何かのフラグが立ちました
「勇者アレクサンドラが一生懸命にまともな名前にしてくれたけど、『シロ』や『クロ』が人族での正式名なんだ。だから、シロの次で構わないからボクちんも恋人にしてね。」
そう言って、手を差し出してくる。だから気持ち悪いですってば、シロヴェーヌ様とは別の意味で忍耐力を試されている気がする。
シロヴェーヌ様と同じように『手の甲にキスをしろ』ということだろうが、ここでキスをしたら恋人にすることを了承したことになってしまうんじゃないだろうか。それは絶対に避けたい。
クロノワール様をのぞき見る。得意気な顔をしているところを見ると罠に嵌められたらしい。
「ほらほら、皆平等にしてね。」
掌をフリフリと振りながら言う。逃げられないらしい。
「と、友達からでお願いします。」
そう言ってクロノワール様の前で跪き、差し出された手を取り、手の甲に軽くキスをするフリをする。音だけだ。
「じゃあ、友達のキスをしよう。友達のエッチでもいいよ。この身体が不満? ボクちんは変幻自在だから、こんなふうにも変えられるよ。」
急に身体だけ爆乳で折れそうな細いウエストのナイスバディに変身する。やっぱり、あざとい。どうにかならないのだろうか。
友達のエッチって何ですか。クロノワール様。
ロリータフェイスにナイスバディ。思わず視線が釘付けになってしまうだろう男ならば。
伊達には100年以上生きていないということか、男性の欲望を良く知っているみたいだ。この人、別の意味で恐いよー。
「そうよね。男の子は好きだものねコレ。こんなこともできるんだよ。」
そう言って自分の胸を下から掴みあげると服が変形して谷間が露わになってくる。服は魔力で作られているらしい。魔力を物質に変換する魔法は魔族でも殆ど使えないと言われているから、こんなふざけた人でも魔族の王の中でもトップかもしれない。
これは僕の理性を試してるの?
グルグル回るソレと同じように自分の意志と関係なく頭が動いてしまうと同時に腕が持ち上がってくる。まるで精神を操る魔法のようである。
「きゃ。何よコレ。」
後方から公爵令嬢の声が聞こえた途端、煮えたぎっていた頭がスッと冷える。マズいマズいマズい。公爵令嬢が居たんだ。こんなことで諜報部をクビになったら、もの笑いのたねだ。
思わず目の前の物体を突き飛ばしてしまう。
むにっ。
「ぎゃんっ! 痛~い。」
クロノワール様が意外にも吹っ飛んで尻餅をついてしまう。
「暴力反対っ! 隷属の首輪があるから抵抗できないのよっ!」
なるほど。道理で簡単に吹っ飛んだわけだ。
「モトラヴィチ。ダメじゃない。女性には優しくしなさいね。」
そこへ公爵令嬢が嗜めてくる。
えっ。どういうこと?
懸命に欲望と戦って、クロノワール様を振り払ったのに。
「さっきの見てなかったんですか?」
「なんか急に黒い霧のようなものが出てきて見えなくなったのよ。でも私が触ったらサッと消えたけどね。」
だれからも見えないんじゃあ、遠慮せずに触っておけば良かった・・・アワワ。違うだろ僕。
パン・パン・パン・パン・パン・
「素晴らしい!」
突然、拍手が聞こえてきたかと思うと今度は緑色の髪の女性が進み出てきた。緑樹王マッチャロール様だ。
スレンダーで見た目は樹木そのものだが、その表情は慈愛に満ちており言動と裏腹に優しさが伝わってくるようである。
「恐怖を克服し死霊王に触れただけでなく。心の奥底にある願望を見抜く冥界王まで退けるとは、見事としか言いようがない。」
そんな大したことをした覚えは無い。隷属の首輪があったからこそできただけである。
死なないと分かっていれば死の恐怖など只の恐怖だ。もうちょっとで漏らしそうだったけど。
それに欲望に負けて職を失ってしまうなんてバカのすることだ。突き放したときに思わず触ってしまい。その感触を心の中だけで反芻しているけど。
「褒美を取らそうじゃないか。」
急に腕が伸びてきたと思うと僕の身体が絡め取られ、マッチャロール様の大きな身体にスッポリと抱き締められてしまう。これも隷属の首輪の効果の範囲外らしい。どうも害意が無いと効果が発揮されないらしい。
僕よりも長身スレンダーだが柔らかな女性の身体に全身を包み込まれている。まるで巨木のうろの中に閉じ込められているようだ。そして木の香りが漂ってきて、死の恐怖でコリ固まった神経や欲望で一杯になってしまった頭を解きほぐしてくれる。
『ありがとう。シロの手を取ってくれて。』
突然、頭の中にマッチャロール様の意志が流れ込んでくる。思った通り、とても優しい人のようである。
『シロは独りきりだった。私たちでさえも近寄れなかった。だから私たちは隷属の首輪をつけることにしたの。いつか、アレクサンドラ様の家系の方々の中から彼女の王子様が出るのを願って、魔族に取って短いはずの100年がこんなにも長く感じるなんてね。』
