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びぃどろの瞳

作者: 新良広那奈

 ふるふると震える携帯に、いきおい手を伸ばした。


「新しいメッセージがあります」


 矢印マークと共に、「確認はこちら」と、URLが記されている。

 これを見るのが楽しくなってしまったのを、そろそろ認めざるを得ないと思う。


 リンク先に飛ぶと、LINEの画面が現れた。

 黄色地に白抜きの数字を見ると、それだけでも嬉しいのだけれど、それが彼からのものだと考えると、喜びもひとしおだ。

 迷わず、「部活」グループへ進んだ。

 新着メッセージの送り主のアイコン画面には、可愛らしい犬の写真が踊っている。


「昨日、犬の散歩の途中で見上げた空が綺麗だったから、よかったらお裾分けです」


 メッセージを目でなぞる。

 それだけで、鎌ヶ谷先輩の、穏やかな声で囁かれているような気持ちになってしまうのだから、自分も大概だと思う。

 嬉しすぎて、その嬉しさが大きすぎて、胸がぎゅっとしめつけられてしまう。

 画像のリンクを追いかけた先には、一枚の絵のように綺麗な夕焼け空。

 茜色と紫色の混じりあったキャンパスに、ほんの少しぼやけた輪郭の白い絵の具が重なりあっている。

 何だか寂しくなるような、それでいて明日が楽しみになるような、そんな空だった。


 鎌ヶ谷先輩が切り取る風景はいつだって、こんなにも繊細な色をはらんでいる。

 私には見えない、当たり前の風景と見過ごしてしまう何かを、彼はその柔らかな眼差しを通して、一つひとつ丁寧に掬いあげていくのだ。



 初めて部活で出会った時は、とても硬質な印象のする人だった。


「部長の鎌ヶ谷です」


 部に入った私たちへの端的かつ簡潔な紹介に、自然と背筋を正してしまったのは、そう遠くない、今年の四月のことだった。

 大人のお兄さんという印象だった。

 私と二年しか違わないというのが嘘みたいに、彼は落ち着き払っていて、ある種の余裕のようなものさえ感じられた。

 部長という役割がそうさせるのかもしれない。

 部の仲間を背負う責任感が、しゃんと彼の背筋を伸ばさせるのかもしれない。

 清廉潔白で秋霜烈日な、木訥な人。


 硬質、と思った相手が、実は案外そうでもないと気づいたのは、何度目かの部の集まりの時だったように思う。

 いつもより早く部室に着いてしまった私は、最初にいた部長さんに挨拶を済ませると、棚にあった過去の部誌を読むことにした。

 ぱらぱらとめくるページに、ふっと飛び込んできたモノクロの写真。河川敷を人が歩いていた。

 文学部の部誌のはずなのに、ここだけ見ると写真部の部誌みたいだった。

 それは、小説の表紙の部分の写真だったらしく、題名と作者名がはじっこに書き込まれている。

 次のページからの文章を読み始めると、その内容の面白さに惹かれ、読む手を止めるタイミングを見失ってしまう程だ。

 小学生の女の子が、河川敷で出会った年上のお兄さんとの交流を深めて、少しずつ大人と子どもの違いを考えたり、人を好きになることを知っていったりする作品だった。


「鎌ヶ谷先輩、この作品を書いた先輩って誰ですか?」


 読み終えた私が顔を上げると、そこにはだいぶ他の部員も集まっていた。

 どうやらかなりの時間、私は本だけに意識を注ぎすぎていたらしい。まだ部活が始まっていないようなのが不幸中の幸いだった。

 きょとんとした鎌ヶ谷先輩の顔は新鮮で、こういう顔もできる人なのか、と若干失礼なことを考えている私は、それから更に驚かされてしまうのだ。


「ああ、それは僕が書いた作品です」


 硬い印象が一変して、柔和な笑みが彼の口の端を彩っていた。

 ふんわりと、相好が崩れていく。

 硬質なんかじゃない、本当はとても柔らかで穏やかな人なのかもしれない、と気づいたのはこの時だった。



 部活の連絡が必要だから、と部員皆でLINEの番号を交換しあったのは最初の部活の時だった。

 それ以来、何だかんだで毎日私たち部員はやりとりをするようになった。

 事務的な連絡だけでなく、時折それぞれの部員の日々の何気ない写真や呟き、会話が載ることもあった。

 猫好きな鳳来先輩は、自分の家で飼っている猫に留まらず、路地裏などで見かけた野良猫なんかも激写して写真を載せてくれている。

