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女性のことは女性に聞くことにした

「いい。絶対に深追いはダメ。もし危機に陥ったら、その魔法具で知らせること。わかりましたか?」


 公爵令嬢から諜報活動での注意事項の訓示を受けた。


「目的遂行のためならば、どんな劣悪な環境の職業だとしても、周囲に溶け込めることが立派な『草』なんだ。心して取り組むように。」


 次は上司から訓示を受けた。でも失礼だなあ。御用聞きという職業を凄く蔑んでいるみたいだなあ。僕たち商人にとっては店舗を持っていない店長みたいな人間にしかできない職種なのに。


 あとはペアを組む女性と綿密な打ち合わせを行い業務に入る。


 僕は護衛としてスカウトされたからか、お庭番のように危険な仕事は回ってこないらしい。せいぜい、御用聞きの真似をして情報を集めるくらいだ。


「貴方は恵まれているのよ。その魔法具があれば、敬愛するうちの上司は怪我を負わなくてすんだはずよ。」


 あの上司は怪我を負って前線で活動できなくなったらしい。


 同僚の女性からするとかなり恵まれているそうだ。普通は諜報活動を行なうために厳しい訓練を受け、御用聞きの練習を積んで初めて実際の業務に入るということだった。


 それが騎士団時代やそれ以前の剣の修行のため訓練は免除されており、御用聞きの練習も本店の元店長に仕込まれた技を披露したら数回の講習を受けるだけで終わってしまった。


 そしてこの魔法具である。手首に固定式の魔法具で一般には出回っていない。この魔法具を持つ人物になら誰にでも手紙を届けられるという代物である。


 魔王討伐の際に隣国ルムから貸与されたものを量産化したものだという。当時、ルム王国と帝国は何度も諍いをおこしており、魔界との戦争に向けた人材を投入できなかったこともありこういった魔法具の提供を受けたのだという。


 本来ならば、お庭番の幹部クラスが持つべき魔法具なのだが、僕が皇族の血を引くという理由で貸与されたらしい。


「うん分かっているよ。」


 この同僚の女性が度々噛み付いてくるのには理由がある。


 諜報部に入った初日にいきなり好きだと告白されたのだが僕は断った。一目惚れなんだという。しかも断ったのに忘れてあげるからと威圧的にキスを強制してきたのだ。


 この同僚との関係性に悩んでいた僕は、その意思に従いキスをしたのだが、何をどう間違ったのか噛み付いてくるようになったのだ。時々、色っぽい仕草で誘うような目つきをしているところを見ると、とにかく僕との関係性が深まればいいらしい。


「ずるいわね。本物の商店の名前を借りれるなんて。諜報部でもダミーの商店を作っているけど、いつのまにか足がついちゃうのよね。その点、帝都に5店舗、帝国内に50店舗を構えるポルテ商店ならば誰も疑問に思わないじゃない。」


 僕は彼女と共に本店の暖簾をくぐるとそんなふうに噛み付いてくる。


「やあいらっしゃい。来たね。御用聞きの道具と商品だったね。裏の倉庫のモトラヴィチの控え室に用意してあるよ。それに今日お前が来ると漏らしたら、常連の奥様たちが今か今かと待ち構えているよ。お前がお願いすれば、紹介状の一つや二つは簡単に書いてくれそうだぞ。」


 文句を言われても、同僚に店の名前を貸してあげるわけにはいかない。店も商売だ信用の出来る人物にしか御用聞きなどやらせない。なんといっても御用聞きは店を構えているも同然なのだから。























「モトちゃん。御用聞きを始めるんですって。えらいわね。」


 顔見知りの女性が声を掛けてくださる。この方は、確か僕が担当するステファン通りにあるイアンナ子爵夫人だったはずだ。


「はい。皇太子殿下の護衛にスカウトされたのは良いのですが、他国を訪問するときに付けられる要員なので、普段訓練をする以外にはする事が無いのです。開いた時間に店を手伝いたい申し上げたら、あっさりと許可が貰えました。殿下を初め、皆様には本当に良くしてもらっています。」


 これは僕が諜報活動を行う上での設定だ。


 基本的に諜報部というと裏で暗躍しているイメージがあるが、皇太子殿下の印象を良くすることが主な仕事なので、言葉の節々でそれとなく褒めることも忘れず行う。


 公爵令嬢や公爵様とは違い本当に優しい方なので、褒めるところもいっぱいあって凄く楽な仕事なのだが・・・。


「でも、殿下の傍にはいつもキャラバン公爵家の方々がいらっしゃるでしょう。怖く無い? モトちゃんがイジメられていないか心配だったのよ。」


「ええ怖いことは怖いですけど、元店長のカミナリに比べればどうって事無いですよ。」


 この方には店で頻繁にカミナリを落とされショゲているところを良く慰めて貰ったものである。あんまりつらくて、この方の家で抱き締められて泣いて泣いて寝てしまったことさえある。


「怖くなったら、いつでもうちの子になっていいのよ。待っているからね。」


 そういえば、そのときも子爵家に養子に入らないかと言われた覚えがある。この方の旦那さんは既に亡くなっており子供もいなかったのだ。


 しばらく上げ膳据え膳の生活を送ってみたが、このままではダメになると思った僕は、叱られるのを覚悟の上、戻った。だが待っていたのは親戚の女性陣から袋叩きに遭っていた元店長の姿だったのだ。大人の目で見ても目に余るくらい厳しかったらしい。


 だがその下地があったからこそ、公爵様の恐怖体験にも耐えられたし、シロさんの死の恐怖にも耐えられたのかもしれない。


 子爵夫人に紹介状をお願いすると、あっさり了承を貰った。あとで子爵夫人の屋敷へ御用聞きに行くことになった。得意先になってくれるらしい。これならば噂話を仕入れるのも楽ができそうだ。


 今のところ、任務と呼べるようなものは無い。とにかく『草』としてどこにでもいる存在になることが肝心だそうだ。同僚の女性は、顔見知りの他の店の御用聞きという設定になっている。


 既に何度か他のところで『草』であることを見破られているらしく彼女の上司からは御用聞きというものを教えてやってくれと言われている。いったいどう教えたらいいのだろうか。


 だが女性というだけで不利だ。なんといっても、そこの家の女主人に気に入って貰わなくては出入りさえ拒否されてしまう。自分自身を女性として卑下してみせるくらいのことは必要なのだが、出来そうに無さそうである。


     *


「そういうわけで、彼女に御用聞きを仕込んでやってほしい。」


 女性のことは女性に聞けということでヘイム商会のクロのところへ連れ込んだ。


「そうねぇ。うちのやり方で良かったら仕込んでみるわ。」


「すみません。お願いします。」


「他ならぬモトラヴィチ様のお願いとあれば、どんなことでも・・・オイ! 新人のダンサーだ。きっちりと仕込んでやれよ。」


 クロが突然、同僚の女性を連れて扉の中に押し込む。いきなりダンサーをやらされるらしい。扉の向こう側で悲鳴が聞こえたような気がするが『草』ならどんな汚い仕事にも付けると彼女の敬愛する上司が言ったのだから大丈夫だろう。


「ああうちはショーダンス経験が絶対条件なんです。自分を綺麗に見せたり、媚びを売ったりすれば、裏方の男性は食いつきますからね。女主人も明らかに水商売出身だとわかると侮ってくださるので商売がし易いんですよ。」

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