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腹ぺこ山 (ホラー/★★★)

 こーくん、家に帰るまでにガソリンスタンドに寄ってもいいかい? この辺りは坂道が多いせいか、ガソリンをくいやすくってね。

 人間だったら、軽くなるために燃料を燃やすなど、大歓迎だろうに。生きるためにはまた燃料が必要になる。死ぬまで、ずっと補充し続けなきゃいけない。

 こーくんが前に話してくれた、永久機関だっけか? あのような循環システム、早く生まれるといいね。

 ガソリンも再利用するための、「べーパーリカバリー」システムができているらしい。なんでも気体になったガソリンを、液体化して再利用するのだとか。

 こーくんが大人になる頃には、もっと効率の良い姿になっていたらいいね。


 はい、お待たせ。行こうか。

 最近はセルフサービスのガソリンスタンドが増えているね。人件費の削減かな?

 こういうガソリンスタンドに出会うと、私も昔を思い出してしまうよ。

 あれ? こーくんには話したことがなかったかな?

 いい機会だから、話しておこうか。おじさんが体験した「腹ぺこ山」に関する話さ。


 おじさん、大学生の頃は心霊スポットとか、ウワサの場所を巡るのが大好きだったんだ。

 大学ってね、はっきりとした目的を持っている人には短く、持っていない人には長い、人生の夏休みだ、というのがおじさんの意見だ。

 おじさんは、周りの「大学くらいは出ていないと」なんていう学歴主義に押されて、ナアナアで学校に行ったクチ。若さを持て余して、遊び惚けていたよ。

 行き場のない活力。そのはけ口を求めてね。その遊びの中に、心霊スポット巡りがあった。

 おじさんの満足という、未だこの世にないもの。同じ、この世にないものなら満たしてくれるかも、という期待を込めてね。


「腹ぺこ山」に出会ったのは、あるホラー関連の雑誌を漁っていた時のことだ。

 ページの端っこに載っていた、小さな記事。そこにはライターが山道でガス欠を起こしそうになった時の体験が載っていた。

 なんでも、登る直前まで車のガソリンメーターは満タン近かったのに、山道を登っていくうちに、みるみるガソリンを消耗してしまい、お腹も減ってくるらしいんだ。

 車も身体もガス欠寸前、という時に、道の途中にある小さいガソリンスタンドで給油をして、おじいさんからまんじゅうをもらい、事なきを得たという話だった。

 後でライターが聞いたところによると、そこは「腹ぺこ山」といって、立ち入ったものの元気を奪ってしまう、不思議な山なのだと。


 おじさんは記事を見た時、笑ってしまったよ。

 そんなに食いしん坊だというなら、どうしてガソリンスタンドのガソリンは無くならないんだ? そもそもそんなところに、よくガソリンスタンドを作るものだ、とね。

 だが、興味も少し出てきた。ドライブの暇つぶしにちょうどいいかも知れない。

 おじさんは次の休み、「腹ぺこ山」に向かうことにしたんだ。


 こんな時に使わなきゃ、いつ使うんだ、とバイトで貯めたお金をつぎ込んで、新車を購入。山の直前でガソリンを満タンにして、食料も大量に買い込み、さっそく検証に出かけたよ。

 山を登り始めて、五分ちょい。メーターはすでに四分の一のガソリン消費を示していた。おじさんも急激にお腹が空いてね、ハンドルを握りながら、板チョコを頻繁にかじっていたよ。

 あの記事はガセじゃない。おじさんは胸をドキドキさせていた。

 無理やり山を削って作った人為的な道。そこで、こんな不可思議な現象に出会えるなんてね。

 進むにつれて、元気よく減っていくガソリンメーター。空腹も手伝って、思わず笑いがこみ上げてきそうな勢いだったよ。

 それでもなお、おじさんは車を進めた。記事に載っていた現象が真実なら、ガソリンスタンドがあることも真実のはず。


 数分後。メーターがガソリン切れ間近を差した時。見えてきたんだよ、ガソリンスタンドが。生い茂る樹木のスペースを、無理やりぶんどったように、鎮座していた。

 店員さんは一人。年をとったおじいさんだった。スタンドはセルフサービスで、おじさんも慣れていたから、給油でおじいさんの手を煩わせることもなかった。

 ただ、興味があってね。この「腹ぺこ山」についておじいさんに尋ねてみたんだ。おじいさんは、くしゃくしゃにした紙みたいに、しわだらけの顔を歪ませながら、話してくれたよ。


 この「腹ぺこ山」は、ずっと昔から、登る者に空腹と渇きをもたらしてきた。

 あえて越えようとする場合には、大量の食料を持ち歩かないといけない。非常に効率が悪いから、地元の人が通り道として、選ぶことはほとんどない。

 かといって、この山で餓死者が出たというウワサは聞かれないんだ。山に踏み入った者がお腹を空かせていると、やがて清水の湧き出る泉に出会う。

 頭が痛くなるほど冷たい水で、飲んだ者の胃も頭も冷やしてくれる。たらふく飲んで腹を膨らませた者は、無事に下山していったらしいと。

 そして時代は進み、この山にも無理やり道が作られた。この山を突っ切ると、工業地域と都市部がつながり、運搬が楽になるからだ。

 腹ぺこに勝る商業価値が生まれた。山も人々の元気ばかりでなく、車の元気をいただくようになる。それでこのガソリンスタンドが作られたらしい。


 面白い話を聞かせてもらったおじさんは、おじいさんにお礼をして、そのスタンドを後にした。あの記事通り、まんじゅうをすすめられたけど、食料がたくさんあるから断ったよ。 

 心配されたガソリンメーターの減りも少ない。お腹もさほど空くこともなく、あのスタンドにたどり着くまでが、ウソのような順調さだったよ。


 それからしばらく、おじさんは新車を乗り回していた。

 心なしか、山に登る前よりブレーキやハンドルの利き具合が良くなった気がする。車全体が元気になっている、といった方がいいかな。

「腹ぺこ」を乗り越えると、レベルが上がるのか、とおじさんは調子に乗っていたんだが、ほどなくおじさんは、車を失うことになる。

 その日もビュンビュンに飛ばしていたんだが、人も対向車もいないカーブで、ハンドルの利きが、突然悪くなった。ブレーキもなかなか利かず、スピードを落とせないおじさんは、どんどんカーブの外側――崖側に吸い込まれそうになった。


 なりふり構っていられない。おじさんがサイドブレーキを思いっきり持ち上げて、踏みとどまろうとする。すると限界まで曲げていたハンドルが、突然、利き始めたんだ。

 完全にスリップ状態で、山肌側に車体を叩きつけるようにして、おじさんは九死に一生を得た。あとで車を見てもらったところ、何十年も使ったように、あちらこちらの部品が劣化していたと聞いて、びびっちゃったよ。買ったばかりの新車だというのに。

 部品全体が、何かに食いつくされたように、ボロボロだったんだ。


 それからおじさんは思った。

「腹ぺこ山」が持っている意志。それは相手のお腹を空かせるだけでなく、空腹を通じて相手の中に入ることではないか、とね。思う存分、食料をむさぼることができるように。

 あの記事を書いた、まんじゅうをもらったライターさん。それまで精力的に活動をしていたけれど、「腹ぺこ山」の記事以来、姿を見かけない。

 知り合いに聞いたところ、記事を仕上げてほどなく、入院。亡くなられてしまったとのことだよ。

 



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