その感触に頭が蕩けそうです
「今日はみっともないところをお見せしてしまい申し訳ありませんでした。」
帰宅するという公爵令嬢に謝る。彼女の目には、どう映ったのだろう。軟弱だと思われたかもしれない。
「いいのよ。流石はわたくしのモトラヴィチね。死の恐怖を克服できるなんて、なんて素敵なんでしょう。自慢できるわ。」
意外にもお褒めの言葉を頂けた。自分の部下として自慢したいらしい。
「公爵令嬢と公爵様のご支援ご鞭撻のお陰と感謝しております。」
とりあえず、これくらいゴマをすっておけば大丈夫かな。あの冷酷無慈悲な公爵令嬢が褒めたんだから、いきなりクビとかは無いだろう。
「明後日は休日だったわね。ゆっくりと休んで翌日に元気な顔を見せること。わかった?」
「はい。わかりました。では、おやすみなさいませ。」
僕が頭を下げると公爵令嬢は静かに去っていった。はぁ。緊張したぁ。
クロノワール様付きの侍女から、皆さんがお風呂に入ったことを伝えにやってきた。クロノワール様がプリプリ怒りながら寝たことまで教えてくれた。
彼女によると、それはそれは可愛いお姿だったらしい。
気安く話しかけてくださったのに悪いことをしてしまったかもしれない。次回来たときに公爵令嬢が居なければ、少しだけ優しくしようと心に誓った。
「ふぅぅぅ・・・。はぁ・・・極楽・・極楽。」
ついつい年寄り臭いセリフを吐いてしまうほど、お風呂は気持ちよかった。
「まさか、露天風呂まであるなんて・・・凄い贅沢だぁ。」
内湯は大きな岩を刳り貫いたものだったが、露天風呂は木製で状態保存の魔法が掛かっているらしくぬめりも無い。
軽く10人は入れそうな四角い湯船の上には三角屋根まであり、雨の日でも入れるようである。絶景は望めないものの周囲に庭木が植えられており、心が癒される。そこでふとマッチャロール様を思い出す。
マッチャロール様に包まれたあの瞬間は、まるで母親の胎内に戻ったかのようだった。ずっとずうっと入っていたかった。機会があれば、お願いしてみよう。
僕の母はもう亡くなっている。皆、そうなのかもしれないけれど僕は10歳以前の記憶があやふやだ。それでも母の笑顔だけは覚えている。きっと、笑いが絶えない家庭だったのだろう。
父は静かな人だった。僕が成人して当主に納まると母の眠る別荘で墓守のように静かに暮らしている。父は絵描きになるのが夢だったようで、別荘の壁には母の肖像画が増えていっている。とても愛し合っていたのだろう。
「ほら、居るだろう。来てみてよかっただろう。」
いきなり、後ろから声が聞こえてくる。先程、思い出していたマッチャロール様の声だ。
幾らなんでも都合が良すぎる『幻聴』だなあ。姫君たちはもうお風呂を済ませて就寝しているはずである。死の恐怖を克服するのにそんなにも神経を擦り減らしてしまっただろうか。
あのときはまるで高い山の天辺に到達したような達成感とシロヴェーヌ様の笑顔を見た満足感でいっぱいになって気付かなかったが、そんなにも疲れてしまったのだろうか。
「ほんと モーちゃん 居た 」
今度はシロヴェーヌ様の声まで聞こえた。
ま、まさか?
僕は、恐る恐る後ろを振り返る。
えっ・・・本当に居るよ。思わず視線を元に戻すがシロヴェーヌ様の透き通るような白い身体とマッチャロール様の薄茶色の身体が頭の中に焼きついてしまった。
2人の気配が近くまでくる。
「邪魔するぞ。」
「お邪魔 します 」
僕の両側から浴槽に入る音がする。
しまったっ! 逃げられない。
両側から挟みこむように隣に座る。視線は真っ直ぐ向いているがチラチラと白い肌と茶色い肌が目の端に映ってドキドキする。
「シロさんっ。ど、どうしてっ!」
僕はそちらに視線を向けないようにしつつ、シロヴェーヌ様に問い質す。
「モトラヴィチが入ったのを眷属を通して確認したのでシロを連れてきたのだ。」
返事は反対側から返って来る。マッチャロール様の指し示す方向には庭木が植わっている。どれが眷属なのか全く区別がつかない。
この木のうちのどれかがモンスターなのだろか。マッチャロール様、恐いです。
「見えるんですか?」
「目が付いているわけじゃないんだから見えるわけが無かろう。感じるだけだ。」
その言葉にホッとする。どれがモンスターか分からず、樹木に常に監視されているのであれば気が休まるときが無い。
「とにかくゆっくり。浸かるんだな。これはサービスだ。」
マッチャロール様の周辺から柑橘系の香りが漂ってくる。天然のアロマ人間だ。しかも腕は抱きかかえられているから、そのいい香りに酔ってしまいそうである。
「ずるい わたしも 」
シロヴェーヌ様が反対側の腕に抱きついてくる。マッチャロール様側の二の腕も柔らかな感触に包まれているが、それ以上に弾力のある感触に頭が蕩けそうだ。
「・・・んふ ぁぁ きもち いい 」
さらに色っぽい声をあげてくる。理性を総動員して掌だけは彼女に触れないようにしているが、少しでも触れてしまったら、決壊した川のように何をしてしまうかわからないのだ。
「この露天風呂はシロのことを聞いた勇者アレクサンドラが作ったんだ。そして毎週のようにシロを含めて4人で入っておったのう。四隅が定位置だった。この温かなお湯の中であやつは歯をガチガチ鳴らしながら入っておったのを良く覚えておる。」
マッチャロール様の話はまだ続いているようだが頭に入らない。
純日本風の露天風呂か。
???「悪かったわね。どうせ年寄り臭いわよ。」
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お色気回はさらに続きます。