監禁されてしまいました
「ああ、その件なら独占的使用料をヘイム商会から頂いているから無理です。」
なんでこんなことになった。
イアンナ子爵夫人に書いて頂いた紹介状を持ってラシーヌ伯爵家に伺ったときのことだった。
今後の練習として、当主の今の好きなお菓子を聞き出すことを課題とした。
以前、公爵令嬢に流行の店のお菓子をお茶うけにお出ししたら、その日一日中ご機嫌だったのだ。殿下が貴族とお会いするとき、そう言った情報があれば、会談もスムーズにいくだろうし、殿下に対する印象も良くなる。
基本的に他の『草』もこの程度の仕事を請け負っているのだという。皇室と貴族の対立が酷い時代は痛い腹を探る必要があったらしいけど、ここ数年は実に平和だという。
ストイコビッチ侯爵への粛清が功を奏しているらしい。でも、どんな時代になっても悪いことをする人間はどこにでもいるのだろう。
ラシーヌ伯爵夫人から流行のお菓子を題材に話を伺っていたところをとんでもないネタを掴んでしまったのだ。
ラシーヌ伯爵は外国との交易を主な仕事としているのだが、現地に洋菓子店を設立したらしく、その店の話題で盛り上がった。だが事前に調べた情報にはその店の情報は無く、利益に対する税金をごまかしているみたいなのだ。
しかも、洋菓子の名前がどれもこれも我が家に伝わるアレクサンドラ様のレシピの名前と同じもので本来皇室に使用料を払わなければいけないものばかりだったのだ。
裏を取るため、クロの出番の日に合わせて同伴デートをした後で楽屋裏へ伺い、毎日ダンサー修行のため稽古を続けているらしい同僚を激励しつつ報告を頼み、週に1回、2回と伯爵家に御用聞きに伺う日々を送っていったのだ。
ところが当主が会いたいという話でどこで聞きつけてきたのか、うちの男爵家のことから、秘伝のレシピ本の存在まで調べ上げられていたのだった。
基本ポルテ男爵家が製造を担えば、皇族に使用料を払わなくていいことまで掴んでいた。どうやら黙ってアレクサンドラ様のレシピを使用し続けることが拙いと思い、何か抜け道がないか探っていたようだ。
「だったら何が残っているんだ。」
「そうですね。この『ういろう』というお菓子は如何でしょう。」
実はヘイム商会から魔界の商品を仕入れ、帝国での販売を一手に担う代わりにアレクサンドラ様のレシピ本を元にした、いくつかのお菓子をポルテ商店が製造し、ヘイム商会が帝国以外の国々で独占的に売る権利を高額な契約金で譲っていたのだった。
クロの話では、帝国以外の国々ではアレクサンドラ様が未だに神聖視されており、そのレシピによる食べ物と看板を掲げると不味くても一定のファンが出来るという。
アレクサンドラ様の評判が落ちるのも嫌だったので本店で試作・販売した際に評判の良かったものを中心に帝国内のポルテ商店直営の工場で製造を担い、それをマジックボックスを使用して運び各国の店で販売するのだ。
だから残っているのは過去に本店の店頭で売れなかった商品ばかり。
「このお菓子は魔界だけで独占的使用料を頂いているもので、魔界では他の商品よりも愛好者が多いそうです。」
魔界の姫君の名前をもじってつけた『ういろう』は、勇者さえも姫君たちに敬意を評したと評判になっているのだということだった。まあ実際は逆なんだけどね。
特にお米は、緑樹王マッチャロール様にお願いして魔界のアルフヘイム国で作って頂いているもので、お米自体も魔界での需要も上々な穀物の一つなのだという。
「だから、先程から言っている通り、そちらは名前さえ貸してくれればいいのだ。売上の1割、いや2割をわたそう。だから、このレシピを使用させてくれないか。」
売上高の2割では、売れなかったと誤魔化されたら、タダでレシピを貸し出すことになってしまう。
「いいえダメです。既にヘイム商会と契約させて頂いている通り、帝国内の工場で製造したものを仕入れてください。今なら、工場にまだ余力があります。」
「そんなっ。マジックボックスなんて買ったら割に合わないじゃないか。」
「そうなんですか? 魔界のニダヴェリール国に赴けば、馬車1台分の価格で馬車半分の容量のものが買えるとお聞きしましたよ。だから僕も試作品を入れておける容量のマジックボックスを持っているわけです。」
お菓子の試作品を製造工場からクロのところへ届ける名目で頂いたものである。
試作品はクロだけでなく、裏後宮や御用聞きの手みやげ代わりに貴族の奥さま方に試食頂いている。評判は上々だ。意外にも裏後宮で米粉を使ったお菓子が人気で、急遽『ういろう』を魔界でのみ販売することになったのだった。
「魔界まで行けるかっ。そのマジックボックスを売ってくれ。」
実は帝国内の冒険者ギルドでも買えるがめったに売れないらしく暴利とも言える値段がつけられている。
「それが無理なんです。初めに物を入れた人間にしか扱えない類の魔道具のようです。」
裏を取るためにそういった交渉をしているうちに、屋敷の奥に連れ込まれ軟禁されてしまった。屋敷さえ出なければ自由に過ごせばいいらしいのだが、とにかく外に出してくれなくなった。
数日経過しても上司どころか同僚の女性からも連絡が来ない状況で非常に焦っていた。
このところ、クロのところに入り浸っていたのが拙かったようで執事からも連絡が来ない有り様だった。予定では明後日、裏後宮にお伺いしなくてはならないはず、それまでには抜け出せしたかったのだが無理みたいなのだ。仕方なく魔道具を使い、公爵令嬢向けに手紙を出した。
公爵令嬢の手を煩わせたと聞いた公爵様に言われるであろうイヤミと恐怖よりも伺えないと聞いたシロさんの寂しそうな表情を天秤に掛けた結果そう判断したのだった。
その日の夜だった。眠れぬ夜を過ごしていた僕は一通の手紙を受け取った。公爵令嬢から今日の夜中に救出に伺うという手紙だった。
おかしい。軟禁状態なので正面切って迎えを寄越してくれれば脱出する事は簡単だと考え、その手配をお願いする手紙を送ったはずなのにいつの間にか監禁されていることになっている。手紙の内容に普段からは想像つかないほどの優しい言葉がつづられており、その言葉の節々からそう思える内容だったのだ。
ニダヴェリールは北欧神話の9つの世界では小人の国を指すそうです。