表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/3092

行方不明のガラス片(ホラー/★★)

 おおっと、こーらくん、そこには入らないようにしてくれ。破片がまだ飛び散っているかも知れないから、危ないぞ。

 ひどいだろ? 窓ガラスが割れちゃっているんだ。

 故意だか過失か分からないけど、早めに連絡をしてほしいな。そうすれば、もうちょっと早くに処理にうつれたんだけど。

 今日の掃除の時間は、この辺り以外を重点的にやってくれ。頼むよ。


 ふう、こんなところでいいかな。

 替えの窓にするまでの応急処置だ。強い雨風がこなければいいのだけどね。

 破片集めも大丈夫だ。今回は粉々じゃなくて、ある程度大きい破片に分かれていた。組み合わせてみたところ、取りこぼしはなさそうだ。安心したよ。

 え、普通は割れたガラスにそんなことをしないって?

 う〜ん、もっともだね。これは先生の性格に加えて、少し昔の出来事が関わっているんだ。

 おや、聞きたいかい? こーらくん。

 いいよ。まだ少し時間があるからね。


 今は別々のところに住んでるんだけど、先生には弟がいる。

 とは言っても、年子だから弟という感じは、あまりしないな。家族であるが、弟ではないという感覚。ちょっと先生が変なのかもね。

 弟は、ガラス細工を集めるのが趣味だったんだ。聞いてみたところ、小さい頃に万華鏡をのぞいたことが、きっかけだと言っていた。

 その情熱は、僕たち家族に対しても攻撃的になるくらいで、ガラス細工に近づくことを許さなかった。せいぜい遠巻きに眺めるのが、精一杯だったよ。

 ただ、保管方法がずさんで、部屋のタンスの上に、むき身で置いていたんだ。何のおさえも無しに。

 先生も先生の両親も注意したんだけど、反発されたよ。


「ガラスだって生き物なんだ。どこかに押し込めたりしたら、息苦しいでしょ」ってね。


 そして、ある時。家全体が揺れるくらいの地震があったんだ。

 ちょうど夜中のことで、しかもいきなり大きく揺れた地震だった。

 ――何が起こったか、こーらくんも想像がつくだろう?

 弟のガラス細工の一つが、タンスから落ちて、割れてしまったんだよ。青みがかった、グラスだったかな。

 幸い、ふとんから離れた場所だったから、弟にケガはなかったんだけど、すっかり落ち込んでいたよ。

 内心、「だから言ったのに」とも思ったが、なぐさめつつ、ガラスを掃除しようとしたら、追っ払われちゃったよ。

 なかば、仕方ないか、とも感じた。弟にとってはお気に入りの一つだったのだから。

 それからは、一時間くらい、一人でガラスの破片をかき集めていたよ。接着剤とかで、つなぎ合わせようとしたんだ。

 だけど、最後の一片だけ、夜通し探しても、見つからなかった。学校に行くまで、弟はずっとしょげた顔をしていたよ。


 その日の午後のことだった。

 先生が移動教室での授業を終えて、クラスに戻る時のこと。

 理科室の前に人だかりができている。何事かと思ってのぞいたら、ドアのくもりガラスが無残に割られていたんだ。

 かなり大きい破片が散らばっていた。あたかもジグソーパズルのピースのように、つなぎ合わせて、復元ができそうなくらい、きれいな形でね。

 試しにガラス同士を組み合わせてみたのだけど、どういうわけか、ひとかけら分だけ足りなかった。辺りを探しても、見当たらない。

 掃除してくれた教員の方々はさほど気にしていなかったけれど、先生は一抹の不安を覚えたね。

 帰って来てからというもの、弟は部屋に閉じこもりっぱなしだった。


 そして翌日。先生の学校の周りにパトカーが停まっていてね、緊急の朝会が開かれた。

 校舎の一階の窓ガラス、30枚あまりが割られていたんだ。

 しかも砕かれたというより、刻まれたといったほうがいいかも知れない。ガラス切りで、きれいに断ち切られたみたいな、意図的な曲線を残す割り方だったんだ。

 先生の時代は、学校の敷地内に簡単に人が入ることができたし、昨日の午後10時以降は、誰も校舎に残っていない。

 器物損壊事件になり、先生の周りは騒がしくなったよ。誰だって犯人たり得るんだから。

 だけど、警察の捜査をあざ笑うかのように、何日か置きに、市内の学校の窓ガラスが割られていったよ。

 被害とウワサが広まるにつれて、教員たちの巡回も繰り返されたけど、犯人の尻尾は掴めない。

 先生の弟は相変わらず、部屋に閉じこもっていた。

 先生は、もしかすると弟が犯人じゃないかと、よく壁ごしに聞き耳を立てていたけれど、外に出ていく様子はなかったよ。

 代わりに、時々、部屋の中を歩き回っているような、物音が聞こえてきたけどね。


 やがて、ガラスを割られていない学校は、数えるほどになる。この頃には、学校の対策が間に合ってね。校舎の一階の窓が、全部強化ガラスにされていたんだ。

 今までの手口からして、犯人はガラスを粉砕する手段は取らないはず。そして、犯人は一度ガラスを割った学校は、二度とターゲットにしない。

 挑んでくるか、諦めるか。関係者が緊張する中で、その時はやってきた。

 

 その晩。日付が変わろうかという時間帯でも、男性教員が一人、懐中電灯と警備用のさすまたを装備して、校舎を巡回していたんだ。

 そして、校舎の裏手に回り込んだ時。キイ、キイと黒板をひっかく音にも似た、甲高い震えが聞こえた。

 足音を忍ばせながらも、音の出所へ向かう教員。すると、窓に向かって腕をこすりつけようとしている小さい影。

 懐中電灯に照らし出された姿を見て、教員は「あっ!」と驚きの声をあげた。


 その姿は、真っ白い毛に覆われた子熊だった。ただ、その両腕は非常に細く、まるで肩から日本刀の刀身を差し込んだような、奇妙な反りと鈍い輝きを持っていたらしい。

 白い子熊は、窓を撫でるのをやめると、教員に向かって刃の腕を突き出しながら、突進してきた。

 その教員がとっさに転がれたのは、奇跡だったかも知れない。彼の持っていたさすまたを両断すると、白い子熊はそのまま校舎の外に走り去っていってしまったらしいよ。


 その日以来、学校の窓を割られる事件はなくなったよ。

 あ、これだとちょっと語弊があるかな。「刻まれる」割り方をされなくなった、と言った方がいいかな。白く奇妙な子熊の姿を見た者も、あの夜から現れなかった。

 そして、家ではずっと部屋に閉じこもっていた弟が、珍しくドアを開けて掃除をしていたんだ。

 パッとのぞいたんだけど、あれだけ大事にしていたガラス細工たちは、全部ビニール袋に入れられていた。それどころか、次のガラスゴミが出される時、「危険」と書かれた厚紙に包まれて、ゴミに出されたんだよ。

 あれだけ大切にしていたものなのに、何があったのだろうと疑問に思ったけど、弟は何も答えなかった。

 

 ただ、弟の部屋をのぞいた時にちらりと見えた袋の中。

 あれに、弟のコレクションにはなかったものが、混じっていたのが見えた。

 割れたガラスを、素人がつなぎ合わせて、作ったと思しき熊の細工。それが淡く紫色の光を放っていたんだ。ただ、何ヶ所か欠けているところがあって、完成とは言えない出来だったけど。

 ガラスに頓着しなくなった弟は、すっかり穏やかになったよ。

 まるで別人のようにね。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