表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/3094

痛よく亡を制す(歴史・ホラー/★★)

 やあ、こーくん。見舞いに来たよ。

 うわ〜、これはまた派手にやったね。大丈夫?

 今はしゃべるのもきつい。痛みに集中したい?

 こりゃこりゃ、こーくんがそんなことを言うんじゃ、相当なもんだね。

 そんじゃ、一方的に話をさせてもらおうか。


 みんなは相変わらず元気だよ。そのうち、病院に来てくれるって。もうじき県の統一テストがあってさ、めんどいから、サボろうかどうしようか考えているみたい。

 僕はもちろん受けるよ。志望校との距離を、少しでも把握しておきたいからね。正直、苦痛ではあるけれど、未来への投資ってやつさ。

 痛みってさ、感じなければいいのにって思う時あるよね。だけどさ、憎い相手が痛がったり、苦しんでいるのを見ると、どうして気分がすっとするんだろう。

 生物的には、命の危険を知らせる仕組みの一つ、痛み。じゃあ、社会的にはどんな仕組みに組み込まれていたか。

 いかにも、こーちゃんの好きそうな話を仕入れてきたよ。楽にして聞いてね。

 

 社会で習ったけどさ、江戸時代の士農工商の下に「えた・ひにん」という身分が存在したこと、こーくんも知っているよね?

「えた」は伝統ある革職人で、仕事上、仏教で嫌われる殺生をするから差別される。

「ひにん」は代々そのような身分だったり、犯罪者とかがこの身分に落とされて、地域によっては、刑の執行とかを担当したみたい。

 日本の処刑で、ひにんが担当するものにはさ、「はりつけ」の刑が多かったと聞くよ。

 知っての通り、柱にくくりつけてさ。左右のわき腹から、ドスンドスン……うーん、想像しただけでぶるっちゃうね。

 だけどね、刑罰の裏では、変わった役目を請け負っている人もいたんだよ。


 江戸時代のある藩では、ほとんどの刑の執行をひにんが請け負っていた。

 公開処刑は見せしめの意味もあり、日取りが決まって準備が整うと、人々はこぞって刑場に集まった。

 今でいえば、ホラー映画を見るような感覚だったかも知れない。罪人がどんなにむごたらしい目に遭ったとしても、所詮は他人事。

 命の叫びを目にし、耳にしても、命の危機はそこにない。人間の脳みそって、恐怖と快感を同じ場所で感じる、と聞いたことがあるよ。極限の恐怖に、一線を引くことができれば、極上の快楽に変わるんじゃないかな。


 その日は火あぶりだった。放火をした集団がひっとらえられて、市中を引き回された上で、火をかけられたらしい。

 折しも、海からの横殴りの風が、強烈に吹いた。

 火は燃えたり消えたりを繰り返して、罪人たちは一思いに死ぬことは叶わず、獣じみた咆哮が辺りに響き渡ったらしいよ。

 処刑に立ち会う人々の中には、見てはいられない、と目を背ける者も出始めた。だけど、人ごみから少し外れたところで。


 ぽつんと、一人の少女が立っていた。服はぼろぼろ、髪の毛もしらみだらけで、彼女の周囲に近寄ろうとする人はいない。まさに彼女は陸の孤島のごとき立ち位置だった。

 そんな彼女が抱えていたのが、骨壺だった。表には幾何学模様を組み合わせたような、複雑な図形が描かれたお札を貼り付け、壺の口を開いたまま、じっとたたずんでいたんだって。そして、刑の執行が済むと、風のようにその場を立ち去ってしまう。

 妖怪や物の怪ではないか、というウワサも広がった。彼女はあちらこちらの刑場に壺を持って出没し、罪人の断末魔を聞き届けた。

 どんなに凄惨な光景が繰り広げられようと、顔色一つ変えないその様から、死神の落とし子ではないか、とも囁かれたけど、誰かを害するわけではない。ただ、最期を看取るだけ。

 下手にいたぶって、何かあったら面倒だ、とばかりに人々はますます彼女から距離をとったそうだよ。


 処罰する者がまばらになって、しばらく経ったころ。

 町のあちらこちらで、変死体が見つかる事件が起こった。その有様が、全身焼け焦げていたり、身体中、とがったもので刺されたように、蜂の巣になっていたりと、当時の処刑と同じ方法で処されたとしか思えない、不気味な姿ばかりだったんだ。

 それに居合わせた者たちは、きっと思っただろうね。あの小娘の仕業だと。

 けれど、処刑がない時の彼女の暮らしを知る者は、誰もいなかった。処刑がある時にはどこからともなくやって来るのだけど、誰かが近づこうとすると、とてつもない足の早さで逃げ去ってしまう。

 人々は眠れない晩に、怯えていたよ。


 深夜。

 火の用心のために拍子木を鳴らしていた夜番が、提灯の明かりの中に照らし出される、いくつかの人影に出会った。

 夜遅い出歩きを咎めようとした時、人影の手元から光が一閃する。無骨な十文字槍だった。

 その穂先が提灯を掠め、中のロウソクが両断される。訪れた闇の中で、彼が目にしたのはギラギラと光る、いくつもの刃物だった。

 それらが夜番目がけて、一斉に振り上げられた時。


「まだ、こんなところをさまよっているのね」


 闇の中からすっと、死神の落とし子が姿を現した。

 右手は火のついた細いロウソクをわしづかみにしている。溶けたロウが彼女の手をなめているのだが、一向に怯む様子はない。

 彼女は、ふところから例の骨壺を出して、地面に置く。すでに振り下ろされかけていた、刃物の動きがぴたりと止まった。

 同時に、闇の奥からおめき叫ぶ声が漏れてくる。


「死する苦しみ、存分に思い出して」


 彼女が骨壺を蹴り飛ばした。蓋があき、壺は地面を転がる。

 悲鳴はますます大きくなった。何人いるのか、どのような目に遭っているのか、想像するしかない、苦悶のあえぎ。

 それがすっかり消えた時、少女は壺を手に取って、蓋をし、夜番に会釈する。

 夜番が立ち上がり、明かりをつけるころには、彼女の姿はどこにもなかったみたいだよ。


 それからも彼女は、刑場に姿を現し続けた。

 その胸には、変わらず骨壺を抱いて。

 時々、役人に彼女のことを訴え出る者がいても、追及の手が伸びたためしは、ついになかったという話だよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