 おやつ作りが趣味の斉藤先輩は、自分の作ったおやつを載せて私たちの胃袋を刺激してくれる。

 深夜に投稿されたホットケーキ画像は、若干の悪意があるのではと勘ぐってしまう程にとても美味しそうだった。

 そして、鎌ヶ谷先輩はというと、風景や小物など、幅広く興味をもったものや意識を傾けているものを載せてくれていた。

 「今、僕が読んでいる本です」と、桜庭一樹の「私の男」のハードカバーが流れてきたこともある。

 「もうすぐ映画化するので、再度読み直してみようと思い立ちました。退廃的なこの雰囲気が、どこまで映画で再現されるか楽しみです」という言葉も続いて流れてきて、彼がこの作品をとても気に入っているのが伝わってきた。

 「朝玄関を出た時に、地面をクワガタが歩いていました。なぜ木から降りてきたんだろう。とりあえず、野生に帰しておきました」と、アスファルトを気ままに歩くクワガタの写真が流れてきたこともあった。

 他にも、花の写真、笑う祖母の写真など、日常の何気ないものも流れてくる。

 LINEで流れてくるそうした写真は、それぞれの人柄をはっきりと表しているように思う。

 中でもとりわけ私の心をくすぐっているのが、鎌ヶ谷先輩の写真だった。



 そっと、空の写真を保存する。

 彼の呟きと共に流れてきた写真は、少しずつ私の画像フォルダを彩っていた。

 彼の好む色彩が、もっともっと広がってくれたらと、祈るように願う。


 折角、先輩が素敵な写真をお裾分けしてくれたのだから、何か一言伝えたい。

 何と伝えたらいいか、言葉を書いては消し、書いては消し、と繰り返す。

 気を抜くと長文になってしまう癖があるので、なるべく短く伝えられるように意識して。


「まるで、絵画みたいで綺麗ですね」


 写真へのコメントを一言送ると、ほぉっと溜息が漏れた。

 たった一文を書くだけで、随分と時間がかかってしまった。

 何だか、えらく精神が消耗した気がする。

 更新ボタンを一度押すと、ぴこんと下にコメントが増えた。思いがけず、素早い返しだ。


「ありがとう。僕もそう思います」


 鎌ヶ谷先輩も、まだLINEの画面を見ているらしい。

 何かもう一言くらい、おしゃべりをしてもいいだろうか。

 でも、もしかしたら迷惑かもしれない。

 どうしよう。どうしよう。

 迷いに迷って、結局、トップ画面に戻してしまった私は、臆病すぎるだろうか。

 どこまで押したり踏み込んだりしていいのか、ちっとも分からないまま、そろそろと近づいては離れて、というやりとりを日々繰り返すばかりだった。 

 恋や愛について悶々と考えていて生まれました。

 憧れの人にはなかなかアプローチできないものです。

 LINEとかTwitterみたいな現代的なものを使った小説を以前から書いてみたかったので、試しに取り入れてみた作品です。

 但し、この作品を書いていた頃の作者はガラケーでLINEをしていたため、主人公もガラケーで利用している設定になっています。若干スマホのLINEとは異なる仕様になっています。一時代古い感じのLINEのやりとりです。文章が未熟で分かりづらかったらすみませんでした。


 今も実はガラケーは利用しているんですが、LINEはタブレットでやるようになりました。

 ガラケーで利用している頃は既読機能があると知らずにやっていて、そんなに使い方も分からないしメールの方が好きだったため、自分からはあまりページを見に行かずにいたため、友人から「LINE見た?!」とお怒りの催促が続いたことがあります。

 「なんで読んでないのがバレてるんだろう」と不思議に思っていたのですが、タブレットで利用するようになって理由が分かりました。

 いやー、既読かどうか相手に分かる機能って、全然要らないと思うんですけどねぇ。

 あの文字がつくと、例えどれだけ忙しくても、すぐに返事をしなきゃいけないぞって脅されているように見えて、正直苦手なのです。私だけでしょうか。

 出来ればメールでやりとりをしたい位ですが、友人がメールをあまり使わなくなりつつあるので、世間の流れに流されるようにして一応LINEでやりとりもしています。


 …与太話にここまでお付き合いくださった方は、とても心の広い方だと思います。

 ありがとうございました。

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