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この言い方は卑怯かもしれない

 幻惑王ユズシェル様は謎に包まれた人物だ。5年前に魔界の小国の姫として生れ落ち1年後に成人を果たすとキャラバン公爵家に匹敵すると言われている情報網を魔界側からわずか2年で構築し、他の大国に肩を並べるにまで成長させた。


 魔界にて大国になったと認められた翌年、自ら帝国にやってきて他の姫君と同様に囚われの身になっているらしい。だから、この人物だけ隷属の首輪を付けていない。


「ユズシェル様。公爵家の情報網の整備にご協力頂きましてありがとうございます。ようやく、アレクサンドラ様の死去の後、綻んでいた箇所が動くようになりました。」


 気絶から回復した公爵令嬢が幻惑王の前で腰を折り頭を下げている。


「構わない。元々、勇者死去に乗じて空中分解しそうになっていた部分をこちらで取りこんでいたのだから。我が国とキャラバン公爵家が力を合わせれば、調べられないことはなくなったはずよ。これからも連携して再び世界が戦火に見舞われないように頑張って行こうね。」


 ユズシェル様の外見は一見、人族と変わらない。長く赤みを帯びた金髪に健康的な肌、身長も公爵令嬢と大差ない。顔の造りも公爵令嬢に似ている。違いといえば、やや大きい胸と優しそうな表情、そして瞳が赤色と金色のオッドアイというだけである。


 瞳の色を除けば、各国に残っているアレクサンドラ様の肖像画に似ているかもしれない。帝国の歴代の皇帝と同列に並べられており、帝国議会の建物の中に勇者時代に描かれたものや時の皇帝とご成婚された際に描かれたものが飾られている。


「本当に調べられないことは無いんですか?」


 この外見なら元々中立派だった長寿のエルフ族を取りこむことも簡単だったに違いない。だがそれは魔界においてのこと、人族については公爵家のほうが上だろう。


「そうね。私はモーちゃんの股間の右側の付け根辺りにホクロがあることまで知っているわよ。」


「「「「ええっ!」」」」


 シロヴェーヌ様とクロノワール様と公爵令嬢と僕の言葉がハモる。


「驚いたということは、本当なのよねぇ?」


 何故か公爵令嬢が問い詰めてくる。


 誰だ。そんな恥ずかしい情報を流出させた奴は・・・。誰にも知られていないと思ったのに。公爵令嬢が知らないということは公爵様が僕の弱点を見つけようと調査させているわけでもなさそうだ。


 考えられるとしたら、怪我を診てもらった医者か。裸の付き合いがあった従兄弟たちか。


 どちらにしても信用できる人物ばかりでそんなことをしそうな人物に思い当たらない。


「他にも貴方はこの辺りに快感神経が集中していることも知っていてよ。」


 突然、僕に抱きついてきたと思ったら、背中の中央辺りを触ってくる。


「うわぁぁぁっ・・・。」


 ぞぞっとして腰砕けになってしまう。


 本当だ。余りの快感に立っていられなくなってしまった。


 学校で後ろの席の人間に触られたときに変な声をあげて笑われてしまったのは苦い思い出だ。そうなのか。こんなところに僕の快感神経が集中しているのか。


 しかし、本人も分かっていなかったことを調べ上げるなんてどんな情報網なんだろう。


「私も恋人に立候補しようかしら。私の胸に顔を埋めておいて他人だなんて言わないわよね。それに・・・。」


 酷い。それは不可抗力だ。確信犯と言わないかこれは。だが、その後耳元で囁かれた言葉に僕は頷きハグして返す。


「背中は僕の急所です。皆さんは触らないでください。」


 隷属の首輪の制限で急所と明言されたところ、若しくは頭や心臓や首筋など人族として正しく急所と分かっているところを傷つけられないことになっている。


 このように明言しておけば、シロヴェーヌ様やクロノワール様たち隷属の首輪を付けている方々は触れられなくなったはずだ。


 ユズシェル様はこのことを耳元で教えてくれたのだ。少なくともクロノワール様からの防御策のひとつにはなりそうだ。


 但し、公爵令嬢には効かないので出来る限り後ろに回りこまれないようにしないと。公爵様にも伝わるだろうな。それが一番最悪かも恐怖に耐えて踏ん張っているところで背中を触られたりしたら・・・変な声を出して・・・それでまたからかわれるのだろうな。はあ。


















 各姫君たちについている侍女のうち3名は魔族で隷属の首輪をつけていた。その方々から、ここでのルール等を教えて頂いた。


 問題となったのはシロヴェーヌ様だった。彼女には魔族の侍女が居ない。魔族でも死の恐怖の影響を受けるからだという。


 彼女が治める国は魔界でも力の弱い魔族が住んでいる。それは彼女1人の力に寄るものが大きい。彼女の感情が怒りに触れることがあれば即それは死を意味する。彼女の国以外の人間が彼女の国の人間を害することへの抑止力となっているようである。


 彼女の住むところは広大な敷地にある大きな城であり、そこに彼女は1人で住んでいるらしい。衣食住は家政婦が命懸けで届けにきているということだった。


 この裏後宮ではアレクサンドラ様の家系の誰かが常に存在することで、シロヴェーヌ様が力を使えなくなるため、冥界王、緑樹王、翼竜王、好戦王、幻惑王のうち誰かが常に世話を焼いているらしい。


「今後、彼が滞在するときの死霊王の機嫌は改善されると思います。できるかぎり彼の要望を適えてあげてください。」


 僕が死の恐怖を克服して彼女に触れられたことが公爵令嬢から伝えられると侍女たちから、割れんばかりの拍手が返ってきた。


「ありがとうございます。これで安心ですわ。」


 この100年間、徐々に彼女の機嫌が悪化してきており、魔族の侍女たちにとっても居心地の悪い職場になりつつあったようだ。侍女たちは口々に感謝の言葉を投げてくれる。


 いったいこれから、どうなるんだろう。シロヴェーヌ様からプロポーズされ、クロノワール様から狙われ、ユズシェル様に弱点を知られてしまった。


 ここの警護の任務は皇族の係累として年齢が低く地位が低い僕に一番良く回ってくる任務であり、今のところ7日に1日は回ってくることになっているのだ。


「クロノワール様を拒絶なさったというのは本当ですか?」


 結果的にそうなっているだけなんだけど拙いのかな。拙いよね。どこから伝わったのかクロノワール様付きの侍女から質問される。


「ええまあ、仕事を遂行する上で必要だと思ったものですから。」


 公爵令嬢の前では、こう言うしかない。まさか、『気持ち悪いんです』なんて言えない。


「できたらで構わないのでクロノワール様のご要望も適えてあげて頂けませんか。」


 この言い方は卑怯かもしれないが一応聞いておかなくてはいけない。


「シロヴェーヌ様とクロノワール様でしたら、どちらを優先すべきでしょうか?」


「シロヴェーヌ様です。」


 そこはキッパリと返事が返ってきた。クロノワール様付きの侍女でもそうなんだ。


 よしっ!


 これで何かを要求されたら、シロヴェーヌ様を引き合いに出せばいいんだ。


 心の中だけでガッツポーズをした。

次回更新はいよいよ混浴風呂回となります。

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