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まことの勝者(歴史・ヒューマンドラマ/★)

 ちくしょ〜、今回も一次選考落ちかよ! 自信あったのにな。

 ――参加者の中の二十分の一に絞るんだ、そんな時もあるさ?

 ちっ、理屈は分かるさ。二十分の十九に入る方が、凡百の器にぴったりだってな。二十分の一に入る方が異常なんだってな。

 だがよ、選考だって勝負なんだぜ。勝負はとにかく勝つことだ。

 別にルール無用とか、乱暴なことをするわけじゃねえ。トーナメントの優勝者っていうのも、結局は勝ち続けたから、手にした栄光だろ? 

 サッカーのベッケンバウアーも言ってんじゃねえか。「強い者が勝つのではない。勝った者が強いんだ」ってな。


 まあ、世の中には試合に勝って、勝負に負ける、なんてケースもある。負け惜しみと言われようが、今回もその隠された勝負にくらい勝っていて欲しいもんだ。

 ――言い分が矛盾して、まるで意味が分からん?

 すまねえな。昔、聞いたことがある、話になるんだけどよ。


 一般からの公募という奴は、歴史上、ずっと昔から行われている。

 武勲であれば士分に取り立てられるし、学問であれば役人に取り立てられる。自分の力をアピールするには、絶好の機会だろうな。

 当然、参加者はあふれかえる。その中から選ばれるのは、本当に一握りだ。

 利益をもたらさねえザコを飼っておく余裕なんざないから、募集をかけているんだ。組織の威信とかにも関わってくる。

 だがよ、その影では何倍、何十倍、何百倍の人たちの涙が流されているんだぜ。


 その領地では、先代が病で夭折してな。まだ十歳にも満たない息子が、跡を継ぐことになった。

 そうなると、この幼い殿を操って、自分の思い通りに政治を進めようとする輩が出てくるんだよなあ。家臣の一部が、執政役を買って出てな、保守組との暗闘が繰り広げられる様相を呈してきた。

 だが、新当主は迷いなく、次々と政策を打ち出した。内政、外交、調略……どれをとっても、スキがない。いかに乱世とはいえ、十歳足らずの子が提案できるとは、とうてい思えない、したたかさを持ち合わせた、合理的な戦略。

 先代が、予め仕込んでおいたのだろう。家臣たちの間で、感嘆と悔しさをにじませた声が漂う。

 けれども、それらの政策の中に、多くの者が首を傾げるものが混じっていた。


 住んでいる民たちからの、標語の募集だ。生活をする上で、心に浮かび、訓戒としたい内容を短い言葉でしたためて、規定の手順で募るとのことだった。

 入選した者には、出来に応じた褒美をさずける。参加資格に制限はなし、とのことだった。

 殿様から直々に褒美を賜るなど、民たちにとって余りある名誉。人々はこぞって字を習い、応募をしたらしい。

 施しならば、もっと大々的に行えばいいのにと、当初は思っていた家臣たちも、それなりに納得した。

 褒美を得るために、人々は文字を習い、暮らしと社会に目を向ける。領民の識字率と政治意識を高めさせる策かと思ったんだ。何度か家臣が疑問を投げかけたけど、「父上がおっしゃったことだ」と幼い領主は答えたようだぜ。


 この標語募集は、数ヶ月に一回行われ続けた。その度、万にも及ぶ標語が集まり、選ばれるのは、わずか三つ。それ以外の標語は、すべて領主たちの手で処分されることになる。

 栄誉を勝ち取った作者は、城下にほど近い、専用の住まいで居住することを許可されたそうだ。数知れない妬みや僻みから身を護るべく、領主が用意してくれたらしい。

 この特別扱いがますます人々の意欲を煽り、日々、多くの標語が生み出され、しかし、その大半は採用されずに消えていった。


 すでに公募が二十回を超える頃、毎回応募しているにも関わらず、落選している家臣がいた。

 彼の家は行政文書を発行する文官、「右筆衆」の一員だったんだ。幼いころから学問にはげみ、自分の頭には少しく自信があった。

 標語募集の文書を書いたのも、彼の家だった。それが二十回を超える公募に毎回参加して、先っぽほどにもかすらない。

 資格不問である以上、ひいきはされていないはず。言葉では分かっていても、彼の心の中は徐々に黒く染まっていった。

 結果が伴わなければ、意味がない。自分から労力だけ搾り取りやがって、と恨み言さえ漏らす始末。自分には認められるだけの才があるはずだと、誇りばかりが高かった。

 

 そんな彼が、夜遅くまで文書をしたためていた時の事。

 わずかな物音を聞きつけて、でどころに向かってみると、自分の幼い殿が何名かの供を連れて、屋敷の外に出ていくところだった。見覚えのある箱を抱えて。

 夜分にどこへ向かわれるというのか。しかも、ちらりと見えたあの箱は、入選しなかった標語たちのはず。

 にわかに興味が湧いた彼は、足音を忍ばせて、一行の後をついていく。

 

 君主たちが辿った道筋は、彼もよく承知していた。

 君主や家臣の家族、戦没者が眠る、特別な墓地への道。木々が風にざわめく中、墓地に足を踏み入れた領主は、まっすぐ戦没者のために建てられた墓石に向かう。

 様子をのぞこうと、彼も墓場に入り込んだ。が、気配を消すすべを持っていたわけではない。たちまち供のものに感づかれて、捕らえられ、殿の前に召し出された。

 殿は彼の顔を見て、「ふふん」と笑ったらしい。いずれ、この時が来ると予想していたかのような、余裕が漏れていた。

「そこで見ておれ」と言い置いて、殿は抱えた箱を開ける。


「我が臣、我が民の、知恵と熱意と無念の産物、受け取るがよい」


 殿は箱の中身を、空に向かって盛大に振りまいた。

 風に乗り、舞い上がっていく紙片。

 だが、それらはほどなく、火の手もないのに炎に巻かれ、おのずと灰になって散っていく。それは無数の紙たちが、風に乗って織り成す、炎の渦だった。

 彼が、この自然発火の現象にあっけに取られていると、殿は話し始めた。


 先代が亡くなられる直前、夢を見たのだという。

 この墓場に眠る亡者たちが、生きていた時の姿で、土の中からはい出てくる。その手に筆と紙片を携え、必死に何かを書きつけていたという夢。

 易者の話では、果たせなかった願望の嘆願らしい。放っておけば、領内を祟ることになる。

 収めるには、生きながらにして果たせない、生者の無念を供え、傷を舐め合わせろとのこと。そして、先代が息子に言い残したのが、標語募集だった。

 表彰は、生者を納得させる方便。死者を納得させるのは、敗者の無念。


「そなたの毎回の応募、大儀である。そなたの思いがあって、この国は支えられているのだ。心の正も負も、それがしに捧げてくれ。それがしはすべてを飲み、国を導こうぞ」


 それからの彼は、今までにも増して、深い忠義を殿に捧げたらしい。

 公募は続き、相変わらずの落選ばかりだが、もう後ろ向きな感情に囚われたりしなかった。

 自分こそが国を支えている、まことの勝者なのだと、揺るぎない自信を持てたのだから。


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