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消費者市場(SF/★★)

 おう、つぶらや。選んだか、おつまみ?

 うへえ、乾物ばかりだな。確かに好きなものを選んでいいとはいったけど、これはしょっぱすぎるぜ。やっぱり先回りして、なまもの系を確保しておいてよかったな。

 いんや、乾物もデメリットばかりじゃねえよ。なまものよりは取っておけるから。一人暮らしの身じゃ、少しでもストックできるものはありがてえや。

 大丈夫だとは思うが、賞味期限は見ているだろうな? 期限切れ間近の奴とか、ひょっこり混ざっているから気を付けろよ。食べる以外にも、厄介ごとを運んでくるかも知れないから。

 ふっ、お前なら食いついてくると思ったぜ。だが、店の中だとまずい。俺の家に着いてからにしよう。


 さっきも触れたが、パッケージのあるものは賞味期限だの消費期限だのがついている。うちのお袋の感覚では、冷蔵や冷凍ができるものだと、多少は期限をオーバーしても大丈夫っていう認識だな。

 だが、開封したらなんでも、「お早めにお召し上がりください」だ。空気に触れるだけでも傷みが始まるから。

 コンビニとかでも、日付が入れ替わる直前あたりに、なんとなく買い物かごに突っ込んでいると、期限切れのやつを放り込んでいる場合がある。たいてい、店員さんが謝って、新品と取り換えてくれるな。余計な手間をかけちまって、ちょっと済まない気分になる。

 でも、中には賞味期限なんか書いてなくて、自分で判断し、選ばないといけない時がある。

 例えば、野菜などの直売だな。


 少し前、俺の実家の近くに、野菜の直売所ができたんだ。野菜ごとに、簡素なビニールで覆ってあってな。貼ってあるラベルには、産地とかの情報が載っているんだ。

 農家の方々にとっては、自分の名を売り込むチャンスだろう。丹精込めた逸品たちが、ぜひとも自分を! と主張してくる。しかも、安い。

 これは家計を預かる主婦の皆さんが、見過ごさないだろう。こぞって買いつける人が増え始めた。そして生まれる、早い者勝ちの原理。

 先んずれば人を制す。買い物において、素早さは選択肢の広さに直結する。

 消費者にとって「残り物に福がある」など、負け犬が心の慰めにうそぶく、戯言ざれごとに過ぎない。

 実際の残り物には、腐食があるばかりだろう。


 つぶらやは、新鮮な野菜の選び方や見分け方には、詳しいか?

 つけ根が黒ずんでいるものとか、葉っぱに斑点があるものは避けろ。みずみずしい色とずっしりした重量感のあるものを選べ、とかな。

 消費者主権の選ぶ権利。こんなところでも行使することになる。相手より早く来た上で、クオリティの高いものを、自分の力で判別する。

 必然的に野菜たちは、色々な人の手に取られ、調べられることになる。時間が経つに連れて、汚くて空っぽの奴だけになる。売れ残りってのは、本当に嫌なもんだな。ははは……はあ。

 それでも、店員さんは親切で、傷んであるものを持って来た場合は、わざわざ取り換えてくれたらしい。


 その日。男の子は直売所に買い出しを頼まれたんだ。

 親御さんたちは手が離せない仕事が入っちまったらしくて、店の開店時間に間に合わない。そこで買い置きをキープする係に、男の子を任命したわけだ。

 直売所が閉まる時間は早い。男の子が学校から直帰して向かっても、閉店二十分前に滑り込むのがやっとだった。

 野菜は軒並み売れてしまい、一品ずつ残っているばかり。だが、男の子は言いつけられた野菜を、手当たり次第カゴに突っ込んでいった。言いつけを守らないと、ぎゃんぎゃんとカミナリを落とす、怖い母親だったからだ。


 カゴに満載された野菜たちを目にして、店員さんも顔をしかめたらしい。どう見ても虫食いなどが原因で、穴が開いている野菜があったんだ。

 やめた方がいいわよ、と忠告してくれる店員さんを振り切って、男の子は支払いをお願いした。たとえ形だけでも、ことづてを果たさなかった日には、無法な暴風雨が、自分に襲い掛かってくることは間違いないからだ。

 無理を押して、買い物袋を抱えた男の子は、母親が帰ってくるまでには間に合わせないと、と家への道をひた走った。


 夢中で家の台所に転がり込んだ男の子。あまりに急いだから、身体中が熱い。たまらず、近くの窓を開けた。

 汗を拭いながら、野菜を一つ一つ取り出す。確かに店員さんの言う通り、傷みが激しい。

 総じて軽めで、ひび割れがひどく、ジャガイモなどは見るからに、芽の面積の方が大きい。

 さすがにひどい、と思った男の子。調理実習で握りを学んだばかりの包丁で、芽をそぎ落としにかかったんだ。

 だが、ひとかけらを剥き切って、「あっ」と悲鳴をあげた。


 芽によってフタをされていた、イモの空洞。その中から巨大な目ん玉が、男の子を見つめ返していたんだ。

 思わずジャガイモを放り出す男の子。コロコロと床を転がったイモは、ぶるぶる震えると、木っ端みじんに吹き飛んだ。そして、中から出てきたのは、握りこぶしほどの大きさの目玉。

 それはしばらく空中に浮かんで、眼球をあちらこちらに動かしていたが、やがて機械的な声が響いた。


「生体調査、完了」


 目玉は迷いない動きで、窓の外へ飛んで行ってしまったんだ。


 その後、男の子は野菜を片っ端から土の中に埋めてしまった。

 当然、親には怒られたけど、男の子の心には、それ以上の怖さがひしめいている。

 あの瞳がもたらすものは一体何なのか、という怖さがね。



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