痛よく亡を制す(歴史・ホラー/★★)
やあ、こーくん。見舞いに来たよ。
うわ〜、これはまた派手にやったね。大丈夫?
今はしゃべるのもきつい。痛みに集中したい?
こりゃこりゃ、こーくんがそんなことを言うんじゃ、相当なもんだね。
そんじゃ、一方的に話をさせてもらおうか。
みんなは相変わらず元気だよ。そのうち、病院に来てくれるって。もうじき県の統一テストがあってさ、めんどいから、サボろうかどうしようか考えているみたい。
僕はもちろん受けるよ。志望校との距離を、少しでも把握しておきたいからね。正直、苦痛ではあるけれど、未来への投資ってやつさ。
痛みってさ、感じなければいいのにって思う時あるよね。だけどさ、憎い相手が痛がったり、苦しんでいるのを見ると、どうして気分がすっとするんだろう。
生物的には、命の危険を知らせる仕組みの一つ、痛み。じゃあ、社会的にはどんな仕組みに組み込まれていたか。
いかにも、こーちゃんの好きそうな話を仕入れてきたよ。楽にして聞いてね。
社会で習ったけどさ、江戸時代の士農工商の下に「えた・ひにん」という身分が存在したこと、こーくんも知っているよね?
「えた」は伝統ある革職人で、仕事上、仏教で嫌われる殺生をするから差別される。
「ひにん」は代々そのような身分だったり、犯罪者とかがこの身分に落とされて、地域によっては、刑の執行とかを担当したみたい。
日本の処刑で、ひにんが担当するものにはさ、「はりつけ」の刑が多かったと聞くよ。
知っての通り、柱にくくりつけてさ。左右のわき腹から、ドスンドスン……うーん、想像しただけでぶるっちゃうね。
だけどね、刑罰の裏では、変わった役目を請け負っている人もいたんだよ。
江戸時代のある藩では、ほとんどの刑の執行をひにんが請け負っていた。
公開処刑は見せしめの意味もあり、日取りが決まって準備が整うと、人々はこぞって刑場に集まった。
今でいえば、ホラー映画を見るような感覚だったかも知れない。罪人がどんなにむごたらしい目に遭ったとしても、所詮は他人事。
命の叫びを目にし、耳にしても、命の危機はそこにない。人間の脳みそって、恐怖と快感を同じ場所で感じる、と聞いたことがあるよ。極限の恐怖に、一線を引くことができれば、極上の快楽に変わるんじゃないかな。
その日は火あぶりだった。放火をした集団がひっとらえられて、市中を引き回された上で、火をかけられたらしい。
折しも、海からの横殴りの風が、強烈に吹いた。
火は燃えたり消えたりを繰り返して、罪人たちは一思いに死ぬことは叶わず、獣じみた咆哮が辺りに響き渡ったらしいよ。
処刑に立ち会う人々の中には、見てはいられない、と目を背ける者も出始めた。だけど、人ごみから少し外れたところで。
ぽつんと、一人の少女が立っていた。服はぼろぼろ、髪の毛もしらみだらけで、彼女の周囲に近寄ろうとする人はいない。まさに彼女は陸の孤島のごとき立ち位置だった。
そんな彼女が抱えていたのが、骨壺だった。表には幾何学模様を組み合わせたような、複雑な図形が描かれたお札を貼り付け、壺の口を開いたまま、じっとたたずんでいたんだって。そして、刑の執行が済むと、風のようにその場を立ち去ってしまう。
妖怪や物の怪ではないか、というウワサも広がった。彼女はあちらこちらの刑場に壺を持って出没し、罪人の断末魔を聞き届けた。
どんなに凄惨な光景が繰り広げられようと、顔色一つ変えないその様から、死神の落とし子ではないか、とも囁かれたけど、誰かを害するわけではない。ただ、最期を看取るだけ。
下手にいたぶって、何かあったら面倒だ、とばかりに人々はますます彼女から距離をとったそうだよ。
処罰する者がまばらになって、しばらく経ったころ。
町のあちらこちらで、変死体が見つかる事件が起こった。その有様が、全身焼け焦げていたり、身体中、とがったもので刺されたように、蜂の巣になっていたりと、当時の処刑と同じ方法で処されたとしか思えない、不気味な姿ばかりだったんだ。
それに居合わせた者たちは、きっと思っただろうね。あの小娘の仕業だと。
けれど、処刑がない時の彼女の暮らしを知る者は、誰もいなかった。処刑がある時にはどこからともなくやって来るのだけど、誰かが近づこうとすると、とてつもない足の早さで逃げ去ってしまう。
人々は眠れない晩に、怯えていたよ。
深夜。
火の用心のために拍子木を鳴らしていた夜番が、提灯の明かりの中に照らし出される、いくつかの人影に出会った。
夜遅い出歩きを咎めようとした時、人影の手元から光が一閃する。無骨な十文字槍だった。
その穂先が提灯を掠め、中のロウソクが両断される。訪れた闇の中で、彼が目にしたのはギラギラと光る、いくつもの刃物だった。
それらが夜番目がけて、一斉に振り上げられた時。
「まだ、こんなところをさまよっているのね」
闇の中からすっと、死神の落とし子が姿を現した。
右手は火のついた細いロウソクをわしづかみにしている。溶けたロウが彼女の手をなめているのだが、一向に怯む様子はない。
彼女は、ふところから例の骨壺を出して、地面に置く。すでに振り下ろされかけていた、刃物の動きがぴたりと止まった。
同時に、闇の奥からおめき叫ぶ声が漏れてくる。
「死する苦しみ、存分に思い出して」
彼女が骨壺を蹴り飛ばした。蓋があき、壺は地面を転がる。
悲鳴はますます大きくなった。何人いるのか、どのような目に遭っているのか、想像するしかない、苦悶のあえぎ。
それがすっかり消えた時、少女は壺を手に取って、蓋をし、夜番に会釈する。
夜番が立ち上がり、明かりをつけるころには、彼女の姿はどこにもなかったみたいだよ。
それからも彼女は、刑場に姿を現し続けた。
その胸には、変わらず骨壺を抱いて。
時々、役人に彼女のことを訴え出る者がいても、追及の手が伸びたためしは、ついになかったという話だよ。