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ボウリングバスターズ(ファンタジー/★)

 よっしゃ〜、五連続ストライクだ! この勝負、もらったぜ!

 て、お前もスペアかよ! 粘って来るな、つぶらや。

 だが、俺はそろそろスコアは200。ここからガーターを連発しない限り、まず、お前の勝ちはないぜ!

 お、ここで球を交換か? ふん、多少重くした程度で、どうにかできるならしてみろよ。


 ふ〜い、危ない危ない。まさか、わずか五つ差まで縮めてくるとはな。もう1フレームあれば分からなかったが――俺の勝ちだ。

 はは、悔しいか。だが、取り決め通り、今日はここまで。悔しかったら、改めて挑んでくるんだな。

 最近はボウリングに付き合ってくれる奴が少なくて、寂しいぜ。何かのついでにボウリングはあり得ても、単体ボウリングはあり得ない、なんて言うんだぜ。

 おい、なに感心したようにうなずいてんだ。その単体ボウリングに付き合った、物好きなんだぞ、お前。ありがとよ。


 そういえば、気づいたか、つぶらや。

 隣のレーンの婆さん。マイグローブ持ちだけあって、二ゲーム連続でスコア300を出してたぜ。おっとろしいな。

 おっとろしいと言えば、母ちゃんが体験した、ボウリングにまつわる話を聞いたぜ。

 飯食う時間はあるか? そこでゆっくり話そう。


 母ちゃんが若かったころ、日本は空前のボウリングブームだった。

 人が歩けば、ボウにぶつかる、なんて言われるくらい、ボウリング場がひしめいていたらしいぜ。その流行は、まるで熱病のごとく、だったらしい。

 今でこそゲームの選択肢が多くて、チョイスされづらいボウリングだが、難易度そのものは高くない。母ちゃんの時代のコミュニケーションツールとして、最も普及していたんじゃないか、という話だ。


 当時、母ちゃんはボウリングが大好きだった。だが、大の下手くそだった。

 ボールは母ちゃんの手を離れると、右に曲がって欲しいところで左に、左に曲がってほしいところで右に進路を変えた。

 カス当たりのおかげで、ストライクもスペアもなければ、ガーターもエラーもスプリットもない。数字だけが並ぶ、ある意味で異様なスコアシートを、毎回持って帰る羽目になったんだってよ。

 手書きのスコアシートだったから、ストライクやスペアを取って、フレームに記号を書く友達がうらやましかった、と言っていたな。だから母ちゃんは時間が許す限り、ボウリング場に足を運んで、特訓したんだとか。


 そうして、お小遣いの限りを尽くし、ボウリングに打ち込んでいた母ちゃん。

 冬が近づき、インフルエンザの流行が心配されるようになってきた休日。母ちゃんが今日もボウリングに打ち込もうと、外に出たところ、新しいボウリング場がオープンしたのを発見した。

 そういえば、何ヶ月か前から工事をしていたっけなあ、と母ちゃんは思い出したらしい。四六時中ボウリングの投げ方ばかり考えていて、失念していたらしい。

 たまには場所を変えてみるかと、さっそく入店。シューズを受け取り、ちょうど空いたばかりのレーンに案内された。奥から二番目。

 靴ひもを結びながら、ちらりと見ると、隣のレーンは年をとったおじいさんで、手にはグローブを付けている。そのフォームは見事なもので、母ちゃんの目の前で次々にストライクを量産していく。

 

 すごいなあ、とほれぼれしながら、母ちゃんはボウルを探した。隣のおじいさんは15ポンドの球だったが、母ちゃんは10ポンドの球をチョイス。

 おじいさんの球は重いにも関わらず、よく回るし、スピードも乗っている。かなりパワフルな投球だ。おじいさんは、向かって右のレーンだから、おじいさんの投球の後に、母ちゃんが投げることになる。

 母ちゃんは見よう見まねで、おじいさんのフォームを真似する。いくらかボールの曲がりはおさまって、4〜5本はピンを倒せるようになった。カス当たりに比べれば大きな進歩で、母ちゃんは嬉しくて仕方なかったらしい。