そうか。だから、手を差し出してもあんな寂しそうで諦めたような顔だったのか。僕も公爵様にいじめ抜かれていなければ逃げ出している。
『ずっとシロの傍にいてあげて欲しいの。そのためなら私にできることは何でもするわ。』
僕はしてはいけないことをしてしまったのでは無いのだろうか。魔族の寿命からすると僕の寿命なんて瞬きをするくらい短いに違いない。それならば、僕にできることをしよう。
(はい。決してシロさんを拒まないつもりです。)
僕は意識して思いを伝える。
『ありがとう。本当にありがとう。』
「大丈夫なの? モトラヴィチ。」
公爵令嬢の声で我に返る。いつのまに近寄ってきたのか公爵令嬢がマッチャロール様の身体から僅かにはみ出た手を握り締めている。
「クリスティーナ様。大丈夫です。ですが疲れました。少し身体を休めても構わないですか。」
死の恐怖を克服しシロヴェーヌ様に触れるだけでも普段の何倍も体力を使ったのに、クロノワール様に対する理性を制御したら、体力も神経も使い果たしてしまった。
ハッキリ言って立っているだけでもつらくなっていたのだ。身体を預けていられるこの体勢は凄く楽だ。
「ダメよ!」
ダメ出しされてしまった。その声と共に身体が傾いていく。公爵令嬢がマッチャロール様を押し倒したようでうろの中のような状態が解除されてしまったようだ。母親に抱かれているかのようにリラックスできていたのに・・・。
「どうしてですか?」
「・・・どうしてって。仕事中じゃないっ! それに早く離れなさい。いつまでマッチャロール様に座っているつもりですっ!」
流石は冷酷無慈悲で有名な公爵令嬢だ。僕が起き上がるにあわせて、椅子の形になったマッチャロール様に座ることもダメらしい。温もりがとても気持ちいい椅子なのに・・・。
確かに仕事中である。しかもほとんど何もしなくても夜勤手当まで付く美味しい仕事だ。
「そんなに真っ赤になって言わなくっても。わかりました。申し訳ありませんでした。」
僕は立ち上がり即座に謝る。とにかく、ここは上司を立てておかなきゃ。減棒とかされたらシャレにならない。
「まずは挨拶を済ませてからゆっくり休むといいわ。どうせ、泊まり込みでしょ?」
意外にも優しい言葉が返ってくる。ここが公爵令嬢のわからないところだ。時折、優しい言葉をくれる。・・・そうか、これはアメとムチって奴だな。とにかく、『働け!』ということだろう。
この警備担当は1日交代なので泊まり込むことになる。別に徹夜で起きていなければならないわけじゃない。とにかくトラブルがあったら、そのときに動けばいいだけだと聞いている。
「モーちゃん かわいそう 」
びっくりした。
今度はシロヴェーヌ様が抱きついていた。あれっ。怖くなくなっている。
変わりに敵意を公爵令嬢に向けているのか。公爵令嬢は歯をガチガチと鳴らしている。
「ここに お風呂 あるから 」
お風呂に入ってリラックスしてね。ということらしい。
たしかに姫君たちが入るお風呂があるのは聞いている。姫君たちが全て入られた後で裏後宮で働いている人間が入るのだそうだ。
「クロさんは、いつお風呂に入るんですか?」
これ以上問答を続けたくない僕は『クロさん』と呼ぶことにした。この辺りが限界だ。本当は名前さえも呼びたくないのだ。
「なんでボクちんに聞くの? 一緒に入りたいの?」
やっぱり気持ち悪い。
そんなに首を傾げないでっ!
睫毛長過ぎでしょう。その年齢でつけまつげですかっ!
そんなことは考えていない。どちらかと言えば、風呂場で押し倒されるには避けたいから聞いているのだ。これ以上、変な体力を使いたくは無い。
「いいえ。その後に入ろうと思いまして。」
「なんでキッパリと断るの。そんなにボクちんのこと嫌いなの?」
出来れば声も聞きたくないのに教えてくれそうに無い。この後、挨拶するであろうクロノワール様担当の侍女に聞けばいいか。
「嫌いじゃないです。どちらかと言えば怖いだけです。」
後ろに居るであろう公爵令嬢がですが・・・。混浴などしようものならば、どんなお仕置きが待っているだろうか。想像するだけでも、背筋がゾゾッとする。
「えっ・・・・・・ショックっ!・・・・・・怖いって言われた。しかもシロが居るのに・・・。」
「シロさん? 全然怖く無いですよ。よっぽど・・・・・・。」
公爵令嬢のほうが怖いです。だから振り返って顔が見れないんです。
それにしてもマッチャロール様はないよな。
???「そう聞こえたんだもん。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
言わずと知れた混浴風呂フラグですね。