勇者様は適当な人間でした
「モトラヴィチっ! 大丈夫なのっ!?」
突然、公爵令嬢が駆け込んできて、シロヴェーヌ様から僕の身体を引き剥がして2歩3歩と後ろに下がる。彼女の身体が小刻みに震えているところをみるとあの公爵様の娘である彼女さえも死の恐怖に抵抗出来ないらしい。
何を焦っているんだろうと思ったが、その理由に突き当たる。
『死霊王に触れし者は、王と共に永遠を彷徨い続ける』という迷信を思い出す。だが自分の身体を見ても死霊のように透けているわけでも無い。公爵令嬢が僕に触れられるということは実体もあるはずだ。迷信は迷信ということか。
「結婚してください。」
いきなりシロヴェーヌ様からプロポーズされた。何を言っているのだろう。
流石の公爵令嬢も開いた口が塞がらず、金魚みたいに口をパクパクしている。
でも、これって断ったらどうなるんだろう?
死を司ると言われている死霊王のプロポーズ。死あるのみなのか?
イヤイヤ、隷属の首輪が効果を発揮しているから大丈夫だ。それでもシロヴェーヌ様に目を付けられて、ここの警護に入るたび死の恐怖と戦い続けなくてはいけなくなるのは非常につらい。
今でも皇宮で公爵様に会うたび、必死に恐怖と戦っているのだ。これ以上は心が折れる。これは詰んでると言わないか。
「と、友達からで・・・。」
一縷の望みを掛けて恐る恐る告げてみる。友達なら四六時中付き纏われる可能性も無いだろう。イヤ無いはずだ。イヤイヤ・・・誰か無いと言って・・・。
「モーちゃんと友達 とても嬉しい 私のこと シロと呼んで 」
シロヴェーヌ様が頬を赤く染めてニッコリと微笑みかけてくる。とりあえずは了承してくれたらしい。
モーちゃん?
まあ、それはいい。魔族の王を『シロ』なんて呼べるのか?
無理無理無理・・・ぜったい無理。
「いえシロヴェーヌ様でお願いします。」
僕がそう言うと悲しそうな顔をされてしまった。どうすればいいんだコレ。
「シロって呼んであげてくれるかな。ボクちんのことはクロと呼んでくれればいいからさ。」
いつのまにか真横に冥界王クロノワール様が居た。今、気配無かったよね。
気配殺せるの?
瞬間移動してきたの?
この人って、本当に囚われているの?
ここから、簡単に出られるんじゃないの?
スルリと腕を組んでくる。見た目は幼女なのに十分なボリュームを持つ胸を腕に押し付けてくる。しかも、上目遣いに長い睫毛をファサファサと瞬きしている。
物凄くあざとい仕草なのに可愛くって抱き締めたくなってくると思うのが男なら普通だろうが、やり過ぎ感が否めない。街中で出会えば間違い無く逃げ出しているところだ。
イヤイヤイヤ。本当は年上だとはいえ、見た目は完全に幼女のクロノワール様をそんなふうに思う男が居たらロリコン扱いされて社会的地位を失うに違いない。女性たちの目は厳しいのだ。
「無理です。勘弁してください。」
「彼女の本当の名前はね。『シロвн・ЛШо・авр』って言うんだけど、人族じゃ発音できないでしょ。だから、異世界の勇者ユウヤが人族の名前をくれたんだよ。彼女がシロで、ボクがクロ、後ろの彼女たちがマッチャ、アズキ、コーヒー、ユズで死んだ魔王がサクラという名前だった。」
シロ・クロ・マッチャ・アズキ・コーヒー・ユズ・サクラ。
なんか何処かで聞いたような覚えのあるフレーズだ。
なんだったかな・・・そうか、アレクサンドラ様が残した異世界の料理のレシピで『ういろう』と呼ばれる米粉で作ったお菓子だったはず。
アレクサンドラ様の料理のレシピは勇者のレシピとして有名で、こちらの人の口にあった料理は100年経った今も残り続けており、そのレシピ使用料は皇族の有力な収入源になっているという。
我が家にもお祖母さまが持ち出したレシピ本が残っており、その中で読んだ覚えがあるのだ。ヒット商品がでるかもと本店の店頭で試しに売り出したことがあるのだが米粉やもち粉を使ったお菓子のうち、残ったのは『大福』のみで『ういろう』は評価が低かった覚えがある。
しかも、クロノワール様が発音した彼女たちの本当の名前で部分的に似ていたのは、シロヴェーヌ様とクロノワール様とマッチャロール様だけ、他の人は全然似てなかった。ノリで付けたらしい。
異世界の勇者ユウヤは戦後イロイロやらかしてくれたお陰で非常に評判が悪いのだ。
ロリコンで各国で幼女を拐かして連れ去ったとか。同じ異世界の勇者を無理矢理追い返したとか。アレクサンドラ様をババア呼ばわりしたとか。しかもアレクサンドラ様を幽閉しようとして失敗し、最後には異世界に逃げていったそうだ。
その勇者の逸話がまたひとつ増えたようだ。なんて適当な勇者なんだ。
シロ・クロ・マッチャ・アズキ・コーヒー・ユズ・サクラ。
知る人ぞ知るフレーズですが本当は違います。現在は7種類から5種類に減ってます。
次回更新は冥界王クロノワール様のターン。公爵令嬢のターンはもっと先(笑)