ハサミや試験管を持って。

 本能的にヤバいと感じた彼は、その日はネットカフェで過ごし、家に帰らないまま夜を明かしたとのこと。携帯電話には親からのお叱りの連絡も入ったらしいです。

「そんなの自業自得だろ」と、涙さえ流している彼を、僕は文字通り足蹴にしようとしたところ。


「みぃつけた」


 あの包囲網の女の子たちの声です。僕たちはいつの間にか、彼女たちに囲まれていました。

 突然のことで、僕があっけに取られている間にも、彼女らは彼の身体にまとわりついて、動きを封じます。

 嫌がる彼の頭も無理やり押さえつけると、ハサミを持った子が、汗ばんだ髪の毛を。試験管を持った子が、頬を伝う涙を。それぞれ回収していきます。

 彼は必死に叫ぼうとしますが、別の女の子にハサミを突きつけられて、黙り込んでしまいました。そして、僕も喉首にハサミをあてられて、何もできません。背中を冷たいものが流れ落ちていきましたよ。

 

 終わった時、彼は中途半端な坊主頭になっていました。


「今日のこと、他言無用だからね」


 十数本のハサミを突きつけられながらでは、僕も彼もうなずくことしかできません。彼女らはご満悦といった表情で帰っていきました。

 その後の僕らは、彼女らにすっかり怯えてしまい、警察にも相談できませんでした。

 彼女らの方も、彼につきまとうことはぴたりと止めてしまい、その様子を邪推して、クラス中は彼を蔑むような眼で見ながら、冷たい笑いを投げかけました。

 そして彼は、卒業するまで、髪を伸ばすことなく、女の子に近寄ることも、一切しなかったということです。


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