キャンプで得るもの、得たいもの (ホラー/★★★)
よし、つぶらや。準備は大丈夫か?
うちの部長もたいがいだよな。前日になって「明日からキャンプしよーぜ」ってフリーダムじゃないか。 しかも、この時期は予約でいっぱいと評判なところだぜ。予め取ってあるんじゃなかったら、部長はスーパーおぼっちゃま説は、間違いじゃないかもな。
まあ、付き合う俺たちもたいがいだけど。
――あ、つぶらや。虫よけスプレーはばっちりか? キャンプ場は虫が多い。用意しておかんと、かゆみと戦う羽目になるぞ。
あと大丈夫だと思うが、市販品の新品を使えよ。
一般人は、市販品しか持っていないと思うが?
ああ、言い方が悪かったな。俺はどちらかというと、「新品」というのが大事なんだ。ちょっと興味深い話を聞いてな。
お前のことだから、知っておきたいだろ?
これは俺のおじさんの体験談になる。
当時は今に比べて、山々は開発されておらず、自然がたくさん残っていた。
おじさんが小さい頃は、今の俺たちみたいに、ゲームやパソコンといったものは、さほど普及していなかったからな。外で遊ぶ機会が多かったようだ。
今でこそ、アウトドアに関してベテランなおじさんだが、誰だって経験の浅い時がある。準備もそこそこにして、飛び出していき、現地について頭を抱える、なんていうことも、結構あったらしい。
そんなおじさんが中学生くらいの時に、友達とキャンプに行った時のことだ。
企画はリーダーを含めて、数人の先輩たちによって立ち上げられた。
今年は受験勝負の年だというのに、先輩たちの成績は良いものとはいえない。
この余裕がどこからくるのか、もしくは開き直りなのか、おじさんたちは影で呆れながらも、楽しければいいだろ、ということで企画に参加した。
その日は朝の四時起きで、始発の電車、バスを使ってキャンプ場に向かったそうだ。
だが、いよいよキャンプ場に乗り込もう、という時になって、おじさんたちはあることに気づいた。
虫よけスプレーを持ってくるのを、忘れちまっていたんだ。
おじさんだけなら分かなくもないんだが、いつも虫よけスプレーを常備している奴もかばんの中に入っていなかった。「出発の時には、ちゃんと入れてあったのになあ」ともぼやいている。
結局、虫よけスプレーを持っていたのは、その時のリーダーを含めて三名ほど。全員でスプレーを使い回しながら、過ごすことにしたんだ。
涼しげな渓流。そのすぐそばで、おじさんたちはテントとバーベキューの用意を始めた。
ちょうど、今日みたいにとても暑い日だったらしい。汗がガンガン出た。
我慢できるもんじゃなく、おじさんたちも長袖の服を脱ぎ捨てて、半袖になる。
みんなで使い回した虫よけスプレーのおかげか、虫にくわれることもなく、大いにキャンプの初日を楽しんだらしいんだ。
ところが、翌日になって、何人かが体をボリボリ掻き始めたんだ。かゆくて仕方ないんだという。
掻いているところを見ると、なるほど、蚊にくわれたようにぷっくりと膨らんでいる。
だが、昨日の晩、蚊がいたような気配はしなかった。聞き慣れた羽音は、耳に残るもの。
熟睡していて、気づかなかったんだろ、という結論になった。寝る前に虫よけスプレーはしていなかったし、そのせいだとも言われたらしい。
虫よけスプレーも、顔より上にかけるのはまずいみたいだからな。頭に関しては、寝る時に帽子をかぶるなり、タオルを巻くなりすればいいんじゃね、ということになり、キャンプの二日目。
その日は川遊びに、近くにあるランニングコースを歩いたりと出ずっぱりの一日だったが、メンバーの関心は虫に向いていた。
例の虫よけスプレーの効果か、全然、虫が寄ってこないんだ。蚊を始めとする奴らが近寄ってきても、すぐに遠ざかっていってしまう。それどころか、中にはそばを通っただけで、力を無くし、地面に落下するような奴もいる。
あまりの強力さに、「これ、実はヤバいものが入っているんじゃねえの」疑惑がかかった。
スプレーを持っているリーダーたちに言わせてみれば、長年使っているもので、身体に影響はないよ、とのことだったらしい。
まあ、被害が出ないならいいか、と多少の疑惑を抱きながらも、二日目の夜も更けていった。
おじさんはふと、夜中に目を覚ましたらしい。
羽音とかではない、わずかな気配。それが鼓膜に届いたからだ。
目をうっすらと開ける。いつの間にか寝返りをうっていたらしく、数メートル離れて眠っている友人の、帽子をかぶった後頭部が見える。
体は黒い影に覆われていた。てっきりシュラフにくるまっているのかな、とぼんやり思っていたおじさん。だが、薄目が暗さに慣れてくるにしたがって、つららを差し込まれたように背筋がゾッとする。
友人がくるまっていたのは、布団じゃなかった。
すき間なく敷き詰められた、小さな虫の集まりだったんだ。
奴らは張り付いたまま、微動だにしない。おじさんが息をのんで見守っていると、このテントの中で眠っている、別の人影が起き上がった。
初日に虫よけスプレーを貸してくれた、先輩の一人だ。彼はゆっくり友人に近寄っていくと、その身体に手を伸ばす。
おじさんは、虫を払いのけるのかと思ったが、違った。
先輩は虫でできた布団の一部をわしづかみにして、削り取ると、そのまま手を口に持っていく。小さな豆をつぶしていくような、ぷちゅぷちゅという咀嚼する音が聞こえる。
おじさんは声を出さずに、目を思いっきりつぶるのが精いっぱいだった。
一体、何が起きているのか。
まったく理解できず、想像だけが先だって、頭の中をぐるぐる回り、眠れぬ夜を過ごしたんだってよ。
そして、翌日。
キャンプからの帰り。おじさんの隣にいた奴も含めて、身体中をボリボリ掻いている奴が多かった。おじさん自身も身体がむずむずして仕方ない。
例の先輩たちは、特に変わった様子も見せず、メンバーは解散となった。
二学期に入って、学校が始まると、例の先輩たちは急激に成績が伸びて、志望校に合格したらしい。
逆にそれ以外のキャンプメンバーは、おじさんも軒並み成績が落ちて、こってり絞られる羽目になったんだとさ。