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公爵様に気に入られました

「……んっ。……ぁ……」



 ここは、皇宮の皇太子殿下の執務室。


 僕は紅茶を届けるつもりで扉を叩こうとして、聞こえてきた声に固まった。


 なにやら、押し殺したような声の合間に悲鳴のような発声が聞こえる。



「……や……ゃ…め…な…ぃで……」



 今度は、はっきり中から皇太子殿下の声が聞こえてきた。


 少し前に僕の上司である公爵令嬢が今夜行なわれる3大侯爵家との会議の事前打ち合わせのために執務室に入っていったはずである。


 クリスティーナ公爵令嬢も18歳と適齢期を迎えている。皇太子殿下も既に幾人かの側室を持っているが正妃に据えるほど位の高い女性は居ないと聞く。


 血筋や公爵家が持つ絶大な権力は関係無いかもしれないが、その高圧的な態度や冷たい視線を差し引いても余りある美しさと聡明さを兼ね備えた女性。そして、帝国一の美姫と名高いのだが意外と浮いた噂は聞こえてこないのはこんな理由があったのか。


 公爵令嬢ならば十分に正妃となる資格を持つ。だが執務室でいちゃつくのはやめて頂きたいものだ。


 声が聞こえなくなってから、暫く待ってから扉を叩いた。



「モトラヴィチです。お茶をお持ちしました。」



 当然、一言声を掛ける。真っ只中に踏み込みたくはない。



「ああ。どうぞ。」



 意外にも殿下の声は直ぐに聞こえてきた。



 片手でトレイを持ち、もう片方の手で扉を開けると目の前に上司である公爵令嬢が笑顔で待ち構えていた。


 間近で見る美しい公爵令嬢の笑顔に胸がドキドキと高鳴る。殿下の前だからかもしれないが普段は高圧的な態度や冷たい視線は鳴りを潜め、優しい笑顔を見せてくれる。


「頂くわね。」


 余程、喉が渇いていたのだろう。公爵令嬢がトレイの上から自分の分のポットと茶器を自分の席に持っていく。


 僕はそのまま、執務机のイスに深く腰掛けている皇太子殿下の前にポットと茶器を置き、ひっくり返してあった茶器を元に戻して、ポットから紅茶を注いでいく。


 ポットにはカバーがしてあり、紅茶が冷めないようになっている。


「なによこれ冷めているじゃないの。」


 皇太子殿下は温めがお好きなので気付かれないと思ったのだが、高めの温度の紅茶が好きな公爵令嬢が気付いてしまったようだ。


「申し訳ありません。直ぐに取り替えてきます。」


「さては扉の前で聞いていたわね。」


 しかも紅茶の温度から扉の前で固まっていた行動まで見抜いている彼女の聡明さには誤魔化しもできないみたいだ。


「誰にも言いませんのでご容赦を・・・。」


「違うの。違うのよ。誤解しないで。殿下の肩を揉んでいただけなの。アレクサンドラ様直伝のマッサージをお願いされてそれで・・・。」


 何故か公爵令嬢は慌てて言い繕う。言い繕いながら、顔がほのかにピンク色に染まっていく。


 アレクサンドラ様直伝のマッサージとは皇族の血筋の女性と側室たちに伝授されたと言われている痛みと快感の同時進行でぐったりするけどすっきりするという不思議なマッサージなのだそうだ。


 我が家では、そのマッサージ法でお祖母さまはお祖父さまを落したと言われているほど凄いものらしい。


「酷いんだよクリスティーナったら、痛みから快感に変わってきたところで止めてしまうんだ。」


 皇太子殿下は、僕も公爵令嬢も殿下本人もアレクサンドラ様からみて4代目の子孫ということで気安く声を掛けてくださる。そして砕けた調子の言葉遣いを所望されているのだが、流石にそれはできないと断っている。


 本人は止めるつもりは無いらしく。公式の場でも同じような調子だ。


「側室たちに閨でやってもらいなさい。わたくしは、夫になるかたにしか最後までマッサージをしてあげるつもりはありませんからね。」


 公爵令嬢は真っ赤な顔で反論する。


 何故か殿下と僕の視線が交錯する。殿下は肩をすくめてみせる。


「俺たちの代だとアレクサンドラ様から直接手ほどきを受けたのはクリスティーナだけだよね。それに側室たちだと情け容赦無く実行できないから中途半端なんだよ。たったあれだけだったけど、側室たちの何倍もスッキリしたよ。痛かったけど。」


 そんな痛みを伴うマッサージを殿下に対して、情け容赦無く実行できるのは冷酷で無慈悲で有名な公爵令嬢ならではなのだろう。公爵令嬢の伴侶となる方が羨ましいような羨ましくないような何とも言えない気分になる。


 痛がっている殿下を見て口角を上げて冷たい視線を注いでいる公爵令嬢の顔を思い浮かべる。


 僕にそんな機会が巡ってくるとは思えないけど嫌だ。絶対、先に心が折れそうだ。














「失礼します。キャラバン公爵がお見えになりました。」


 扉が開き、公爵様が入ってくる。僕は脇に退いて小さくなる。


「何かあったのかな?」


 公爵令嬢の赤い顔を見たのだろう。そう言って公爵様の視線が僕を捕らえる。


 まさに蛇に睨まれたカエル状態だ。背中には冷たいものが走り、口の中が渇いてくる。身体は全くいうことを利いてくれない。


 公爵の一族は代々畏怖される存在らしい。海千山千の根性が座った人間なら、ある程度耐えられるらしいが普通の人間が公爵様の前に立っただけで、恐怖で震え上がりベラベラと自分が犯した悪事を喋ってしまうらしい。


「アレックス。止めろ。モトラヴィチは何もしていない。俺がご令嬢にマッサージをお願いしただけだから。」


 アレックスとは公爵様の愛称だ。元々、皇太子の教育係でもあった公爵様と殿下は仲がいい。


 公爵様が視線を外すとフッと身体が動かせるようになった。


「そうですわ。お父様。いくらモトラビッチが気に入ったからって、そんなに怖がらせてばかり居ては逃げ出してしまいます。」


 ま、まさか。公爵様に気に入られているのか?


「仕方が無いじゃないか。アレクサンドラ様の血筋でもここまで耐性を持った人間は珍しいんだぞ。側近として迎えたいのに、お前が許してくれないから我慢しているのだぞ。」


 公爵様の側近になれば、出世も思いのままだ。しかし生涯、あの恐怖体験を繰り返し味あわせられるのは勘弁してほしい。冷酷非情だがたまに人間らしいところも見せる公爵令嬢のほうがマシだ。


 今はまだ前ぶれがあるからいいが、あんなのを不意打ちで食らったら、いつかはチビってしまいそうだ。


「お父様には、渡しませんからね。わたくしだって気に入っているんですから。」


 公爵令嬢の視線がこちらを向く。恐怖心はあるが公爵ほどではない。本当なら喜ぶべきところかもしれないが、殿下の前じゃなければ逃げ出したい。


一族の呪いは延々と続く。

しかし子沢山だなあ。子供を一人にしておけば、呪いは途絶えたんじゃないのか?


???「仕方が無いじゃない。毎晩求めてくるんだもの。」

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