 その日もおじいさんを参考にして投げていき、どうにか80前後のスコアをキープできたんだってよ。


 それからというもの、母ちゃんはおじいさんの研究をするために、しばしば例のボウリング場に足を運んだ。

 おじいさんは毎日のようにいて、ストライクを量産するけど、時々、じっと、母ちゃんを含めた利用者の投球を見ていることがある。おじいさんを参考にしている母ちゃんとしては、えらく緊張したと言っていたな。

 そんで帰る時には、手書きのスコアシートの枠外にスコアとは違う数字を書きつける。なぜなら、書く数字が4桁、多いと5桁に達するからだ。

 もしかして、他の人の倒したピンの数を数えているのかな、と母ちゃんは思った。母ちゃんはかなりの頻度でボウリング場に足を運んでいたけど、その時には必ず、おじいさんがいた。

 口数が少ないおじいさんだけど、時々、「いかんなあ」とか「これでは間に合わん」とか悔しそうにつぶやいていたんだそうだ。


 しばらくして、母ちゃんは友達を誘って、そのボウリング場に来ていた。

 おじいさんのフォームを真似するようになってから、スコアは100前後を維持するようになっていて、余計にボウリングが楽しく感じられたと話していたな。

 今日は盛況で、全てのレーンが埋まっていた。準備をしながら、いつものおじいさんを探すと、ボール置き場の脇にあるベンチに、腕を組んで座っているのが見えた。

 母ちゃんはボールを選びながらも、おじいさんの視線が気になる。じっと自分をにらんでいるような、圧力を感じた。

 直接は師事していなくても、いわば自分はおじいさんの弟子のようなもの。無様なところは見せられないな、と秘かに燃え始めたらしいぜ。


 母ちゃんは以前に比べれば、アベレージは上がっていたものの、今日は100を超えるかどうかの瀬戸際だった。

 ラストの10フレーム。ここで9ピン以上を倒さなければ、100には届かない。

 だが母ちゃんが力強く投げた第一投は、完璧すぎるくらい真ん中をぶち抜いて、「ビッグフォー」のスプリットを迎えちまった。友達からも、思わずため息が漏れる。

 プロですらスペア率は1パーセント。目標の100本達成には、3本以上を倒す。つまり、倒したピンを飛ばして、もう一方にぶち当てなければいけない。

 母ちゃんは興奮して、ボールを丹念に磨く。ちらりと目の端におさめたおじいさんは、じっとこちらを見ていた。手にはスコアカードを持って。

 記録を取ってもらっている。そう感じた母ちゃんは、堂々とアプローチに立つ。狙うは左端。

 助走。そして手を離す瞬間。


「右じゃ」


 おじいさんの声だった。「えっ」と思いつつ、母ちゃんは右にひねり気味に球を転がした。

 少し手首が痛んだが、左端のガターすれすれを走った母ちゃんのボウルは、ピンの直前で右に曲がり――左側の二本のピン、そして巻き添えを食った、右側のピンを一本倒した。

 一本残し。だが、目標の達成とスプリットへの果敢な挑戦に、友達から拍手が送られる。

 あのおじいさんも満足そうにうなずいて、席を立ち、ボウリング場を出ていく。その後ろ姿に、母ちゃんは軽く会釈したそうだ。


 それから、ボウリング場でおじいさんを見かけることはなかったらしい。

 ただ、その年はインフルエンザの流行がニュースになるくらいだったけど、母ちゃんたちの市は、不思議なくらいインフルエンザにかかる者がいなかったんだと。

 母ちゃんはふと、あのおじいさんのスコアカードに書かれた数を思い出す。

 最後に見た時は、70000前後だった。他のレーンにくまなく視線を泳がせては書き足していたから、倒れたピンを加算しているという見当はつく。

 そういえば、授業で聞いた、母ちゃんが住んでいる市の人口も70000前後だったような覚えがあるんだとよ。



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